Ex62.念
「――それじゃ、またね」
「うん。明後日、フランの部屋に行くからね」
「よろしくー」
来たときよりも明るい感じで、フランは帰っていった。
イーディスに薬を飲んでもらった結果を伝えるため、私たちは明後日にまた会うことにしていた。
……良い結果が聞けて、笑い合えれば良いんだけど……。
それにしても折角の年末年始なのに、まだ何も出来ていないなぁ……。
『神竜の雫』と言う目標は達成したから、何か記憶に残ることでもやっておきたいところ……。
特に誰とも遊ぶ約束なんてしていないし――
……他力本願ではあるけど、誰か遊びに来てくれないかな。
よし。
ここはとりあえず、扉に向かって念でも送っておくことにしよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……しばらく念を送り続けてから、私は重大なことに気付いてしまった。
そもそもこの工房のこと、友達には教えていないや……。
フランとルーファスは知っている。
あとはリリーちゃんとミラちゃんくらいか。
フランはもう来てくれたから、残るは他の3人なんだけど……何となく望み薄のような気がする。
はぁ……。
折角の年始、寂しい限りだなぁ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そんな虚しい一日も終わり、新しい朝がやって来た。
今日はセミラミス様が戻って来る予定だけど、時間は夜になってしまうはず。
……イーディスはもう、薬を飲んでくれたかな?
結果はもう、きっと出てしまっているだろう。
その結果が、私のところにはまだ伝わっていないだけ……。
……あー、やきもきするぅ!
ひとまず私は、庭と工房の掃除をすることにした。
ついでに近所の工房にも顔を出して、新年の挨拶も欠かさない。
……とは言え、長居をするわけにもいかず。
今から街に出たところで、特にお店も開いていないだろうし……。
錬金術師ギルドも、図書館も、ほとんどの場所は開いていないだろうし……。
「……あ。読む本はあったか……」
唐突に思い出したのは、アイナ様が趣味で書いたと言う本。
何となく謎のもったいなさがあって、まだ読んでいなかったんだよね……。
でも、『神竜の雫』を作ると言う1つのステップを乗り越えたわけだから――
……もしかして今こそ、その本を読むときなんじゃないかな……!?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……その本には基本的なことも書いてあったし、応用的なことも書いてあった。
後半はどんどん分からない話に突入していった。
難易度が加速度的に上がっていく……って感じかな。
一から十までを教える本では無い。
一か二を伝えて、十を目指させる本……。
しかしこの本を一冊理解すれば、それこそA+ランクくらいの実力が付くそうだ。
A+ランクと言えば、『賢者の石』を借りられるレベル……。
「……今後の指針になりそうな本だなぁ……。
でもこれ、一体誰のために書いたんだろ……」
アイナ様の言葉を信じるのであれば、『趣味のため』に書いたに他ならないんだけど……。
でもここまでしっかり書くには、どんな人を対象にするかを決めなければいけない気がする。
……私が手にしたのも何かの縁か。
それなら私は、この本をずっと大切にしていかないといけない。
そして私が年老いて、誰かに次を託すとき、この本を受け継がせて――
「……なんて、まだまだ先のことだけどね。
まずは私が一人前にならないと……」
ポーションを作って生計を立てるくらいなら、何となく視野には入り掛けている。
でも私、そもそもどんな錬金術師になりたいんだろう。
私が錬金術師を志したのは、イーディスの病気を治すため。
しかし病気を治したあとのことは、具体的にはまだ決めていない。
お店を出したり、イーディスに錬金術を教えたり……。
あとはルーファスの家の、お抱え錬金術師になったり?
その辺りは一通りやる気でいるけど、それ以外でも、私には無限の可能性が広がっているはずだ。
これからは勉強をしながらも、そう言ったことを考えていかないと……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……夕方頃、待望の来客があった。
「よっ、ミーシャ!
あけましておめでとう!」
「わー、ルーファスじゃん。
あけおめー」
ルーファスは自分の家のように、遠慮なくお店のスペースの椅子に座った。
何かを言うのも今さらなので、私はお茶とお菓子を用意することに。
「はぁ~……、これこれ。
この変哲も無いお茶が、また良いんだよなぁ……」
「……ナニソレ、褒めてるの?」
「そりゃ、もちろん。
ずっと貴族連中と話してたから、疲れちゃってさ」
「貴族って言っても、ルーファスだって貴族じゃん。
同じ階級の人と話すだけでしょ?」
「いやいや、さすがに疲れるんだぞ?
それに――
……あ、いや。何でも無い」
「え? そこまで言って止めるの?」
「うん」
「いやいや!?
えー、教えてよーっ!?」
「いや……、少し話し難いことなんだけどさ。
実はそれなりの数の令嬢たちから、アプローチを受けてて……」
「あ、聞かなきゃ良かった」
「だろ?」
その辺りはフランの件もあるから、やっぱり反応がし難いわけで……。
……って、あれ? 結局、ルーファスってどうしたいんだっけ……?
「ちなみに、気に入った女性はいたの?」
「いや、特には……」
「まぁ、ルーファスにはアイナ様がいるからね。
あの方と比べたら、貴族の令嬢とは言っても有象無象だし?」
「そうそう、そうなんだよ――
……って、あれ? ミーシャも何だか、会って来たような口ぶり……?」
「うん。
……って、ルーファスにもいろいろと話しておかないと!」
私はルーファスの前に座って、今までのことを話すことにした。
まずは私の冒険譚。
『竜の血』をもらってから、『闇色の草』を探しに行ったところまで。
「……おいおい、無茶なことをするなぁ……。
『魔女の迷宮』は錬金術師にとって、半端なく難しいダンジョンなんだぞ……?」
「そ、そこまでは知らなかったし……。
って言うか、そもそも錬金術師以外だとどんな感じなの?」
「うん? 1階はスキップされて、2階から始まるんだ」
「……え?
私のときは……1階とかじゃなくて、何か凄い『層』に飛ばされたんだけど……」
「ああ、あそこは階としては1階なんだよ。
その中で、色々な可能性が並行して存在しているって言う……。
理屈は分からないけど、全部1階らしいぞ?」
「……?
よく分からない……」
「俺も未だに分からない……」
「ま、まぁいいや……。
アイナ様にも会ったし、ガル太郎にも会ったし……。
ああ、そうそう。あとはルーエン様にも会ったよ!」
「おー、久し振りだったんじゃないか?
もうすぐその役目も俺と交代するわけだけど、親父と会うたびに、頑張れ頑張れうるさいんだよな……」
「親心……、かねぇ。
それでそのあとさ、無事に薬が完成したの。
今頃、イーディスは飲んでくれていると思うんだけど……」
「えっ!?
何だか急展開だな!?」
「うん。セミラミス様に届けてもらってるんだ。
明日結果が分かるはずだから、ずっと緊張してて……」
「そうだよな、みんなの悲願だったからな……。
結果が分かったらさ、俺にも教えてくれないか?」
「もちろん!
ちなみにルーファス、明日は時間あるの?」
「ああ、明日まで休みなんだ。
明後日からはまた忙しくなるけどな」
「そっか、分かった。
結果がどうあれ、伝えに行くね」
「よろしくな!」
――……と言うわけで。
明日は結果を聞いたら、フランとルーファスに伝えなければいけない。
きっと忙しくなるだろうから、今日はさっさと休むことにしようかな……。




