Ex87.記念式典
私たちの上空に浮かぶ、巨大なウィンドウ。
そこに映し出される光景の中、一人の少女が前に歩み出て来た。
司会進行の紳士は丁寧に誘導をし、まわりの一同は頭を下げて彼女を送り出す。
……もちろん、王様までもがしっかりと頭を下げていた。
「凄い……」
本来の国の長である王様ですらも、嫌な顔を見せず、素直に流れに従っている。
良くは分からないが、何とも凄い光景を見ていると言うか……。
そして――
「――……皆様。
この度は記念式典へのご参加、誠にありがとうございます」
アイナ様の言葉は、そんな出だしで始まった。
「アイナ様ーッ!!」
「アイナ様……!!」
「アイナ様ぁ!!」
「アイナ、様ッ!!」
「アイナーさまーッ!!」
どこかから聞こえてくるアイナ様コールも、タイミングが合わなくなっている。
公の場に姿を現すのは数十年振りと言う話もあるから、本人を初めて見る人も多いのかもしれない。
それだけ、緊張しちゃっている……ってことかな。
「――……クリスティア聖国を建国してから、およそ三百年が経ちました。
今日から三百年目が始まります。
この栄光ある歴史の区切り目に、皆様と一緒に立ち会えたことを、私は幸せに思います。
これまでの聖国の歴史を振り返ってみれば――
……なんて話は、国王、及び多くの方々が触れておりましたので、私からは割愛しますね」
そう言うと、アイナ様は悪戯っぽく、クスリと笑った。
真面目な場、厳格な場にあって、彼女の可愛らしさが伝わってくる。
……それは以前、私が『魔女の迷宮』で会ったときにも感じたものだ。
それにあのときは、錬金術師として、伝説の存在として……そんな意味でも凄いと思ったけど……。
今この場では、国の代表として、君臨する存在として……、本当に凄いと思ってしまう……。
「ねぇ、ミーシャ……。
私が帰ったらさ……、探して送ってくれない……?」
突然の、イーディスの言葉。
「え? 別に構わないけど、何を送れば良いの?」
「アイナ様の、ファンクラブの申込書……」
「えぇ……」
……どうやらイーディスは、アイナ様に一目惚れをしてしまったようだ。
でもそんなものが手に入るなら、私も一緒に欲しいかな……。
その後、国民に対する謝意や、この国をまとめている王族や貴族へのメッセージが。
そして周辺の国々や情勢のことにも触れ、真面目な話が続いていく。
しかし時折見せる可愛らしさが、彼女を見上げる人々の心を掴んで放さなかった。
ちなみにアイナ様コールをしていた集団の中からは、とうとう気絶者が出てしまったらしい。
……騎士の一人が慣れた手付きで壁際に移動させていたけど。
「――……さて、皆様。
今、私の姿を……空中投影を通して見てくださっている方も多いでしょう。
これは初代国王、【賢王】ファーディナンド・ジェフ・グランベル。
加えてその王女、【沈黙の魔術師】ヴィオラ・シェリル・グランベルが構築した魔法理論を基にしています。
私の研究のひとつとして、この度ようやく形になりました」
アイナ様の言葉に、周囲がざわつく。
「……え?
ねぇ、ミーシャ。アイナ様って、魔法も得意だったの……?」
「そうなのかなぁ……。確かに攻撃魔法を色々と使っていたけど……」
「ちょっと待って。何で攻撃魔法を使ってたところに居合わせてるの?」
「えーっと、それはまぁ、話すと長いんだけど……」
「……後で、絶対に聞かせてもらうからね……!」
まずい……。
『神竜の雫』の素材のために、危険な目に遭っていたなんて言ったら……絶対に怒られてしまう……。
……ま、まぁそれはいいや。
それは後で心配することにしよう……。
「――……もちろん、この成果は私だけの力ではありません。
【暴食の聖女】エミリア・リデル・エインズワースが遺した、偉大なる力。
私をずっと護ってくれる、【竜王騎士】ルーク・ノヴァス・スプリングフィールドから連なる家門。
【神域の芸術家】アドルフ・カール・ギリングズが遺した、数々の設備や魔導具。
【微笑みの豪商】ポエール・ミラ・ラシャスが築き上げた、聖都の盤石の都市構造。
……古くは三百年前の仲間の力が、ここに来て別の形で結実した……そう言い換えることも出来ます」
……若干、アイナ様の声に、潤んだものを感じた。
今話に挙がった偉人たちは、それこそ三百年前に活躍した人たちだ。
その時代の人々の中には、私がお世話になった【甘味の支配者】ルーシー・ダーラ・アータートンだっている。
今なお聖都を見守ってくださる、【水竜王】セレスティア・ラミリエス様だっている。
……本当に、あの時代は凄かったんだろうな。
他にもここには挙げられない偉人たちが、きっとたくさんいたんだろうな……。
アイナ様はそのあとも、多くの偉人たちに触れていった。
ときには鬱陶しい歴史学者もいたみたいだけど……それってまさか、私のご先祖様のことじゃないよね……?
