Ex59.完成
「――……むにゃ……?」
ふと目を覚ますと、そこは私の工房だった。
『魔女の迷宮』から帰ってきて、そのまま『神竜の雫』の作成の続きに戻って……。
今は最終工程を終えて、自然冷却をしているところだった。
待つだけなので特にすることも無く、ついつい眠ってしまっていたようだ。
……それにしても、何だか懐かしい夢を見ていたような気がする……。
テーブルの上のフラスコに手をかざしてみると、まだまだ熱は取れていないようだった。
ここはいっそ氷で冷やしたくもあるけど――
……しかしそんなことをしてしまえば、今までの苦労が無駄になってしまうかもしれない。
私は作り方の理論を理解していないから、下手にアレンジを加えれば、きっと失敗してしまうだろう。
だからここは慎重に、多少時間が掛かっても、手順通りに正確に……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――トントントンッ
裏庭に繋がる扉から、ノックの音が聞こえてきた。
時間は夜。
こんな時間、こんな場所に来るのは妖精のポッポル君しかいないだろう。
私が扉を開けてみると、案の定、ポッポル君が元気な笑顔を見せていた。
「こんばんわ~。訪問販売のポッポルでーす」
「いらっしゃーい!
ちょうど暇してたの。入って、入って!」
「はい、ありがとうございます!
……あれ、何かの調合中でしたか?」
「ちょっと、薬をね」
ポッポル君は商品の準備をしながら、遠目でフラスコを眺めていた。
余所見はしているけど、手は止めていない辺りは流石である。
「あれって、ポーション……では無いですよね。
この香りは……お酒、ですか?」
「うん。薬として作ってるんだけど、元々はお酒らしいの。
『神竜の雫』って名前なんだけど……」
「へー……。
僕の知らない薬を作るなんて、おねーさんって実力派だったんですね!」
「あはは、そう言われるとちょっとくすぐったいや。
さて、それで今日は何を持って来てくれたのかな?」
「すいません、いつも通りの品揃えです。
今日は行商がメインじゃなくて、年末のご挨拶が目的だったんですよー」
「あ……、そっか。もうそんな時期だよね。
えーっと、今日って何日だっけ……」
カレンダーを見てみると、そう言えば今日は今年の最終日だった。
……明日からは新年になる。
この1週間は錬金術学院もお休みだったから、『神竜の雫』を作るのにも集中が出来ていたんだよね。
「ところでおねーさん。
アイナ様に会って来たんですか?」
「……え?
何でそれ、知ってるの?」
「ターニアちゃんから聞いたんです!
おねーさん、知ってますよね?」
「うん、ターニアちゃんなら何回か会ってるけど……。
でも私って、何だか嫌われてるみたいなんだよねぇ」
「あはは。なかなか大変な性格ですから……。
それにしても、錬金術学院の生徒は『魔女の迷宮』に入るのは禁じられていたのでは……?」
……あれ?
アイナ様が『魔女の迷宮』に住んでいるのは、妖精の間では知られているのかな?
「実は無許可で入ったから、学院長先生に大目玉を食らっちゃったんだよね……。
在学中はもう行かないようにって、反省文を20枚も書かされちゃったよ……」
「うわー。大変でしたね……」
実際は作業の合間に書いたから、そこまで時間的なダメージにはならなかったんだけど……。
でも結果オーライで済んだとは言え、本当に危険な目に遭ったのだ。
反省文20枚で済んだなら、これはもうラッキーなことだよね。
「……さて、今回もいろいろと買いたいけど……。
正直、今作ってる薬にお金を掛け過ぎちゃって、余裕があんまり無いの……」
「あ、そうなんですか?
でもご安心ください。ローンも組めますよ!」
「え、えぇー……。
借金をしてまで、欲しいものは無いかなぁ……」
「それは残念です……。
では恒例の『ガチャボックス』はいかがでしょう。
おねーさんのご意見を取り入れて、バージョン2に進化を遂げましたよ!」
「バージョン2……って」
「値段は据え置きなので、とってもお買い得です!
是非、売り上げに貢献してくださいっ!!」
……あれ? 今日のメインは、年末の挨拶なんじゃなかったっけ……。
この猛プッシュ、年内の売り上げ目標が達成できていないのかな……。
最終的に根負けした私は、『ガチャボックス』を1つだけ買うことにした。
今年の締めくくりには、まぁ面白いのではないだろうか。
「来年は買わないからね……」
「いえいえ、そう言わずに!
今回もアンケートをお願いしたいので、宜しければ今、開けて頂けますか?」
「はいはい。
それじゃ、ぱかっとな!」
私は勢いよく、箱の蓋を開けてみた。
すると、そこには――
……見覚えのあるものがひとつ入っていた。
これは……、『妖精の花びら』……。
「わ、わー!?
銀貨5枚相当ですよ! おめでとうございます!!」
「……ポッポル君?」
「は、はい……」
「前回も『妖精の花びら』……だったよね?」
「そ、そうですね…」
ポッポル君は申し訳の無さそうな顔をしながらも、紙を一枚出してきた。
それは、前回と同じ感じのアンケート用紙。
アンケート用紙を受け取って、私が書いたことは――
……『ガチャは悪い文化』、っと。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……ポッポル君が帰ってから、改めてテーブルの上を確認する。
液体の入ったフラスコからは、もう熱がかなり取れている。
余計な成分が底に沈殿しているから、あとは丁寧に、上澄みを薬瓶に入れていけば完成だ。
ポーションよりも少量で効果があるらしいので、用意した薬瓶はポーション瓶よりもずっと小さい。
それでもここから何本分、取ることが出来るのやら……。
私は震える手を落ち着かせながら、慎重に液体を薬瓶に入れていった。
……1本目は、大丈夫。
何の問題も無い。
……2本目は、何とか大丈夫。
特に不純物も混ざっていない。
……3本目は……、アウト。
薬瓶いっぱいには届かず、半分にも満たなかった。
でもこれはこれで、一応取っておくことにしよう。
量が少なくて効果を発揮しないとしても、さすがに捨てるのはもったいないからね。
「……結果。
出来たのは、2本かぁ……」
1本あれば、とりあえずイーディスに飲ませてあげることが出来る。
アイナ様が2、3年は効くと言っていたから、その間は元気になってくれるはずだ。
……しかしその2、3年後。
もう1本の薬を飲ませるにしても、時間が経ち過ぎてしまっている。
薬の成分的に、長期間はあまり保存が出来ないだろうし……。
――……ま、それはあとで考えることにしよう。
ひとまず待望の薬を作ることが出来たのだ。
そうとなれば、次はイーディスに飲んでもらわないと。
さて、村にはどうやって届ければ良いかな……。




