Ex57.あの日の約束①
――……のどかな、のどかな、村の丘。
家の手伝いの合間に、わたしはそこでゆっくりするのが好きだった。
一人でのんびりするときもあるけど、仲の良い友達と一緒にのんびりすることも多かった。
わたしにとっては、どちらも楽しい時間だった。
「……ねぇ、ミーシャ。
わたし、錬金術師になるわっ!」
「え? きゅ、急にどうしたの……?」
突然、将来の目標を語り出したのはイーディスだった。
夢を持つのは良いことだ。
それはお父さんやお母さんからも言われていたし、出来る限りの応援はしてくれる……とも伝えられていた。
……うち、貧乏なのにね。
余計なお金なんて無いから、わたしはこの村でずっと家を手伝って、そのうち誰かと結婚をする……とかで、全然大丈夫なんだけど。
「あのね、ミーシャ。
この村は貧乏なの。分かる?」
「う、うん……。
でもみんな、頑張って働いてるよ……?」
「その結果がこれなんだよ!
王様の支援で、肥料とかはたくさんもらってるけど……。
でも、もっともっと、良く出来ると思うの!」
「もっと良く……?
もっと良い、肥料、とか……?」
「まぁ、それも1つかな?
他にもね、この前来た行商人から色々と聞き出してきたの!」
「えぇ……。
知らない人に、肥料のことを聞いたの……?」
「だから、肥料は話の中の1つだってば!
それに肥料って言っても、馬鹿には出来なくてさ。
昔、かなり寒い時期があったらしいんだけど、それを救ったのがその凄い肥料!
で、その肥料は錬金術師が作ったものだった……ってわけ!」
「むむむ?
錬金術師って、薬を作る人のことじゃないの?」
「もちろん薬も作るんだけどさ。
でも、薬以外にももっともっと、たくさんのものを作れるんだって!
だからわたし、錬金術師になりたいの。
それで、色々なものを作りたいの!」
「わぁ、凄いねー。
わたし、たくさんトマトを食べたいなぁ」
「トマトって……。
ミーシャ、それは欲が無さすぎるでしょ……」
「そ、そうかな……。
でも、お腹いっぱいになるよ……?」
「それは確かに魅力的だけど……。
わたしが言いたいのは、そう言うことじゃなくて……」
「うーん……?」
……イーディスは、小さい頃から頭が良かった。
村の子供の中では、誰も敵わないくらいに。
だからとっても……、しっかり者だって感じがしていたんだよね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……ねぇねぇ、お父さん。
錬金術師って、どうやったらなれるの?」
「うん? ミーシャは錬金術師になりたいのかい?」
夕食後、わたしはお父さんに聞いてみることにした。
トマトをたくさん食べたいから、イーディスにはしっかり頑張ってもらわないといけない。
「んーん。
わたしじゃなくて、イーディスがなりたいって言ってたの」
「ほう、イーディスちゃんが……。
錬金術は難しい学問だから、いっぱい勉強しなくちゃなれないかな」
「えぇ……。
それじゃ、わたしは絶対に無理だねぇ」
「おいおい、最初から諦めるのは良くないぞ。
……いや、なりたいのはイーディスちゃんだったか」
「うん、そうなの。
でもイーディスは、頭が良いし、きっとなれるよね?」
「そうだな。諦めなければ、きっと夢は叶うはずさ。
でもな、ミーシャ。私たちのご先祖様だって、頭の良い人はいたんだぞ?
だからミーシャも、頑張れば錬金術師にだってなれるかもしれない」
「えー、わたしはいいよ……。
それより、ご先祖様には頭の良い人がいたの?」
「ああ、歴史書を執筆されてな……。
ちょっと待っていなさい」
「は-い」
お父さんは自分の部屋に行くと、すぐに本を持って戻ってきた。
「ほら、これだよ。
実に立派な本だろう?」
「わぁ、すっごく古いねぇ……。
どんなことが書いてあるの?」
「この国……クリスティア聖国の、建国当時のことが書いてあってだな……。
本が書かれたのは聖国歴150年くらいなんだが、それまで口伝で伝えられていた逸話が多くまとめられていて……」
「ふーん……。
イーディスが、昔は寒い時期があったって言ってたの。
そう言うのも、書いてある?」
「ああ、建国の前後でそんな時期があったそうだ。
そのときは竜王様の加護を失っていた……と、書かれているな」
「竜王様……?
教会で何回も聞いたけど、本当にいるんだねぇ」
「ああ、もちろんさ。
話によれば、聖都ラミリエスに住んでいらっしゃるらしいぞ?」
「えぇー? 竜王様が街に住んでるの……?
竜って、大きいんだよね?」
「竜王様の場合は、外見が人間とそっくりらしいんだ。
私も是非、一度お会いしてみたいものだなぁ」
「わたしも会いたいーっ!
