Ex69.契約②
私が色々と考えている間に、ターニアちゃんはしゅんとしてしまった。
そもそもターニアちゃんは、ミラちゃんたちのお母さんと契約しようとしていたものの、今までは全然相手にされていなかった。
しかし今回、契約に至る可能性がようやく示されたのだ。
……何でそこに、私が絡んでいくのかは分からないけど……。
でも私をご指名と言うのであれば、ミラちゃんたちのお母さんに恩返しを出来るかもしれない。
ローナに寮の部屋をダメにされて、行き先に困っていた私を助けてくれた人……。
もちろん、リリーちゃんとミラちゃんにも感謝はしているけど――
「……ん、分かった。
私からもいくつか条件があるから、それを承諾してくれるなら受け入れてあげるよ」
「ほ、本当ですか?
ありがとうございますっ!!」
条件を聞かない内から、ターニアちゃんの顔はぱぁっと明るくなった。
最初からこれくらい素直だったら、私も気持ち良く受け入れられたと思うんだけど……。
「それじゃ、条件を言っていくね。
まず、常識的なルールを守ること。
人を馬鹿にする発言は控えること。
あと、嘘は付かないこと。
……普通に過ごす分には、問題無いでしょ?」
「頑張りますっ!!」
……その言葉は、肯定の意味で捉えても良いんだよね……?
まぁ最初から上手くいかなくても、努力をする姿勢が見えてくれれば良いんだけど……。
「約束を守らなかったら、すぐに追い出すからね!
……ところでさ、これって妖精との契約……に当たるわけ?」
物語や噂で聞いたことのある、妖精との契約。
しかし、私は具体的にどうするかまでは知らなかった。
「はい! 明日、書面を作って持って来ます!」
「……え? あ、そう言う感じなの?
てっきり魔法みたいなもので、何だかぶわーっとやるのかなって」
「そう言うタイプもありますけど、私を追い出せなくなりますよ?」
「あ、何となく危険な感じ?
それなら、うん。書面でいいや」
「書面の方はペナルティがお金になるので、問題を解決しやすくなるんです!」
「うわ、リアルぅ……」
「私が何か違反したときは、そのまま追い出す……で結構です。
あなたが違反をしたら、お金で解決……と言う流れで」
「はぁ、じゃぁそれでいいや……。
ところでさ、私のことは名前で呼んでくれない?」
「分かりました、ゲゲゲさん」
「……いやいや!?
それ、ターニアちゃんの頭の中での呼び方でしょ!?」
……『ゲゲゲの錬金術師』。
以前ターニアちゃんから言われた、納得いかない私のふたつ名。
「失礼しました。
すいません、あまり慣れていなくて」
「『人を馬鹿にする発言は控えること』は止めてね……?」
「……え? 今の、馬鹿にしてましたか?」
……え?
もしかして、意識してなかったの?
その辺り、天然だった……?
「えっと……。私には、そう聞こえるんだけど……」
「では、控えるように頑張ります!」
「うん、頑張って……」
……何だか最初から、不安が盛りだくさんかもしれない。
大丈夫かな……。
大丈夫だよね……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その夜は時間が遅くなってしまったので、話の続きは翌日に持ち越すことに。
私が錬金術学院から帰ると、ターニアちゃんはうきうきとした顔で私を待っていた。
……うん、良いね。
嫌な言葉さえ出て来なければ、ターニアちゃんだって可愛いんだよ……。
「ミーシャさん? お帰りなさい」
「……えっと? 何で疑問形なのかな!?」
「呼び慣れなくて……」
「まぁ、ゲゲゲよりは全然良いけど……」
「そちらが良いのでしたら、そちらでも」
「いやいや、嫌だって!
そんな呼び方をするなら、私だって『押し掛け眼鏡』って呼ぶよ!?」
「うっ、それはリリー様の……!
……分かりました。それではやはり、ミーシャさん? で」
「疑問形は残るの!?」
ただ、慣れの問題もあるだろうから……ハテナはそのうち取れるよね。
毎回毎回、疑問形にするのも面倒になるだろうし。
ちなみにターニアちゃん、私のところにも押し掛けてきたわけだから……。
……『押し掛け眼鏡』ってあだ名は、引き続きぴったりなんじゃないかな……?
「どうしましたか? 一人でほくそえんで」
「……う、やっぱり言い方が気になるね……。
ところでターニアちゃんって、リリーちゃんやミラちゃんにはやっぱり頭が上がらない感じなの?」
「はい?
むしろミーシャさん? は、何で頭が上がるのか不思議ですが……」
「え? どう言うこと?」
「どう、と言われましても……。
何せあの方々は、ダ――
……ったった」
「は?」
ターニアちゃん、途中まで何かを言い掛けて、強引に抑え込んだぞ……?
「……すいません。
その辺りのことは、二人のお母様から言わないように申し付かっておりまして」
「え? ……いや、え?
ど、どう言うこと?」
つまりは秘密……?
学院長先生やセミラミス様からも、特別な扱いを受けているのは知っているけど……。
「もし知りたければ、ご本人たちに聞いてください。
私の口からは、とてもとても……」
「めちゃくちゃ気になる言い方だね……。
と言うことは、もしかしてお母さん自身のことも秘密?」
「聞きたければ、会ったときに……と言うことでした。
私もあの方との約束がありますので、ミーシャさん? には断じてお話することが出来ません」
……知ってはいたけど、ターニアちゃんの中では私よりも二人のお母さんの方が優先されるのだ。
少し寂しくはあるけど、こればかりは仕方が無いか……。
「うーん……、ちょっとくらいはお話を聞けると思ったんだけどなぁ。
とっても凄い人なんでしょ? 二人のお母さんって」
「それはもちろん!
私だって話せるものなら、1週間やそこらは余裕ですから!!」
「そこまで!?」
「はいっ!!」
……ターニアちゃんの目は本気だった。
でも実際、本当に話が尽きないんだろうなぁ……。
「私も本当に、聞いてみたいところなんだけどね……。
……さて、ところで契約書は持ってきたのかな?」
「もちろん、用意してきました!」
そう言うと、ターニアちゃんは宙から紙を二枚取り出した。
ちょっと古い感じの、羊皮紙……みたいな紙。
「それじゃ、読ませてもらうね。
書いてあることは二枚とも同じなんだよね?」
「はい、それを含めて確認をお願いします!」
「了解ーっ」
……それにしても、妖精との契約書……か。
これって普通に、商取引の契約書っぽいんだけど……。
でも言ってみれば妖精を雇用するわけだから、そこは当然なのかな……?
うぅーん、もうちょっと心がときめく感じのものだと思ってたんだけどなぁ……。




