Ex58.あの日の約束②
――思えばあのときから、イーディスの身体はおかしくなった気がする。
お祭りのあと、しばらく高熱が続いていたんだけど、それはどうにか治って……。
でも次の冬の間、また寝込むようになってしまって……。
イーディスがようやく元気を出してくれたのは、翌年の春になってからだった。
「――はぁ……。
久し振りに、具合が良いかも……」
わたしのお気に入りの場所、のどかな村の丘。
今日はイーディスと一緒に、二人でピクニックに来ている。
お母さんに無理を言って、お弁当なんかも用意してもらっちゃった。
わたしも出来るだけ手伝ったけど、出来ないところも当然あるわけで……。
……はぁ、早く大人になりたいなぁ。
「薬が無くても、元気になって良かったねぇ」
「薬は高いからね……。
でもようやく治ったし、余計な出費が無くて良かったんじゃないかな?」
イーディスはそう言って笑ったが、しかしかなりの時間をベッドの上で過ごしてしまったのだ。
わたしたちはまさに育ち盛りの真っ最中。
……何となく、背が伸びるペースもわたしと違ってきているような……。
「うーん……。
わたし、イーディスの背に追い付いちゃったね」
「え? ……あ、本当だ。
ミーシャ、たくさん育ったね!」
「えへへ。やっと同じくらいの背になれたよ。
実は身長、追い付きたかったんだ」
「そうだったの?」
「同じくらいの方が、仲が良さそうでしょ?」
「うーん……?
ちょっと分からないや……」
「えぇー?」
……あれ?
わたし、何かおかしなことを言ったかな?
あれれ……?
「それにしても、冬の間ずっと来てくれてありがとね。
ミーシャもやりたいこと、色々あったでしょ?」
「んーん、大丈夫だよ。
わたしはイーディスと一緒にいるのが好きだから」
「いやいや、それにしてもね……。
フランなんて、刺繍の練習を始めたんでしょ?」
「うん、お祭りのあとからね。
お母さんに習いながら、頑張ってるみたい」
「へぇ、お祭りのあとからねぇ……。
何かあったのかな」
「ルーファスって、覚えてる?」
「確か騎士の家の、男の子だよね?
結局わたし、ほとんど喋らなかったんだよなぁ」
「また次のお祭りに来るって言ってたよ。
それでね、フランはそれまでに何かプレゼントを作りたい……って」
「ルーファスにプレゼントするの?
おやおや、もしかして一目惚れしちゃったのかな?」
「お世話になったから、ハンカチあげたいみたい。
……それって、好きになったってこと?」
「ふふふ、どうだろうねー。
でも目指すものがあるのは良いことだよ。
私もそろそろ、錬金術の勉強をしないとね」
「トマト食べたい!」
「……まだ言うか」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
イーディスは家の仕事を手伝いながら、空き時間に村長さんから勉強を教えてもらっていた。
この村には錬金術師なんていないから、まずは基本的な勉強をしておこう……という話らしかった。
その辺りから、一緒に遊ぶ時間は減っちゃったかな。
秋になって畑仕事がひと段落した頃には、もう少したくさん話が出来るようになっていった。
いっぱい話をして、イーディスの夢の話もたくさん聞くことが出来た。
錬金術師になったら何を作る、とか……。
何をして、どんな人と接していきたい、とか……。
……でも、次の冬が来たとき。
イーディスの体調は、またおかしくなってしまって……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おばちゃん……。
イーディス、元気にしてる……?」
「ごめんね、今日も調子が悪くてね……。
移すと悪いから、ミーシャちゃんはお帰り?」
「うん……。
頑張ってって、伝えてください!」
「……ありがとね」
イーディスの病気が誰かに移ったことなんて無かったけど……。
……調子の悪いときは、わたしは会うことが出来ないようになっていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
春の時期になると、イーディスはまた元気になってきた。
ただ、それまでが本当につらそうで、村のみんなも心配していたけど、誰も良い案を出せなかった。
街のお医者さんにも相談してみたけど、どんな病気か、何が原因かも全然分からなくて……。
「おばちゃん、イーディスはいる?」
「今日は調子が良いって、外に出掛けたんだけど……。
ミーシャちゃんのところじゃ無かったのかい……?」
「わたし、今までフランのところにいってて……。
……ちょっと探してみるね!」
「ああ、よろしくね。
もうすぐ夕方だから、見つからないなら私も探しにいかないと……」
「うん。とりあえず、いそうな場所に行ってみる!」
わたしはそのまま、イーディスの家から村の丘まで、まっすぐに走っていった。
今日は昨日よりも暖かい。
でも、夕方になればまだ肌寒い。
イーディス……。
病気が少し良くなっても、寒くしてたらまた病気になっちゃうよ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……いつもの丘。
てっぺんの近くにある、大きな岩。
わたしたちがいつも、椅子の代わりにしている場所だ。
イーディスはそこに座って、肩を静かに震えさせていた。
「イーディス、ここにいたんだね」
「……ミーシャ?
