Ex86.映像
――昼、12時過ぎ。
昼食は近くの露店で何とか済ませ、私とイーディスはお城の中に続く大きな道を、ゆるゆると進んでいた。
人の流れは留まること無く、いつの間にか私たちの後ろにも大勢の人が溢れ返っていた。
「なかなか進まない……。
でも、戻れもしない……」
「はぁ……。本当、凄いお祭りなんだね……」
イーディスの表情にも、少し疲れが見えてくる。
私がイーディスに勝てるところと言えば、体力くらいなものだから……。
ここは私が、何とかサポートをしてあげないと。
「大丈夫? 疲れたら、私に寄り掛かっても大丈夫だよ?」
「ん、ありがと。
……あと、どれくらい進めば良いのかな……」
「私もお城は詳しくないからなぁ……。
でも、もう少ししたら広場に出るみたいだね」
「でも、お城まではまだまだ遠いよ……?」
「う、確かに……」
ここまで来たなら、アイナ様をしっかりと拝んでおきたいところだけど……。
……お城まで、ちゃんと着くのかな?
記念式典が始まるのは13時だから、これはもうアウトなんじゃないかな……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……広場で足止めを食らった。
時間はもうすぐ13時。
もしも人が誰もいなくて、道がガラガラだったとしても……お城までは着けない時間だ。
「あー、ダメだったーっ!」
「本当、疲れただけだったね……。
これなら見世物を見てた方が良かったなぁ……」
イーディスの言葉に、私は同意せざるを得なかった。
私たちは先に進むことを諦めて、広場の片隅で完全に休憩モードに入っていた。
……そんな中、突然大きな声が辺りに響いてきた。
「――……ご来城の皆様。
こちらは三百年祭実行委員会でございます」
「わっ、びっくりした!?」
「あはは。でも、凄く大きな声だね……」
「これって拡声魔法?
……でも私が知ってるのより、何だか凄いかも……」
拡声魔法と言うのは、基本的には声を大きくするだけの魔法だ。
そのため術者の近くにいけばいくほど、大きく聞こえる……のを通り越して、やかましく聞こえる。
逆に術者の遠くにいけばいくほど、どこか聞こえにくくなる……と言う性質がある。
しかし今伝わってきている音は、遠くから発せられているはずなのに、とても耳に聞こえやすい。
大きさ然り、音質然り……。
同じことを思っている人も多いのか、まわりの人は興味深そうに耳を澄ませ、またそれについて喋っているようだった。
そんな喧噪の中でもしっかり聞こえる……。
これ、凄い魔法だなぁ……。
「――……13時より記念式典の様子を、最新の魔法技術で皆様にお届けいたします。
空中投影、並びに音声を同時にお届けいたしますので、お寛ぎの上、ご覧ください」
「……ふぇ。
『空中投影』って、なぁに?」
「何だろう……。
『音声』の方は分かるけど……」
これまた周囲の反応も同じで、皆が色々騒いでいる。
そんな中、いつの間にか騎士やら魔法使いやらの一団が、広場の中央に現れていた。
そして、しばらくすると――
――ヴゥゥン
鈍い不思議な音と共に、広場の上空、私たちの上空に、巨大なウィンドウが現れた。
例えて言うなら、鑑定のウィンドウ……なんだけど、しかしそこに映っているのは、どこかの立派な建物の中……?
……何よりも目を引いたのは、その光景が『動いている』と言うことだった。
「イーディス、凄いよ!
何か、どこかが映ってる!!」
「うわぁ、何あれ……。
魔法って、あんなことも出来るの……?」
私が知る限り、そんな魔法は聞いたことが無い。
止まった映像を小さいウィンドウで見たことはあるけど、動いている映像を巨大なウィンドウで空中に映し出すなんて――
「……あ、誰か出て来た。
立派なおじ様」
「多分、王様だね」
場所はよく分からないところだけど、映っている人たちの前に、何となくバルコニーっぽい装飾が見える。
名前は知らないけど、落ちないようの柵……って言うのかな。
そんなことを考えていると、映像の中の……立派な服を着た紳士が、司会進行をしていった。
そしてひとしきりの説明を終えると、王様の挨拶が始まった。
「……王様、嬉しそうだね」
「そりゃ、建国してから三百年だもんね。
平民には分からない苦労があって、喜びもひとしおなんじゃないかな」
「そうだね。あんな顔見ちゃうと、こっちまで嬉しくなっちゃう」
……国の長から、国の民への挨拶。
そして、他国への謝意。
多くの人たちが、私たちの国の王を、映像を介して見上げている。
「あ、ミーシャ!
後ろ見て! あそこ、あそこ!」
「んー?
……あ、ルーファスだ! あと、ルーファスのお父さんもいるね!」
「こうして見ると、ルーファスって本当に貴族だったんだねぇ……」
「あはは、そうだねぇ♪
でも、あの二人がいるってことは――……あ、アイナ様がいる!」
「え? どれ? どの人?」
「ほら、ルーファスの右後ろに……。
ほら、あの人!」
「……え、あの人?
どこかの令嬢じゃないの?」
以前私が会ったときとは違い、素敵なドレスを身に纏っている。
貴族と言えば貴族、王族と言えば王族にも見えてしまうなぁ……。
「はぁ、やっぱり凄い人なんだねぇ……」
まさか命の恩人が、そんな凄い人だなんて……。
何だか誇らしくなってしまうやら、あのときのことを思い出して恥ずかしくなってしまうやら。
「話には聞いていたけど……。
本当に若いんだね……」
以前私が抱いた感想を、イーディスもまた同じように感じていた。
そんな中、王様の挨拶は無事に終わり、その後も何人かのお偉いさんの話が続いていく。
話はそれぞれ、つまらないと思いきや、なかなか聞きごたえのある内容で……。
「ミーシャ、楽しそうだね」
「え? 国のこれまでと、これからの話……。
凄く、面白くない?」
「まぁ、話は上手いな……とは思うけど、ミーシャほどでは無いかな……」
……あれ。
普通の女の子としては、そんな感じなのかな……。
「――……それでは最後に、クリスティア聖国代表、アイナ様よりお言葉を賜ります」
「……あ! アイナ様の出番だよ!」
「おお、ついにーって感じだね!
どんな人なのか、楽しみ――」
「アイナ様ーッ!!」
「アイナ様ーッ!!」
「アイナ様ーッ!!」
「アイナ様ーッ!!」
「アイナ様ーッ!!」
「……ぉわっ!?」
イーディスの言葉の途中で、どこかからそんな叫び声が聞こえてきた。
見れば広場の一角に、とても興奮している人の集団がいるようだ。
でもそもそも、この広場だけでなく、もっと遠くからも聞こえてきたような……。
「あー……、噂は本当だったんだね。
アイナ様には、根強いファンがいるって言う……」
「ファン……?」
「何だかそう言う人たちを集めた、地下組織もあるみたいだよ」
「地下組織……?」
私も聖都に暮らしてしばらく経つけど、そんなのがあったんだ……?
聖都、恐るべし……。




