Ex82.ケース
「ミーシャさん? 昼食を買ってきましたよ」
「今日は……大丈夫だった?」
ここ数日、ターニアちゃんは露店で食べ物を買ってきてくれている。
お店によっては売ってくれない場合もあるけど、しっかり売ってくれる露店もあるようで。
……どちらかと言えば、売ってくれる方が多いのかな?
でも妖精が珍しくて、捕まえようとする人もやっぱりいるみたいなんだよね……。
「心配しすぎですよ。
妖精は結構、人間社会に溶け込んでいるんですから」
「でも、なぁ……」
食べ物を受け取りながら、私はついつい心配をしてしまう。
「今日は焼き鳥です。
塩は大体想像が付いたので、タレの方を買ってきました」
「この辺りの塩は、美味しいって評判なんだけどね。
料理として研究するには、タレの方が良いのかな?」
「はい。お店によって作り方が違うので、色々味わってみないと」
妖精が焼き鳥を串のまま食べる……と言うのは大変なので、串から1つ、肉を取り分けてあげる。
それでも大きいような気はするけど、本人が買ってきたのだから、まぁ食べられるのだろう。
「……うん、美味しいね。
ちょっと焦げてるけど、香ばしくて良いのかな?」
「これくらいであれば許容範囲ですね。
野趣が出ている、と言いますか」
「……どころで、そっちの紙袋は何?」
「はい、焼き鳥です」
「え? まだ買って来てたの?」
「味の研究をしないといけませんので。
一緒に食べて、比較をしたいなと」
「なるほど、勉強熱心だね……」
この熱心さは私も見習いたいところだ。
でもこんなにたくさん、ターニアちゃんが食べられるわけも無いから……。
……あれ? 私がもっと、食べなきゃいけないの?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……はぁ、お腹いっぱい」
ターニアちゃんが買って来た焼き鳥のほとんどを平らげたあと、私は椅子の背もたれに寄り掛かって一息ついた。
「ミーシャさん? たくさん食べましたね……」
「え? だって、ターニアちゃんはあんなに食べられないでしょ?」
「そうですけど……。
夕飯の分に、多めに買ってきたつもりだったのですが……」
「ちょ……っ。
それ、早く言ってよ!?」
頑張って食べる必要なんて無かった……。
良かれと思ってしたことが、まさかの大失敗に……。
「……これが、コミュニケーション・エラーと言うやつですか」
「いや、格好良く言われても……。
それにこの程度のすれ違いなんて、ターニアちゃんとならよくあるし……」
「でも、私はミーシャさん? のこと、案外理解していると思いますよ?」
「私こそ、ターニアちゃんの次の台詞くらいは想像付くようにはなってるよ?」
「それは凄いですね、では次の台詞を教えてください」
「そんなわけ無いじゃないですか」
「そんなわけ無いじゃないですか――
……って、やりますね」
「ふふふ、そうでしょ?」
まぁ、当たったからどうだ……って感じではあるんだけど。
しかしチクチクとしたターニアちゃんの言葉も、ある程度なら予想の範囲内になってしまっているのだ。
「……さて、そんな馬鹿話は置いておいて、作業に戻りましょう。
ほら、早くお茶を飲んでください。ほらほら」
「わ、分かったよ。急かさないでーっ」
『妖精のアミュレット』の製作はそろそろ大詰め。
このまま順調にいけば、当初の予定通り……記念式典の前日には完成できるかな?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――と言うわけで、無事に完成っ!!」
「順調すぎましたが、何よりでした」
私の感無量の声に対して、何だか他人事のようなターニアちゃん。
出来上がったのは『黒妖精の宝石』を中心に、『妖精の花』を模った綺麗なペンダント。
しかしここに至るまで、失敗しそうになったときはターニアちゃんにたくさんフォローをしてもらったのだ。
「魔法を使う工程も、魔力を込めるだけだから私でも何とかなったし……。
……折角だから鑑定してみたいけど、そんな時間は無さそうかな……」
窓の外を見てみれば、空はもう暗くなっていた。
明日は記念式典の日、つまりルーファスに品物を受け渡す日でもある。
……そんなわけで、鑑定をしている時間なんて取れそうにもないのだ。
「品質は……見た目は良いですし、Bくらいはあるんじゃないでしょうか。
大枠としての効果には、品質はあまり影響が無かったと思います」
「その効果って、『恋人に想いを伝える』……ってやつだよね?
なかなか信じがたい効果だけど……」
「そこは妖精の知恵を信じて頂かないと。
ただ、そうは言ってもメジャーなアイテムでは無いので、私も今回初めて見たんですよね」
「はぁ、結構なレアものなんだね……。
ところでこれ、売るからには値段を決めないと。
いくらくらいになるのかな」
「素材が大体金貨2枚ほどで、製作には1週間が掛かったので……。
金貨3、4枚くらいかと思いますよ」
「一応、ルーファスの予算は金貨20枚までだったけど……」
「かなり余裕がありますね」
「そうだねー。
お金が余るなら、フランを高級ディナーにでも誘ってもらいたいところ……」
「……そのお二人って、今は関係が上手くいっていないんですよね?
『妖精のアミュレット』には、一瞬で仲直りできる効果なんてありませんよ?」
「う……。じゃぁダメかな……」
ルーファスが一体どう言うシチュエーションで渡すかは知らないけど……。
……上手くいくのかな?
今さらながら、私もかなり重大な責任を持ってしまったような気がする……。
錬金術師にとって、責任を持つと言うのは当たり前のことだ。
例えば薬を作ったのなら、その効果には責任を持たなければいけないわけで。
だから今回も、『想いを伝える』と言う部分には、ある程度の責任を持たなければいけない……。
「どうしても心配なら、プレゼント用の素敵な入れ物に入れませんか?
金貨1枚もあれば、私が用立て出来ますよ」
「え、本当に?
良い感じのものに伝手があれば、お願いしたいな」
……実はそれなりのケースなら用意はしていたけど、より立派なものがあるのであれば、それを優先することにしたい。
予算にはまだまだ余裕があるし、ルーファスだって安さはあまり求めていないだろうし。
「それでは今から出掛けてきます。
午前3時までには戻れると思いますので、ミーシャさん? は少し休んでいてください」
「受け渡しは明日の早朝だもんね……。
ごめんね、お願いできる?」
「はい、承知しました。
金貨はお財布から抜いていきますね」
「うん、了解ー」
私の返事を聞いてから、ターニアちゃんは工房を出て行った。
……時計を見れば、時間はもう20時を過ぎている。
私も今の内に、軽く寝ておくことにしようかな。




