Ex72.苦労話
夕食後は、ターニアちゃんの助けを得ながら錬金術の作業をこなしてみることに。
私も誰かに指示を出すなんて初めてだから、なかなか緊張してしまうけど……。
「それでは、この温度を維持しながら窯の様子を見ておきます」
「うん、よろしくー」
伝えたことはしっかりと。
意図したことはしっかりと。
ターニアちゃんは、『単純な作業』についてはきっちりとこなしてくれそうだ。
ただ本人曰く、作業の表面をなぞっているだけだから、指示の無い細かい調整は苦手なんだとか。
いわゆる職人の勘……ってやつになるのかな?
さすがにそう言うのまでは、真似は出来ないと言うことだ。
「もう少し、何か出来ますけど」
「え? んー、特にやることは無い……かなぁ」
「ミーシャさん? は、もう少し指示の出し方を学んだ方が良さそうですね」
「う……。それはそうだね……」
ターニアちゃんの指摘はごもっともである。
でも私だって、まだ妖精と契約する予定なんて無かったわけだし……。
ここは別に、私が悪いんじゃないよね……?
「一通りの工程を教えて頂ければ、次からは同じように作ることが出来ます。
今作ってる初級ポーションは、明日から丸投げして頂いても大丈夫ですよ」
「おー、そうなんだ?
それじゃしばらく、初級ポーションを作っていてもらおうかな!」
「別に構いませんけど……、ちゃんと考えてから指示を出してくださいね?」
……あ、ターニアちゃんの目が少し冷たくなった。
まずいまずい、ここは雇い主の威厳を見せないと……!!
「も、もちろんだよ!
どんどんステップアップしていくからね!?」
「はぁ、出来ればそうしてください。
ミーシャさん? よりもさすがに品質は落ちますが、可能な限りは近付けようと思いますので」
「りょ、了解ーっ!」
……頼もしいやら、急かされているやら……。
とりあえず今日は初級ポーションの全工程を教えることにして……。
明日からは随時、授業で教わったものを仕込んでいくか……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次の日は、起きてからずっとターニアちゃんの作業の割り振りを考えていた。
私もこの半年くらいで、結構な数のアイテムを授業で教わってきているんだよね。
ターニアちゃんに教えれば教えるほど、私は色々と楽になっていく。
しかし逆に考えれば、ちゃんと教えないとターニアちゃんは覚えることが出来ない。
当然のことながら、たくさんのことを教えようとすれば、私の時間がたくさん取られてしまう。
だからある程度の取捨選択は必要になってくるだろう。
それに、私だってまだまだ勉強中の身だし……。
……ちなみに最近勉強している中級のアイテムの場合は、初級のアイテムが素材になることも多い。
例えば中級ポーションの素材には、初級ポーションを使う……とかね。
「……とすれば、初級ポーションをたくさんお願いするのはアリだよなぁ……」
「ミーちゃ、独り言なの?」
教室で考え事をしていると、リリーちゃんが話し掛けてきてくれた。
昨日は休んでいたけど、今日はしっかり出席するようだ。
「ん? ああ、ごめんなさい。
ちょっと考え事をしてて」
「ぼんやりさんなの!」
「ま、まぁそうだね……。
……あ、そうだ。リリーちゃんたちって、妖精のターニアちゃんを知ってるよね?」
私はリリーちゃんと、その少し後ろにいたミラちゃんに聞いてみることにした。
「みゅ。うちによく紛れ込んできてたの。
『押し掛け眼鏡』のことだよね?」
「そうそう、それそれ……。
お母さんから聞いてるかもしれないけど、この前私と契約してさー」
「なの! 『押し掛け眼鏡』、ちゃんと働いてるの?」
「うん、ちゃんとやってくれてるよ。
でも私、指示を出すのは初めてだから……、まだちょっと慣れなくて」
「ミーちゃは頑張れば出来そうだから、頑張るの!」
「うん、頑張る……!
ところでリリーちゃんとミラちゃんは、妖精とは契約しないの?」
私の言葉に、リリーちゃんとミラちゃんは顔を見合わせた。
「んー。それは難しいの!」
「え? 何で?」
「みゅ? えーっと、ミラ?」
私の質問はリリーちゃんを通り越して、ミラちゃんの方に行ってしまった。
「私たちは、残念ながら妖精と相性が良くないのですわ」
「え? そう言うのがあるの?」
「はい。簡単に言えば、生まれ持った魔力……と言いますか。
妖精にとっては、私たちは近寄りがたい存在なんです」
「へぇ……。二人ともそうなの?」
「なの!」
「残念ながら……」
……ふぅん? 相性なんて、そんなものがあるんだね……。
「でもそれって、つまり魔法が得意ってことになるの?
授業では分からなかったけど」
「魔法として発現させれば、大した差はありませんので……。
単純に魔力の色――
……いえ、少しお伝えしづらいところなので、これはまたの機会に」
「う、うん。了解」
「それで、その魔力の色……が、妖精には致命的になっているようでして」
「致命的って……。
うーん、何だか凄いんだね……」
……そう言えば以前、ローナがやんちゃをしたときのことだけど……。
リリーちゃんが怒って、凄い圧を出していたことがあったよね……。
なるほど、あんな感じの魔力を出してしまっては、逃げたくなる気持ちも分かるかもしれない。
……あれ?
ってことは、ミラちゃんもあれくらい凄いの……?
「とりあえず錬金術師を志すに当たっては、良い影響なんてありませんわ」
私の表情を察してか、ミラちゃんは困ったような顔で笑った。
「でもその分、魔法に良い影響が……?」
「そうでもありませんわ。
結局のところ、私たちは人並以下ですから」
「あれ、そうなの?」
「私は水魔法は得意ですが、他はさっぱりですし……」
「私は全部苦手なの!」
ミラちゃんの言葉のあとに、リリーちゃんが元気に続けてきた。
……うん。別に元気良く言うところでも無いよね……。
「大変なんだねぇ……。
相性が悪いと、魔法は上手く使えないって言うし……。
魔法の構築式とか、その辺りから頑張らなきゃいけないんでしょ?」
基本的に、初歩の魔法なんて感覚で覚える方が多い。
感覚を理論まで落とし込んだ構築式なんて、初歩の魔法では普通は学ばないし……。
「魔法もお母様から教わってますので、授業くらいのものであれば何とか……」
「でも、予習の時間がどんどん増えていくの……」
頼りになるお母さんがいたところで、苦労するのは変わらない。
羨ましい境遇なんだか、大変な境遇なんだか……。
……人並みに出来るって言うのは、結局は恵まれているってことだからね……。




