Ex70.片付け
私と契約書を交わすと、ターニアちゃんは一旦どこかに帰って行ってしまった。
そして2日後の朝、うきうきと戻って来た。
「おはようございます、ミーシャさん?」
「ターニアちゃんが……扉から入って来た!?」
何だか当然のことではあるが、これは快挙である。
今までは無断で、どこからともなく入ってきていたからね。
「でもこの扉、妖精にはとても大きいんです。
だから、今まで通り妖精用の出入口を使っても良いですか?」
「え? 何それ?」
「あ、知らなかったんですね」
ターニアちゃんは軽く驚いたあと、お店に続く廊下へと私を促した。
そして軽やかに舞い上がり、天井近くに空いていた横穴を指し示す。
「え? 何、その穴。
そんな場所、あったんだ?」
「はい、外へはここを通って出入り出来るんです。
昔からあるものなので、知っているかと思っていたんですが……」
引き続き話を聞いてみれば、この通路は『七色の錬金術師』レティシアの時代からあるもののようだった。
妖精をたくさん雇っていた彼女なら、そんな出入り口を作っていても不思議では無いだろう。
「へぇ……。初めて知ったよ……」
「この先には妖精用の小さな部屋もあるので、私はそこでお世話になろうと思います」
「そ、そんな部屋まであるの!?」
「はい。通路は施錠できるので、防犯対策も安心してください。
それで、部屋の片付けが必要なのですが……、2日ほどお時間を頂けますか?」
「うん、分かった。
すぐにお願いすることも無いから、大丈夫だよ」
……小さい横穴から繋がる、妖精のための部屋。
私は妖精よりも身体がずっと大きいから、その部屋に行くことは出来ない。
うーん、どんな部屋なんだろう?
見れないとなると、やっぱり気になっちゃうなぁ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私は自分の部屋に戻り、しばらく一人で過ごすことにした。
それにしても、ターニアちゃんは今まで、不思議な力で工房を出入りしていたと思っていたけど……。
でもそうじゃなくて、妖精用の出入り口を使っていたのか。
そうとなれば密室であるこの部屋に、突然現れることは無いだろう。
密室に突然現れる可能性があれば、落ち着いて休んでなんていられないからね。
逆に言えば、それ以外の……自分の部屋以外の場所は、共有の場所になってしまったわけか。
今までは一人暮らしの気軽さがあったけど、これはちょっと意識改革が必要になるかも……。
「……掃除でもするか……」
特に汚れているわけでも無いし、日頃の掃除は欠かしていない。
でも何となく、心機一転でやっておこうかな……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
お昼頃、私の元にターニアちゃんがやって来た。
「すいません、ミーシャさん?
食事はどうするんですか?」
「あ、そろそろ準備しないとね。
ターニアちゃんって、普段何を食べるの?」
「人間の食べ物も食べられますけど、身体が小さいので……。
それに、果物だけとかでも大丈夫です」
「なるほどー」
……この流れ、私が用意することになるのか……。
基本的には食事を抜くことなんて無いから、私が作る分には問題ないけど……。
でも食事の時間も、ある程度固定されちゃうのかな。
一人暮らしに慣れ過ぎていて、微妙に面倒――
……なんて、言っていられないか。
「それで、食事はどうします?」
「じゃ、ぱぱっと作っちゃおうかな。
少しだけ、待っていてくれる?」
「分かりました、それではまた」
そう言うと、ターニアちゃんは飛んで行ってしまった。
……錬金術の手伝いが出来るなら、料理も手伝えるのでは……?
それなら手伝ってくれても良いような、良いような、良いような……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……今日のお昼は、野菜を炒めてパンに挟むことにしよう。
あとは買っておいた果物でも切っておけば大丈夫だろう。
手軽なメニューを選んだことにより、昼食の準備はすぐに終わった。
台所のテーブルにお皿を並べたところで、ターニアちゃんが遠巻きに眺めていることに気が付いた。
「ご飯、出来たよー。
待たせちゃってごめんね」
てっきり彼女の部屋で待っていると思っていたのに、ここまで来ていただなんて。
そんなにお腹が空いていたのかな?
「ミーシャさん? は、いつもはこう言うものを食べているんですか?」
「もっと頑張るときもあるけど、日によってまちまちかな?」
「これくらいなら、私でも作れそうです」
「んぁ?」
……行間を読めば、色々と読めてしまいそうな言葉。
えっと、これはどう解釈すれば良いのか……。
私の表情に、その辺りが出てしまったのかもしれない。
「いえ、これなら私でも手伝えそうかなと。
私は人間の食事を作ったことがあまりありませんでしたので」
「ああ、そう言う意味ね……」
「どんな意味だと思ったんです?」
馬鹿にしていたわけじゃなくて、本当に『程度』の話をしていただけなのね……。
この辺り、ターニアちゃんは分かりにくいからなぁ……。
やっぱり、まわりから誤解をされるタイプなのかもしれない……?
「ま、まぁ勘違いってことで……。
さて、それじゃ頂きますか」
「はい、頂きます」
しっかり挨拶をしてから、それぞれ目の前のパンにかぶりつく。
ターニアちゃんのパンはかなり小さいから、ちょっとしたオーダーメイド感すら漂っている。
「どう? 美味しい?」
「はい、普通です」
「あ、はい」
面白味の無い、平均値的な『普通』……なのか。
あるいは、美味しいと言う範疇での『普通』……なのか。
……まぁ、私は美味しく感じるから良いんだけど……。
「こちらの果物は美味しいですね」
「あ、はい」
果物は、ただ切っただけである。
だからこれが美味しいのは果物のおかげであって、私の料理の腕は関係が無いのだ……。
……うぅーん、何だか微妙な気分……。
「それでは食器はあとで洗っておきますので、私は片付けに戻りますね」
「え? もう?」
「荷物が多くて、大変なんです」
「そうなんだ?
私が手伝えることは……無さそうか」
「部屋に入れないなら、そうですね」
身体を小さくするような薬があれば――
……なんて一瞬考えてしまったけど、そんな薬なんてあるわけも無い。
仮にそんなのが作れるなら、錬金術師ランクのS級なんて余裕だろうしね。