……いや、絶対にご先祖様のような気がしてきたぞ……。
「――……幸いなことに、世界は今、落ち着いた情勢にあります。
だからこそ、皆様には今、この時間を大切にして頂きたい。
すべきことをして、やりたいことに励み、そして何らかの、自身が納得できる結果を残してください。
もし何か困ったことがあれば、セレスティア教やガルルン教の門を叩いてください。
もちろん、自身が信じる信仰でも構いません」
「セミラミス様に相談にいくか……」
「ガルルン様に祈りを捧げるか……」
「アイナ教ってあるんだっけ……?」
「俺は新時代の神になる……!」
「パププパペロッチ教でも大丈夫かな……」
「……パププパペロッチ教?」
周囲の喧噪の中、何となく気になる信仰の名前が聞こえてくる。
「自分を高める信仰らしいよ……?」
「え、イーディスは知ってるの?」
「まぁ、何と言うか……。
話のオチに困ったときは、とりあえず出しておけ……、的な信仰なんだけど……」
「……それ、ちゃんとした信仰なのかな……」
あまり真面目に考えたようでもない名前。
自分を高める……とは言っても、あんまり大したことは無いのかも……?
アイナ様の話は続き、中盤から終盤へ。
そしてそのまま、名残惜しくはあるが、締めの言葉に至る。
「――……それでは、私からは以上といたします。
これから先の未来、再び百年、二百年、三百年……と、悠久の平和が続きますように。
全員で一丸となり、その礎を築いていきましょう」
アイナ様はそう言うと、軽く会釈をしてから、ドレスを翻し、元いた場所へと戻っていった。
……悠然と、優雅に。
ああ。改めて見ると、誰でも惚れてしまうのが分かる。
かく言う私だって、女の身でありながら惚れてしまっている。
これが男性であったとすれば、幾何のことだろうか。
こればかりは……、気持ちが惹かれてしまうのは、やはりルーファスを否定することが出来ない。
私はフランのことも応援してるから、二人には上手くいって欲しいところだけど……。
……って言うか、当のルーファスはあの場にいるんだけど?
フランとの話し合いはもう終わったのか、それともこれからなのか――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――その後、合唱団が美しい歌声を聴かせてくれたり、素敵な舞いが披露されたり。
記念式典が終わったのは、16時を過ぎた頃だった。
「……はぁ、素敵な式典だったぁ……」
「本当だね!
まぁ、あの空中投影が無かったら散々だったけど」
「あはは、確かに!」
実際、お城のバルコニーが直接見える場所であっても、あの空中投影は行われていたらしい。
だから結局、どこにいてもあまり大差は無かったってことになるんだけど……。
でもやっぱり、しっかりと自分の目で、アイナ様を見たかったなぁ。
「……それにしても、そろそろ暗くなっちゃうね。
明日、もう帰らなきゃいけないんだよなぁ……」
フランが残念そうに呟いた。
確かに見世物も露店も、お祭りとしてはまだまだ堪能出来ていないのだ。
「滞在するのは、延ばせないんだよね?
それなら今日の夜は、花火大会があるみたいだから……。
だから一緒に、たくさんまわろ?」
「うん、良いね!
でも、村の人も一緒で良いかな。
……ほら、ミーシャ。夜に、お父さんと話すって言っていたじゃない」
「あ、そっか……。
夜までイーディスと二人きりだったら、おじさんたちと話す時間が無くなっちゃうからね……」
「そうそう。それに、ミーシャがアイナ様と会った話も聞かないと!
だから無駄にする時間なんて、全然無いんだよ!」
「う、覚えてたか……」
「決まってるでしょ!」
……花火大会を楽しんで、その後は怒られることが確実なことを話して……。
今はもう夕方の時間になってしまったけど、それにしても今日はこれから、まだまだ長く続きそうだ……。




