Ex60.新年
ついに『神竜の雫』を作ることが出来た。
あとは早く、イーディスの元に送り届けるだけ……!
……しかし。
深夜になって日が変わった今日は、何の因果か新年最初の日。
この日ばかりは冒険者ギルドも閉じているし、配達の依頼を出すことも出来ない。
そもそも『神竜の雫』はかなりの貴重品だから、見知らぬ冒険者に任せても良いものか……。
一応、紛失や盗難があったときの保険は掛けられるみたいだけど……。
イーディスの命は、お金なんかじゃ買えないわけで……。
……そうとなれば、信頼できる筋に頼みたくなるのが人情と言うもの。
でも私には、そう言う知り合いなんていないし……。
「はぁ……。
困ったときは……神頼み、かな……」
ひとまず私は、セレスティア教の聖堂に行くことにした。
もし会えるのであれば、セミラミス様に相談できれば最高なんだけど……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ミーシャさん!
あけましておめでとうございます!」
「……あ!
セミラミス様、あけましておめでとうございます!」
聖堂の外で、私は挨拶に忙しいセミラミス様に声を掛けられた。
探すまでも無く、よく目立つ場所にいてくれた。
……しかし、その周りには大勢の人だかりが……。
私の挨拶を確認したあと、セミラミス様は次々とやって来る信者たちに挨拶を続けていた。
いちいち名前を呼んでいるから、きっと全員の名前を覚えているのだろう。
……私には無理だな、そんな芸当……。
人がどんどん聖堂に流れていく中、私はセミラミス様に声を掛けるタイミングを見計らっていた。
基本的にお会い出来るのは、聖堂で何かが始まる前のタイミングなのだ。
今までの経験からすると、帰り際に探しても見つからないはず……。
私がしばらく悩んでいると、セミラミス様が再び声を掛けてきてくれた。
……さすが、出来る竜王様。
一生付いていきます……!!
「ミーシャさん? どなたかと待ち合わせですか?」
「い、いえ……。
実は先日教えて頂いた、『神竜の雫』が完成したんです。
それでちょっと、ご相談がありまして……」
「わぁ! ついに完成したんですね、おめでとうございます!
それでは新年の挨拶が終わったら、そのまま残っていてください。
私の方からお声を掛けさせて頂きますので!」
「ほ、本当ですか?
やった、助かります……!」
「いえいえ! それではまた後ほど……!」
そう言うと、セミラミス様は再び信者たちへの挨拶に戻っていった。
ひとまず約束は取り付けられたから、私は厳かな気持ちで新年の挨拶を聞いておくことにしよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
新年の挨拶のあとは、約束通りセミラミス様とお話が出来ることに。
以前も通された部屋で、ゆっくりと時間を取って頂くことになった。
「それにしても、案外作るのが早かったですね」
「え? そ、そうですか……?」
「はい。色々とお教えはしたものの、まさかこんなにも早く素材を集めてしまうとは思わなくて……。
実は先日、アイナ様からお叱りを受けてしまったんですよ」
「え……?
あ、もしかして私が『魔女の迷宮』に行ったから……?」
「本当であれば、『闇色の草』も何とか私の方で調整しようと思っていたんです。
年が明けてから本格的に動こうと思っていたのですが……」
「ぅ……。そ、そうだったんですか……」
それなら先に言ってよー……とは思うものの、私の行動自体が予想外だったのだろう。
実際のところ、ルーファスからもらった『竜の血』だって、セミラミス様が調整を入れてくれたようだし……。
「まぁ、結果良ければとりあえずは良し……と言うことで。
全て良し、とはなりませんが、ひとまず前に進むことにしましょう」
「は、はい……。
もう『魔女の迷宮』には行きません……」
「あ、いえ。
ミーシャさんは、卒業してからなら大丈夫ですよ」
「いやぁ……。戦う力が無いと、あそこはちょっと……」
「確かに……。
まったく、あんな迷宮を創った人の顔が見てみたいものですね」
「……え? 迷宮って、誰かが創ったものなんですか?」
「もしかしたら神様かもしれませんし……。
もしかしたら錬金術師かもしれませんよ?」
「あはは……。
さすがに錬金術でだなんて、悪い冗談ですよ……」
「うふふ♪
……さて本題に入りましょう。ミーシャさんのご相談をお聞かせください」
「は、はい。
『神竜の雫』を作ったのは良いんですけど、どうやって私の村まで届けるかを悩んでいまして……」
「……確かに、すぐにでも届けたいですよね。
冒険者の方はしばらく新年気分でしょうし……。
誰でも彼でも、と言うには『神竜の雫』は貴重品ですし……」
「自分で行くにしても、乗り合い馬車を乗り継いで行くから、時間が掛かってしまいます。
やっぱり依頼料を積んで、良い冒険者さんにお願いするしかないでしょうか……?」
「うーん……。
セレスティア教が信頼している冒険者も多くいますが、やはり高額ですからね……。
教団の方からミーシャさんに、高額な支援は出来ませんし……」
……ある程度の支援は許されるのだろう。
ただ、良い冒険者を動かすにはそれなりの金額が必要になってしまうのだ。
「あ、それなら……。
『神竜の雫』は2つ出来たので、1つを買い取ってもらえませんか?」
「……ふむ。それは魅力的な提案ですが……」
ここに来ての、まさかの金策。
しかしセミラミス様は簡単に同意せず、他の何かを考えているようだった。
「あ、あの……。
セミラミス様? 何か、問題がありますか……?」
……そんな私の質問には、予想外の答えが返ってきた。
「いえ。折角なので、私が届けに行っても良いかな……と思いまして」
「は?」
「ミーシャさんは私の大切な信徒ですし、それに今回の件は相当な覚悟で臨まれました。
教団としては金銭的な支援は出来ませんが、実際の労働なら少しは変わりますので」
「え……?
でもセミラミス様、年始はお忙しいのでは……?」
「調整すれば、きっと少しくらいは大丈夫ですよ。
それに私も、イーディスさんと言う方には興味があるんです♪」
「はゎ……。
わ、私としては願ったり叶ったりですけど……」
その後、セミラミス様に私の村の場所を伝えたところ――
……何でも、片道で1日も掛からない……のだとか。
『龍脈』とやらが通っているところなら一瞬で行けるそうなんだけど、残念ながら村の側には通っていないらしく……。
「明日の早朝に出て、村で一晩お世話になろうかと思います。
よろしければミーシャさんの紹介状を頂けますか?」
「え、えぇ!? 私なんかの紹介状で良いんですか!?」
「セレスティア教の紹介状で急に行ったとしても、きっと驚いてしまうでしょう?
それなら、ミーシャさんの紹介状の方が良いかと思うんです。
今までの経緯も伝えなければいけませんしね」
「た、確かに……。
泊まるのは……えっと、村長さんの家が一番大きいので、村長さんの家で良いですか?」
「個人的には、ミーシャさんの家の方が良いのですが……」
「は、恥ずかしいからダメですっ!」
「そ、そうですか……?
それでは村長さんのところでお願いします」
「はい!
それじゃ、一回家に戻ってから――」
「紙とペンならご用意しますよ?」
「な、何から何までありがとうございます……!!」
……とんとん拍子に、どんどん事が運んでいく。
折角なら最後まで――
……『神竜の雫』がイーディスに効くところまで、そこまでは上手くいってもらいたい。
アイナ様のお墨付きもあるから、きっと大丈夫とは思うんだけど……。




