Ex64.報告①
セミラミス様とは、もっとたくさんお話をしたかったけど――
……残念ながら、私の体力の方が先に尽きてしまいそうだった。
そこをあっさりと見抜かれて、セミラミス様とのお話はおしまいに。
今度また、機会があったら是非……とは言ってくれたけど、そんな機会、また来るのかなぁ……。
私は深夜の内に、聖堂の警備兵に護ってもらいながら、自分の家に帰ることになった。
そして帰って来た途端、疲れがどっと押し寄せて……そのままあっさりと眠りこけてしまったのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……気が付けば、外はもう明るかった。
慌てて時計を見ると、時間は9時過ぎになっていた。
「あふ……。
眠っちゃったけど、でも間に合う時間……!」
何とかベッドに潜り込んで眠れたのは良かった。
風邪でも引いていたら、今日の予定が台無しになっちゃうし。
今日は何と言っても、イーディスが一旦治ったことを、フランとルーファスに伝えなければいけないのだ。
特にルーファスなんて、明日からまた忙しいみたいだからね。
伝えるだけならルーファスの家の使用人に伝言を頼めば良いんだけど……。
でも今まで色々と助けてくれたんだから、ここは直接お礼を言わなければいけないだろう。
「……っと、その前に……」
私は枕元に置いていた封筒に目を移した。
セミラミス様から最後に渡してもらった、イーディスからの手紙だ。
薬が効いてきたあと、少しの時間をどうにか確保して書いてくれたらしい。
私は丁寧に封筒を開いてから、中の便箋を1枚取り出した。
『ミーシャへ
お久し振り。
お礼はまた、会ったときに言わせてね。
あと、自分で来なかったことは褒めてあげる!
イーディスより』
……質素な便箋に書かれていたのは、ただそれだけ。
何とも素っ気ない内容ではあるが、それでも伝わってしまうのが幼馴染と言うものか。
この手紙では、私の頑張りの終着点にはなり得ない。
ここで下手にお礼を言われようものなら、どこか満足してしまったかもしれない。
……私はまだまだ頑張らないと。
イーディスにも、まだまだ頑張ってもらわないと。
だから素っ気なくても、これで良い。
今の私にとっては、これが一番の手紙なのかもしれない。
「……でもフランとルーファスには、たくさん褒めてもらおう……」
あの二人から褒めてもらう分には、私の心は満足してしまう程には満たされない。
気持ち良い程度で、程よく満たしてもらうことにしようかな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
身だしなみを整えてから、私はフランの部屋に行くことにした。
今からであれば、昼食の時間になってしまうけど……。
でもフランは一人暮らしをしているし、今日に限っては問題にはならないだろう。
ついでに途中、デザートでも買って手土産にするとしよう。
「ミーシャ、いらっしゃい!
待ってたよーっ!!」
「お昼時にごめんね!
でも、嬉しい報告があるから許して!」
私がそう言うと、フランの表情はぱーっと明るくなった。
ここで出す『嬉しい報告』とは周知の通りだから、この時点でもう十分に伝わっているだろう。
「そっか……!
ちょうどご飯食べてたんだけど、一緒に食べてく?」
「え? 何かあるの?」
「う、うーん?
いや、簡単なものしか無いけどね……!」
デザートは買ったものの、そう言えば私は朝食すら食べていなかったっけ。
それじゃここは、素直に招かれることにしよう。
……ちなみにフランの昼食は、本当に簡単なものだった。
でもまぁ、一人暮らしならこんなものだろう。
「新年になってから、家族と過ごしてたの?」
「うん。そっちの方でたくさん食べちゃってさー。
だから自分の部屋では、軽めな感じで?」
「なるほど……!」
……とは言いながらも、フランは最近ずっと元気が無かったわけだから……。
家に帰っていても、あんまり食べていなかったんじゃないかなぁ……。
「それよりも、本題!
イーディスの病気、良くなったんだよね!?」
「うん! 私の薬が効いたんだよ!
ふふふ、どやーっ!!」
「おー、さすがはミーシャ様ですぅ~!!」
……ひとまずは、そんなお茶らけた感じで報告。
喜ぶときは、バカみたいに喜ぶ。
これが私たちの流儀なのだ。
「……でも副作用があって、そっちの方で体調を悪くしたみたい。
すぐに治ったそうなんだけど……」
「あらら、大変だったんだね?
そう言うのって、薬の品質を上げていけば減っていくんでしょ?」
「うん、そのはず。
でも今回は貴重な薬だったから、まずは完成させるのが優先だったんだよ……。
まぁ改善点なんて、今のところ全然分からないけど!」
「あはは……。でも、完成させるだけでも凄いと思うよ。
その薬を買うとしたら、私たちの村じゃ誰も買えないような値段がしそうだし」
「そもそも素材が高かったからね……。
ああ、そうだ。このあと、ルーファスにもお礼を言っておかないと!」
「……そだね。
ミーシャが頑張ってくれたんだから……、私の方も折り合いを付けないとなぁ……」
「え? 折り合いって……?」
思わぬ言葉に、私は嫌な気配を感じた。
このタイミングで出てくるってことは――
「……ルーファス、ずっと頑張ってくれたのに……私はそれを否定しちゃったんだよ。
だからもう、会わす顔が無くてさ……」
途端に静かに、囁くような小さい声になるフラン。
それと同時に、沈痛な表情も表に出てきてしまう。
「だ、大丈夫だよ!
ルーファスはそんなの気にしてないし……。
それに向こうだって、フランと仲直りしたいって言ってるし……!」
「……ありがと。
でもそれだって、どこまでが本音か分からないじゃない?
一度でも心に変な壁が出来ると、それを壊すのは大変なことだしさ……」
「いやいや……。
でも、ただの勘違いだったわけだし……?」
一転して、私たちの雰囲気は悪いものになってしまった。
さっきまでのバカ騒ぎはどこへやら――
「……ところで!
そろそろミーシャが持ってきてくれた手土産、食べちゃわない?」
沈黙の後、明るい声で続けたのはフランだった。
気が付けば、フランが用意してくれていた昼食は平らげてしまっていた。
悪い雰囲気を変えるには、何かのきっかけが無くては難しい。
……ありがとう、私の持ってきたデザート……!
「そ、そうだね!
お皿とフォーク、あるかな!?」
「うん、準備してくる!」
努めて明るく振る舞うフランは、そのまますぐ側のキッチンに向かっていった。
私は少し安心して、静かに溜息をつく。
そしてそのまま、持ってきたデザートの紙箱を眺めてみる。
……そこに書かれていた文字は、『カフェ・ルーシー』。
はぁ……。
こんな微妙なところまで助けて頂いて、ルーシー様にはもう頭が上がらないよ……。
私はいつでも、昔の人に助けられてしまっているなぁ……。




