Ex75.来客
錬金術学院から家に戻ると、ターニアちゃんが夕食の準備をしていた。
今朝はいなかったから、昼の間に帰ってきたのかな?
「ターニアちゃん、お帰りー」
「……あ、はい。
ミーシャさん? も、お帰りなさい」
何となく、いつもより弱々しく見えるターニアちゃん。
せっかくお出掛けしていたと言うのに、何かあったのだろうか。
「何だか元気が無い?」
「はぁ。まぁ、いろいろありまして……」
「ふーん?
私で良いなら、話は聞くよ?」
「いえ、ミーシャさん? ではどうしようも無いことなので」
……むぐ。
改めてそう言われると、ちょっと悲しい……。
「そ、そう?
でも、いつでも良いからね。気が向いたら、相談してね?」
「分かりました、ありがとうございます」
その後、夕食は一緒に食べたけど……、ターニアちゃんはずっとテンションの低いままだった。
作業を手伝わせるのも何となく悪い気がしたので、今日の夜は作業を無しにすることに。
それにしても、今日は何だかしっくり来ない一日だったなぁ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――……ふわぁ。
もう朝かぁ……」
気が付けば、また新しい朝。
昨晩は本を読むことにしたけど、日頃の疲れが出てしまったのか、そのまますぐに寝ちゃったんだっけ。
いつもより多く眠ることが出来たから、今朝は身体が軽いような気がする。
身のまわりのことを済ませてから台所に行くと、テーブルの上には朝食と手紙が置かれていた。
「……ん? 手紙?」
不思議に思いながら読んでみると、それはターニアちゃんからのものだった。
出掛ける用事が出来たので、早朝から出て行ってしまったらしい。
でも、朝食はしっかり作ってくれている。
別に、用事があるときは作ってくれなくても良いんだけど……。
そもそも食事の世話なんて契約外だから、本来はやらなくても良いわけで……。
仲は何となく微妙なところはあるけど、仕事はしっかりこなしてくれている。
……うん、口が悪いところ以外は、本当に良い子なんだよね。
だからきっと、週末にいなかったこととか、今日も早くに出掛けてしまったこととか……。
何か事情がある、ような気がする。
私では相談に乗れないようだけど、それでもお話くらいはして欲しかったなぁ……。
「はぁ……、美味し」
自分の作った食事と、他の誰かが作った食事はやはり違うものだ。
食事のお礼くらい、私も返してあげたいところだけど……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その週は結局、ずっとそんな感じになってしまった。
リリーちゃんとミラちゃんは学院に出て来ず、ターニアちゃんはいまいち元気の無いまま。
……とは言え、ターニアちゃんは徐々に普段の感じには戻ってきてくれた。
ただ、何があったのかは教えてくれなかった。
そんな中、錬金術学院は今週末で授業が最後となる。
成績が悪い生徒は追試なり留年なりがあるところだけど、幸いにして私は全く縁が無かった。
日頃、ちゃんと勉強をしている賜だね。
ちなみに私の知る範囲では、留年になる人はいない。
リリーちゃんとミラちゃんが少し気になったけど、先生に聞いたところ、追試や留年は無いとのことだった。
1学年の最後では会えなかったものの、数週間も経てばまた2学年が始まる。
特段の理由が無ければクラス替えも無いから、そうしたらまた一緒に勉強していくことが出来るよね。
最後の授業の日は、クラスメートと一緒に軽く打ち上げに。
お酒は控えて食事をするだけだったけど、今までの授業を振り返ったり、学院の内輪ネタを言い合ったりと、大いに盛り上がってしまった。
……そんなわけで、家に帰れたのは21時過ぎ。
私にしては遅くなってしまった……。
ターニアちゃん、もう戻っているかな……?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――みみみ、ミーシャさん!?
お帰りなさいっ!!」
「え? ただいま……?」
工房の側から建物の中に入ると、ターニアちゃんが猛スピードで飛んできた。
「こんな時間まで何をしてたんですか!!
いえ、呑気に打ち上げでしたね!!」
「え、えー……?
何だか、待たせちゃった……のかな?」
「お客様がいらしてますので、部屋にお通ししていますっ!!」
「え? お客様?
こんな時間まで、いてもらってるの!?」
さすがに遅くなるなら、一旦帰ってもらえば良いのに……とは思ったものの、その辺りはターニアちゃんにも常識はある。
そうしなかったと言うことは、きっとそれが出来ない理由があったのだろう。
「ほらほら! さっさと行ってください!
ほら、早くーっ!!」
ターニアちゃんは小さな身体で私を押してきた。
身体に見合わぬ力強さ……、この辺りは魔法でも使っているのだろう。
「ちょ、ちょっとーっ!!
そんなに急かさないでよーっ!!」
来客用の部屋の前まで押されて行って、そこで私はようやく解放された。
さすがに部屋の中まで押し込むのは、ターニアちゃん的にもNGだったのだろう。
「すいません!
でも、ずっとお待ち頂いているので!!」
ターニアちゃんの目には、何の迷いも無かった。
そこまで迷いが無いと、私としてはどうしても気圧されてしまう。
「う、うーん?
分かったよ、それじゃ――」
諦めて、部屋の扉に手を伸ばす。
しかしその瞬間、扉は勝手に開き、そして部屋の中から姿を現したのは――
「……あ! ミーちゃ、やっと帰ってきたの!」
「え?
り、リリーちゃん!?」
思い掛けず部屋から出て来たのは、この一週間ずっと授業を休んでいたリリーちゃんだった。
彼女の後ろ、部屋の中を覗いてみれば、他には誰もいない。
つまりはリリーちゃんが一人、うちに来ていた……と言うことだ。
「リリー様、大変お待たせいたしました!
あ、お茶のお代わりをお持ちしますね!」
「みゅ、よろしくなの!」
「はいっ!」
ターニアちゃんは大きく返事をしたあと、台所の方に飛んで行ってしまった。
この二人が話しているのは初めて見たけど……。
ターニアちゃん、私のときと全然態度が違うんじゃないかな……。
「……えぇっと。
リリーちゃん、お待たせしちゃったみたいで……?
ま、座って話そっか?」
「なの!」
私はリリーちゃんに椅子を勧めてから、その正面に座った。
それにしても……こんな時間に改まって、一体どうしたんだろう……。




