Ex74.深夜の出来事
――スゴォオオォオォオォォオン……!!
「……むゃ!?
――――地震、……?」
深夜、凄まじい音と共に大きな揺れが襲い掛かった。
ただそれも一瞬のことで、目を覚ましてから頭がはっきりするまでの間に、地震はすっかり収まってしまっていた。
「……う、うーん……?」
しばらく身を縮めて用心をしていたものの、それ以上は何も起こらない。
恐る恐る灯りを点けてみれば、部屋に置いていたものは大きく散乱してしまっている。
……えーっと。
地震があったときって、まず何をすれば良いんだっけ?
そもそも私、こんなに大きな地震は初めてだからなぁ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
不安な気持ちを抑えつつ、私は家の様子を見てまわることにした。
こういうとき、一人暮らしは不安なものだけど――
……でも今は、ターニアちゃんと一緒に暮らしているからね!
「ターニアちゃーん。
大丈夫だったー?」
彼女の部屋に続く、天井近くの横穴。
そこに何回か声を掛けたところで、私はようやく思い出した。
そう言えばターニアちゃんは、この週末はお出掛けをしているんだった。
どうしても外せない用事があるらしく、頭を下げてお願いされたっけ……。
「……う。
急に心細くなってきた……」
何だかんだで、ターニアちゃんを心の支えにしていたところがあるのだろう。
私は意気消沈しながら、他の部屋の様子も見てまわることにした。
……無駄に広い。
何かがあったときに様子を見なければいけないのなら、その全てをしっかりと活用していきたいところだ。
そうとなれば、やっぱりお店を開く……って言うのが現実的かな……?
このあとも外の様子も眺めてみたけど……。
どこの建物でも灯りを点けていて、やっぱり地震のあとの様子を窺っているようだった。
幸いなことに、火事のような二次災害も起きていないようだ。
それに加えて、騎士団が早々に出張ってきていたのが印象的だったかな。
……不安なところはあるものの、続きは朝になってからにしよう。
まだ眠いし、しっかりと体力を回復させておかないと……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夜が明けて、今日も素敵な一日が始まった!
「……いや、それは撤回」
改めて見てみれば、家の中はかなり散らかっていた。
工房の方では、フラスコなんかの機材が見事に割れてしまっているし……。
「壊れたやつは買い直さないとなぁ……。
……でも、すぐに買い直せるかなぁ……」
今回の地震は、誰も予想なんてしていないだろう。
それならどこの工房でも、機材を破損している可能性がある。
となればその分、買い難くなるだろうし、値段も高騰してしまうかもしれない。
「壊れたのは主にフラスコと、ビーカーと……。
ああ、計量のグラスは大丈夫か……。
ま、残った分で何とかなるかな……」
全部が全部、壊れてしまったわけでは無い。
上手くやりくりをすれば、しばらくは問題無さそうだけど……。
これからのことを考えながら片付けを続けていると、お店の方から呼び鈴の音が聞こえてきた。
慌てて行ってみると、扉の外に騎士様が一人立っている。
「おはようございます。
えっと、何か御用ですか?」
不意の来訪に、私は緊張してしまう。
「おはようございます。
昨晩の地震の影響調査をしているんです。何か困ったことはありませんか?」
「あ、そうなんですね。ご苦労様です。
ちょっと散らかっちゃいましたけど、そこまで大きな問題はありませんでした。
建物も古いのに、ビクともしていませんし……」
「それは良かったです。
壊れてしまったものなどもありませんか?」
「錬金術で使う、ガラス製のものがいくつか壊れてしまいました。
でも、それくらいですね」
「なるほど……。
被害額はどれくらいでしょう?」
「すいません、急にはちょっと……。
でも、そこまででは無いと思いますよ」
「そうですか……。
それではこちら、国からの補助となります。
どうぞお受け取りください」
そう言うと、騎士様は小さな封筒を手渡してくれた。
何となく馴染みのある、そんな感じのずしりとした重さ。
「……え? これって――」
「見舞金ですので、適宜お使いください。
それでは次に行かなければいけませんので、これで失礼いたします」
「あ、はい。
ありがとうございました!」
私が返事をすると、騎士様は帰っていった。
急な展開に驚きながら、少しぽかんとしてしまったけど……。
我に返って封筒の中身を出してみると、これまた驚いてしまった。
……金貨が1枚、入ってる……。
こう言うサポートはとても助かるけど、それにしても対応が早過ぎない……かな?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
慌ただしい週末の二日を過ごしたあと、錬金術学院の授業は普通に行われるようだった。
学院の建物も、傷ひとつ無い。
そもそも街の建物だって、大きな被害はほとんど無い。
建築は昔からポエール商会が手掛けているから、ここはもう、さすがと言わざるを得ないだろう。
かなり古い建物は被害を受けているようだけど、それでも全部ってわけじゃないからね。
授業の開始前の話題はもちろん、昨日未明の地震のことだった。
話を聞けば、早い遅いはあっても、どこの家にも騎士様や兵士の人が来ていたようだ。
そして見舞金もしっかり出ているようで、大体の人が臨時収入があったことを喜んでいた。
だからもう、地震の恐ろしさよりも喜びの方が勝っているくらい。
国の動きも早かったし、こう言うとき用の対応マニュアルなんかがあるんだろうね。
……いや、聖都って凄いね。
「――でも、うちはちょっと水が来なくなっちゃってさ。
昨日の夕方には復旧したけど、それまでは不便だったなー」
……遠くから、そんな声が聞こえてきた。
そう言えば一時的に、『水の迷宮』から聖都に続く水路が破損してしまったらしいんだよね。
そこもすぐに工事が入って、対応はスムーズに済んだらしいけど……。
私も前の席の友達と一緒に、昨日の地震のことで盛り上がっていた。
しかし一限目の先生が教室にやって来て、そんな時間はすぐに終わってしまった。
そして授業の前に、先生も地震について色々と話してくれた。
学者の発表によれば、地震はもう来ないだろうこと。
私たちには何の心配も無く、普段の生活を続けて欲しいこと。
建国三百年祭は、特に変わらず行われること……など。
やっぱり先生から、しっかりと伝えてくれれば安心が出来る。
私もそれを信じて、今日からはいつも通りの生活に戻ることにしよう。
……でもひとつだけ、凄く気になっていることがあるんだ。
今日はリリーちゃんとミラちゃんが、出席してきていないんだよね……。
大丈夫かな……?
何かあったり、していないかな……?




