Ex77.買い物
「お、お帰りになられましたか……?」
リリーちゃんが帰ると、ターニアちゃんは恐る恐る……と言った感じで姿を現した。
怖い、と言うよりも、畏れ多い……って感じかな。
「うん、もう出て来ても大丈夫だよ。
でも、そんなに緊張する必要は無いんじゃないかなぁ……」
「むしろミーシャさん? は、何でそんなに平然としていられるんですか……」
「何でって言われても……、学院じゃみんな普通に接しているよ?
まぁ、いつもミラちゃんと一緒だから……積極的に声を掛けるのなんて、私くらいだけど」
「なるほど……。
やっぱりミーシャさん? は、他の方よりもネジが外れているんですね……」
「そ、そんなことは無いよ……?」
……散々な言われようだけど、それも今更のこと。
ターニアちゃんの言葉を普通にスルー出来てる辺り、こっちの方がネジが外れているかもしれない。
「それで、どんな御用だったのですか?」
「うん、リリーちゃんが引っ越しちゃうんだって。
あ、お母さんも一緒らしいんだけど――
……もしかして、その辺りって聞いてる?」
「はい、それは知っています。
他には、何か話はありませんでしたか?」
「んーっと、ミラちゃんは一緒に行かないらしいから、これからも仲良くしてねー……って」
「そんな畏れ多い大役を、ミーシャさん? に!?」
「いやいや……。
さっきも言った通り、学院の中では私は仲が良い方だからさ……。
そう考えると、別に妥当な人選なんじゃないかなぁ……」
「はぁ……。
ひとまずはそれで、納得しておきましょう」
「でも、リリーちゃんたちのお母さんも引っ越すんだよね……。
私と契約しちゃったけど、ターニアちゃんは付いて行かないで大丈夫なの?」
「はい。
聖国にいない間、私はここでお世話になると言う話でしたので」
「あ、そう言うことだったんだ……。
そうすると、聖都に戻って来るのは2、3年後……ってことになるのかな?」
「今のところは、その予定だそうです。
もちろん状況によっては長くなるかもしれませんが……」
「ふむ……。
何かをやるには短そうだけど、待つにはやっぱり長そうだねぇ……」
私の年齢だと、2、3年はかなり長い時間になる。
ただ、『何か』を成し遂げるには……時間としては、やっぱり足りない感じかな?
「私たちも、ただ待っているだけではいられません。
あの方のお眼鏡に適うように、私は精進を重ねなければ!」
そう言うと、ターニアちゃんは眼鏡をくいっと上げた。
何となく例の……漫画に出てくるような、十字の光が見えたような気がする。
「そうだねぇ……。
ターニアちゃんも、しっかりと眼鏡キャラを確立していかないとねぇ……」
「……え? 何ですか、それ!?
変な設定を追加しないでください!」
「だって、そもそもが『押し掛け眼鏡』……ってあだ名なわけだし……」
「……はぁ。
私としては、もう少し知的なものが良かったのですが……」
「何となく、うっかりさんみたいなイメージがあるもんね。
リリーちゃんに変えてもらえるように、頑張ってみれば?」
リリーちゃんは一度付けたあだ名を、何かのタイミングで変えてくれる場合がある。
付けられたあだ名が嫌ならば、リリーちゃんが変えたくなるように仕向ければ良いのだ。
「つまり、私の努力次第……と言うことですね。
ミーシャさん? も、一緒に頑張りましょう!」
「え? あ、うん……。
私は、今のあだ名で良いんだけど……」
「それなら私のために、頑張ってください!!」
「ま、まぁ……。出来る限りは……?」
「はい、ありがとうございます!
それではこれから、早速作業を始めることにしましょう!」
「えっ!?」
……今日は遅くまで、クラスメートと打ち上げをしていたんだけど……。
早く休みたかったんだけど……。
結局、私はターニアちゃんの熱意……のようなものに負けてしまい……。
疲れている中、少しだけ作業をすることになってしまった……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次の日はターニアちゃんと一緒にお買物へ。
ターニアちゃんは収納スキルは持っていないものの、重いものを魔法を使って運ぶことが出来る。
今回はそれを応用して、重い荷物を軽くしてもらう算段なのだ。
「……かなり賑わっていますね。
さすがに、人間が多過ぎだと思いませんか?」
「あはは、この時期は仕方が無いよ~。
そう言えば、妖精たちは三百年祭には来ないの?」
「人間と接点がある妖精は来ると思います。
でも、人里離れた場所の妖精はまず来ませんね」
「やっぱり人間が怖いのかなぁ……」
「そもそも自分の身体の数倍はある生き物ですから。
それが大量に集まって暮らしているんですよ?
慣れていないと、怖いに決まっているじゃないですか」
確かに自分の数倍もある生き物が暮らす街なんて……。
想像するだけで、ちょっと怖くなってしまうかも……。
「そう考えると、ターニアちゃんって凄いよね」
「でしょう?」
私の言葉をまるで否定せず、素直に受け入れてしまうターニアちゃん。
これはこれは、何とも生意気に可愛い感じだ。
「――さて。
それじゃ、次は魔法関連のお店に行こっか」
「えっ」
「……え?
な、何か都合が悪かった……?」
「いえ、そう言うことでは無いんですが……。
でもああ言うお店って、たまに店員が襲い掛かってくるんですよ」
「そ、そうなの? そりゃまた何で?」
「妖精の羽とかが、魔法や錬金術の素材になりますので……」
……それは確かに怖い。
殺されてむしられるのは嫌だし、生きてたままむしられるのも当然嫌に決まっている。
私がターニアちゃんの立場だったら、間違いなくそんな場所には行きたくないところだ。
「や、やっぱり止めておく……?」
「いえ、これも修行のひとつなので!
いつまでもそんなことに、怯んでなんていられません!」
「そ、そっか……。
それじゃ私の肩にでも、しっかりしがみ付いてて良いからね」
「本当ですか?
不本意ながら、そうさせて頂きます!」
そう言うとターニアちゃんは、私の肩にしがみ付いて――
……来てはくれなくて、少し離れたところで様子を窺っていた。
むぅ。
お店の前まで行ったら、しがみ付いてくれるのかな……?
今のところ、私としても不本意な扱いをされているような……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――ひょっひょっひょっ!
活きの良い妖精だね~♪」
「ひ、ひいいぃっ!?
ミーシャさん? 早く助けてくださーいっ!!?」
ドタドタドタ――
……と賑やかな光景を見ながら、私は放心してしまった。
あの店員のお婆さん、あんなキャラだったんだ……。
いやむしろ、あんなにあからさまに捕らえようとするものなんだね……。
……いや、人間の世界って怖いわぁ……。




