Ex63.結果
日が明けて、今日はセミラミス様が戻って来てくれる日。
でも、時間は夜遅くになってしまうのかな?
「……はぁ」
結果が心配なのは、昨日から引き続きのことだ。
早く、この気持ち悪い時間が終わってくれないものか……。
ただひたすら、そんなことを考えてしまう。
今日は新年になってからまだ3日目だから……公的な場所は、今日までが大体お休み。
本当にタイミング悪く、時間を潰せない時期に当たっちゃったなぁ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
授業の予習をしてみるも、やはりどうにも手に付かない。
工房やお店の掃除も終わってしまっているから、それで時間を潰すことも出来ないし――
……と、そこまで考えて、ふと『お店』と言うところに注意がいった。
そう言えば私だって、お店を開いても構わないんだよね。
錬金術学院には、生徒がお店を開けないだなんて制限があるわけでも無いし……。
錬金術で収入を得られるのであれば、むしろ早目にやれ……みたいな空気もあるし?
ただ、この場所でお店を開くのは躊躇してしまうと言うか……。
何せ、ここはどう考えても一等地すぎるわけで……。
だから、学生である自分にはまだ早い……。
……とは思ったものの、『お店を開く』なんて発想に至ったのは、『神竜の雫』の製作経験が自信になっているからかもしれない。
何せ高級素材の『竜の血』を扱った。
何せ希少素材の『闇色の草』を扱った。
……こんな経験をしているのは、錬金術学院でもそうそういないはずだ。
こと同学年においては、間違い無くいないレベルだろう。
さらに最近では、伝説の錬金術師のアイナ様や、竜王であるセミラミス様……。
そんな立派な人たちと、交流が出来ているし――
……いや、そこは違うか。
凄い人と交流があったからって、自分が凄くなったわけでは無い。
勘違いをするな、ミーシャ。
……でも、良い経験になっていることは、確か……なんだよね。
考えが少しおかしな方向に行ってしまったものの、しかし『お店』への興味は湧いたままだ。
もし許されるのであれば、何らかの形でお店をやってみたい……。
お店をやる以上、そこには責任が付き纏う。
責任がある以上、今まで以上にしっかりと錬金術に対して臨まなければいけない。
その分、経験になる。
その分、立派な錬金術師を目指せるかもしれない。
「……くぅ、良いなぁ……」
今まで私は、イーディスの薬をひたすらに目指してきた。
しかし『神竜の雫』のおかげで、次までの猶予期間がもらえるのであれば――
……私の成長のために、お店をやるのも良いだろう。
それは巡り巡って、イーディスを完治させる薬への……近道になるのかもしれないのだから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――空想は膨らみ、お店のレイアウトを考えてみていると、それなりに時間が早く過ぎてしまった。
考えている合間には、やはり気が散って、やきもきすることは何回もあったけど……。
外が暗くなり始めた頃、私はいてもたってもいられず、セレスティア教の聖堂を訪ねてみることにした。
時間が時間だけに、中には入れない。
だから警備の人に話をして、入口で待たせてもらうことにしたのだ。
……一応確認したところでは、セミラミス様が戻るときは、いつもここを通るらしい。
セミラミス様は聖堂に暮らしているわけだから、ここで待っていれば必ず会えるはず……。
寒い中、警備の人に心配される中、セミラミス様が戻って来たのは日が変わる頃――
……0時に差し掛かる頃だった。
「――セミラミス様!!」
「あ、ミーシャさん!
こちらにいらっしゃいましたか!」
「……え?」
セミラミス様の、思いも寄らない一言。
はて? それって一体……?
「結果が気になっていると思って、今までミーシャさんの工房に寄っていたんですよ」
「えぇ……。
も、もしかして、ここで待っていない方が、早く結果を聞けた……?」
「ざ、残念ながら……、はい……」
……くぅ、何てことだ。
しかし悔しい気持ちと共に、セミラミス様の気遣いが伝わってくる。
だから、問題無し!