探しに、来たの……?」
「うん、おばちゃんも心配してたよ?
……あれ、もしかして、泣いてたの……?」
わたしの言葉に、イーディスは慌てて顔を拭った。
「そ、そんなわけが無いじゃない?
何でわたしが泣かないと――」
……しかしそう言っている端から、イーディスの目からは大きな涙が溢れてくる。
「大丈夫? おばちゃん、呼んでくるね……!」
「ま、待って!」
「わっ!?」
わたしが後ろを向いた瞬間、イーディスは背中からわたしに抱き付いてきた。
勢い余って転びそうになったけど……何とか堪えることが出来た。
「……ミーシャぁ……。
わたし、もう嫌だよ……。
毎年、冬になると苦しくなるの……。
これから、ずっとこうなの……?
……もう、怖いよ……。怖いんだよ……」
イーディスはこの冬も、結局ずっと寝たきりだった。
遊びには行けないし、錬金術師になるための勉強も手を付けられていない。
村のみんなも病気のことを調べてはいるけど、まだ誰も答えを見つけられていない。
「……イーディス」
「お医者さんも、何も分からないって……。
薬だってあるかどうか分からない……。
……あっても、高くて買えないかもしれない……。
冬が怖いよ……。今から、ずっと怖いんだよ……」
……今の季節は春。
次の冬まではずっと遠いけど、イーディスにとってはそうじゃなくて……。
イーディスはそのまま、わたしに体重を預けてきた。
……軽い。
昔はわたしよりも重かったのに、今ではもう……。
「大丈夫だよ……。
きっと、治す方法があるよ……」
「……ううん、無いかもしれないじゃない……。
大人があんなに探してるのに、全然見つからない……。
わたしはもう、ずっとこのままなんだよ……」
大人が何も出来ないのであれば、子供のわたしたちが出来ることなんて限られている。
……しかし子供はいつか、大人になる。
『諦めなければ、きっと夢は叶うはず』
お父さんも、そう言っていた。
「……分かった。
わたしが錬金術師になって、イーディスの薬を作ってあげる!」
「……え?」
イーディスの、驚いたような声が聞こえてきた。
「わたしが薬を作って、イーディスの病気を治して……。
そうしたら、わたしがイーディスに勉強を教えてあげる。
それで、一緒に錬金術師になろ?」
「え……えぇ? ミーシャが?
……ぷっ。……ミーシャが、わたしに勉強を?」
「そ、そうだよ!
何がおかしいのーっ!」
「いや、ごめん、ごめん……。
ミーシャは勉強が苦手だから、まさかそう来るとは……」
「苦手だけど、頑張るの!」
わたしは少し不貞腐れて、むすっとしてしまった。
しかしイーディスは優しい顔で、私の顔を見上げてくる。
「……そっか、ありがと。
いつの間にか、完全に背は超されちゃったね……」
この冬も、わたしは育っていた。
イーディスはあまり育たなかった。
……このままだと、どんどん差が開いていってしまう。
わたしはイーディスと一緒でいたいのに……。
寂しい気持ち。
悲しい気持ち。
不安な気持ち。
頑張る気持ち。
……色々な気持ちがごちゃごちゃになってしまった。
でも、わたしたちを包む夕焼けは、とても赤かった。
気持ちの良い、とっても綺麗な赤。
……わたしたちの未来も、こんな綺麗な色で包まれていたら嬉しいなぁ……。