……それで? 昔の寒い時期って、凄い肥料で乗り越えたって聞いたけど……、本当?」
「ああ、この本によると――」
わたしはその後、お父さんから面白おかしく色々な話を聞くことが出来た。
遅い時間になってしまったから、最後はお母さんに怒られちゃったけど……。
……でも、とっても楽しかったなぁ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……夏も終わり、季節は秋。
今年の収穫も無事に終わって、その関係でいつもより多くの人が行き来をしている。
この村が、唯一賑わう時期。
そして今日は、待ちに待ったお祭りの日。
村で唯一と言っても良いイベント。
だから子供たちは、この日をずっと楽しみに待っているんだよね。
わたしは友達と一緒に、中央広場の大きな焚き火を眺めていた。
……火は不思議。
ゆらゆらしているだけなのに、何だか心がいっぱりになってくる。
そんな中、イーディスがふらふらとわたしに近付いてきた。
……あれ?
何だか、顔色が悪い……みたい……?
「イーディス!
ずっといなかったけど、どこに行ってたの?」
「う、うん……。村の外れにね……。
行商で一緒に来ていた男の子に、ちょっと呼び出されてたんだけど……」
「え? ……え?
うわー、告白でもされちゃった!?」
「何で急にそうなるのよ……。
結構待ったんだけど、待ちぼうけを食わされたわ……。
はいはい、だーれも来ませんでした!」
「えー? 振られたの?」
「だから、その段階まで行ってないんだってば!
――……っと?」
「わっ、イーディス!?」
話の途中、イーディスは突然よろけてしまった。
それこそ、突然のことだった。
そしてそのまま、すぐ近くにいた男の子にぶつかって――
「……おっと。大丈夫?」
巻き込まれて一緒に倒れるかと思いきや、その男の子は体勢を器用に変えて、イーディスをしっかりと受け止めた。
そしてそのまま、近くの椅子まで連れていく。
「……ごめんね、ありがとう。
君、村では見ない子だけど……?」
「ああ、俺は爺ちゃんの付き添いで来たんだ。
名前はルーファス。よろしくな!」
「ルーファス君はね、すっごい騎士様の子供なんだよ!
へへへ、凄いでしょ!」
「……凄いけどさ。
でも、何でミーシャが得意気なの……?」
「えー、だって凄いじゃん!」
「答えになって無いよ……」
「……ぷっ。
あはは、君たちは仲が良いんだな。
これも何かの縁だからさ、俺も混ぜてくれよ!」
「えぇ……。
こんな村の仲良し三人組に混ざっても、面白いことなんて何も無いんじゃない?」
「いやいや、面白いに決まってるだろ?
俺がよく会う貴族の子供たちなんて、キザったらしくて仕方が無いぜ?
……って、あれ? 今、仲良し三人組って言ったか?
それなら、もうひとりいるの?」
「うん、あとはフランって子がいるんだけど――
……ほら、あそこ。あっちのテーブルから、こっちを見てる子だよ」
「おー、あいつか。
でも、何でこっちに来ないんだ?」
「ミーシャと違って、フランは人見知りが激しいからね」
「えー? わたしだって人見知りくらいするよー」
「……そうは見えなかったけどな……。
ま、あいつもこっちに来たそうだし――……って、逃げた!?」
「ルーファス君がずっと見てるから……」
「ちぇっ。それじゃ、俺が連れてきてやるよ。
あと、俺たちは仲良し四人組になるんだからな。
『君』付けは止めてくれよ!」
「うん、分かった。
それじゃ……、ルーファス様?」
「そうじゃねぇよ!
でもまぁ、とにかく行ってくるわ!」
そう言うと、ルーファスはフランのいた場所に向かって走っていった。
しかしフランはもう逃げていたから、ルーファスはすぐに辺りを探し始めた。
「……楽しい子だねぇ」
そう呟いてからイーディスを見ると、イーディスの顔色はさらに悪くなっていた。
今はもう、真っ青な感じで……。
「……ゴホッ、ゴホッ……」
「大丈夫? 風邪?」
「ん……、そうかも……。
ずっと寒いところにいたからね……。
……残念だけど、わたしはもう帰ろうかな……」
「そうだね、それが良いよ。
わたしも一緒に帰るね!」
「ううん。今日は年に一度のお祭りだよ?
ミーシャはしっかり、最後まで楽しんできて?」
「えー、でも……」
「人見知りのフランを、ルーファスだけに任せる気?
そんなことしたら、フランが泣いちゃうかもよ?」
「う……。
それもそうだねぇ……」
「そゆこと♪
……それじゃ、また明日ね」
「うん……」
イーディスはそのまま、ふらふらと家の方に向かって歩いていった。
……大丈夫かなぁ。
明日、お見舞いに行ってみようかなぁ……。