「そ、それで……?
イーディスは……? 『神竜の雫』は、効きましたか!?」
「はい!
効くのに時間が掛かってしまったので、帰るのが遅くなってしまいました。
でも、ばっちりでしたよ!」
「ばっちり……。
……えぇっと、症状が治まった……、ってことで、良いです……か?」
「その認識で大丈夫です!」
「本当ですか?
や、やった……っ!! やりましたーっ!!」
私は思わず、セミラミス様の両手を取って、そしてその後、思いっきり抱き締めてしまった。
竜王様に何たる無礼……とは、このときは思い様も無かったと言うか。
……そもそもイーディスの容態は随分悪くなっていたから、生きていてくれただけでも嬉しかった。
さらにその上、私の薬で症状が治まったのだと言う。
私の胸には、底知れない充足感が満ちていた。
「この冬は、もう大丈夫かと思います。
ただ、その後は……アイナ様の見立てでも2、3年と言うことでしたので、次の手を考えなければいけませんね」
「そうですね!
でも……、本当に良かったです……!!」
「はい! ミーシャさん、本当にお疲れ様でした!
……ところでここは寒いので、聖堂の中に入ってお話をしませんか?」
「もう遅い時間ですけど、大丈夫ですか?
でしたらたくさん、お話を聞かせてください!」
「はい!」
私はセミラミス様に連れられて、聖堂の中でお話をすることになった。
ここまで来れば、あとは良い話しか無いだろう。
私の心、久し振りに緊張から解き放たれた気がする……!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
いつもの部屋に通してもらい、私は温かいお茶を入れてもらった。
いつになく美味しく感じられるのは、今まで寒い場所にいたのと、心が晴れ晴れとしているせいだろう。
「――……最終的には良い結果だったのですが、実は途中が結構大変でして」
「え゛」
セミラミス様の最初の一言で、私の晴れ晴れとしていた心には、一瞬で暗雲が立ち込めてしまった。
「イーディスさん、私がお会いしたときはかなり体調が悪そうだったんです。
急いで薬を飲ませたら、そのまま倒れてしまって」
「え、えぇっ!?」
……思わぬ展開。
飲んで倒れるのであれば、それは薬ではなく、むしろ毒なわけで……。
「前にもお伝えしましたが、『神竜の雫』は元々はお酒なんです。
だから変に酔ってしまって、そこからが大変で」
「あぁ……。イーディス、お酒は飲んだことが無いですからね……」
「それに加えて、お酒としての品質が恐らく……」
……セミラミス様の、少し言い難そうな台詞。
私の作った『神竜の雫』は鑑定をしていないから、品質がどれくらいかって知らないままなんだけど……。
……あ、いや。
もう1つ残っているから、そっちで調べてみれば良いのか……。
「うーん、改善の余地はあり……でしたか。
私もお酒を作るの、初めてでしたし……」
「聞くところによれば、『神竜の秘宝』には負けますが、『神竜の雫』もかなり美味しいはずなんです。
次は美味しく出来ると良いですね!」
「はい……。またいつか作るのかな……。
……ところでセミラミス様、『神竜の秘宝』のレシピはご存知ですか?」
「……もしかして、それも作るおつもりですか?」
「美味しく作れるなら、結構な収入になるかなぁって……。
今回の件で、貯金がほとんど出ていってしまったので……」
『神竜の秘宝』が作れるようになれば、お店を開いたときの売りになるかもしれない。
私が借りている一等地であっても、それなら面目も保てるのではないだろうか。
「お教えするのは構いませんが……。
品質によって味が随分変わるので、かなり大変だと思いますよ?」
「そ、そうなんですか……。
……って、すいません! 話をイーディスの方に戻しましょう!」
「うふふ、そうですね♪」
……私も気が緩んでしまったのか。
まずはイーディスのことを、根掘り葉掘り聞き出さないと……!
今はお酒の話なんて、している場合じゃないぞ……!!




