87.調査内容の報告
ジェラードが泊まっているという宿屋に行くと、三人分の部屋が取れるということだったのでそのまま宿泊先に決定。
それぞれ部屋に荷物を置いて、今はのんびり食堂で食事中だ。
「いやー、それにしてもここの食堂はメニューが豊富ですね!」
「ミラエルツは基本的にがっつり系が多かったですしね。
ここはさっぱりもあっさりも多いから、目移りしちゃいます!」
「あ、なるほど。品数自体は変わらなくて、私ががっつりを敬遠してただけですか」
「そうかもしれませんね。言われてみればいろいろと種類はありますけど、同じジャンルの品数は少な目ですし」
エミリアさんはメニューを読み込みながら頷いていた。
「でも私はそういう方が好きですね。気分でいろいろと味を選べるので」
「私は美味しければどんなジャンルでも大丈夫です!」
「あはは、エミリアさんらしいですね」
そんな話をしていると、ルークが割って入ってきた。
「――あ。アイナ様、ジェラードさんが来ましたよ」
「おっと、本当だ。ジェラードさーん!!」
私が声を掛けると、ジェラードが嬉しそうにやってきた。犬かな?
「こんばんわ、アイナちゃん。エミリアちゃんとルーク君もこんばんわ」
「こんばんわー」
「こんばんわ」
「おっと食事中だね。僕も混ぜてもらおうかな」
「どうぞどうぞ。私たちもまだまだいますから、ゆっくり選んでください」
「うん、ありがとう。いやぁ、この街はいろいろな味があって良いよね。ミラエルツは肉料理ばっかりでさ……」
「分かります! がっつり以外が少ないんですよね」
「あー、アイナちゃんも同じ感じだったんだ? ついでに僕、いろいろと弱ってた時期だったし……」
「確かに……」
「ミラエルツは鉱山で力仕事をする方が多かったですからね。
逆にメルタテオスは宗教関連が多いから、食事も多岐に渡るんですよ」
「へぇ?」
「宗教によっては食べられないものがありますから。
だからポップコーンみたいなシンプルなやつも人気があるんですよ」
「ははぁ、なるほど……」
元の世界でも無宗教の人間はあまり意識しないけど、大きな宗教でも食事に制限があったりするからね。
何の肉がダメだとか、いついつ食べちゃダメだとか、食材の調達方法に厳密な手順が必要だったりとか。
「ちなみにルーンセラフィス教は、そこら辺は大丈夫なんですか?」
「はい、食事制限はほぼ無いですね。高司祭以上で、決まった時期に断食をするくらいでしょうか」
「それじゃエミリアさんはランクアップできませんね」
「お腹が減ったときに美味しく食べるのが一番ですよ。私、ルーンセラフィスの教えの中で断食だけがどうにも理解できません」
「エミリアちゃん、それって公言して大丈夫なの?」
「もちろんダメですよ! ジェラードさんも他言無用ですからね」
「おっけーおっけー。それじゃ墓場の中まで持っていくことにするよ」
「はい、お願いします」
「……そんなに秘密にすることなのかな?」
「エミリアさんの中ではそうなんでしょう、きっと……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――さて、頼まれていた件の報告をしても大丈夫?」
食事を済ませ、歓談も一区切り付いたところでジェラードが言った。
「あ、はい。ミスリルの件ですね」
「ミスリル? あ、そうだね。そういえばそうだ」
「そういえばって……」
「いや、ごめん。なんだか育毛剤の件っていう方がしっくりきててさ」
「ですよねー?」
「あ、エミリアちゃんも? そうだよね、インパクトがね!」
むぅ、私は真面目にミスリルを探しているのに、これは何だか不本意ではあるぞ。
「……なるほど、インパクトって大切ですね。ささ、それじゃ報告をお願いします」
「あ、うん……。えーっと、アイナちゃんの事前情報通りかな。
この街を治めているアーチボルド・フォン・アマリストって人がミスリルを二十三キロほど持っているみたい」
「ふむふむ」
「残りの情報も合ってたよ。いや、遠目から見てきたけど、ずいぶんと寂しさを感じる頭だったかな。
あれならもうスキンヘッドにしちゃった方が良い気もしたけど、本人は髪の毛に拘ってるみたいだね」
「まわりの人はみんなそう言うんですよ……」
「うん? ルーク君、何か言ったかい?」
「いえ何も。ささ、続きをお願いします」
「そうかい? えっとそれでね、一通りの宗教や薬は当たってダメだったから、今は裏で懸賞金を懸けていろいろと探してるみたいだよ。
そういえば冒険者ギルドの依頼にもあったんだけど――」
「え? 育毛剤の作成がですか?」
「うん。ただこれはね、アーチボルドさんのルートでは無かったから注意してね。
良い情報があったらそれを自分の手柄にして売り込もうっていう第三者の依頼みたいだったよ」
「うわ、それは危ないですね」
「ははは、そうだね。下手したらそのまま二束三文で終わってしまうかもしれないしね。
そんなわけだからさ、もし良い育毛剤ができたら僕が作ったルートで売り込んでいこうと思うんだ」
「もうそんなルートがあるんですか?」
「うーん、仕込みにもう少し時間が欲しいかなぁ……。あと二、三日は必要かな」
「いやいや、それでも早いですね!?」
「ふふふ、ありがとう。こういうところで頼りになるのを見せておかないとね。
それでアイナちゃん、育毛剤の方はできたの?」
「あ、ちゃんとできましたよ」
私はそう言いながら育毛剤を取り出し、鑑定のウィンドウを見せた。
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【育毛剤<優しい世界>(S+級)】
育毛に若干の期待が持てるようになる薬
※追加効果:髪がフサフサになる。髪の質×2.0
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「……追加効果が、すごいね」
「通常の効果だけだと、多分いまいち効き目は無いんでしょうねぇ……」
「まったくですね。これはアイナ様だからこそ成せる業ですね」
「ふふふ♪ それでジェラードさん、これでいけそうでしょうか」
「実際の効果は見てみないと分からないけど、説明文がコレだし、そもそもアイナちゃん作だしね、問題は無いと思うよ。
……あ、でも――」
「え? 何か問題ありました?」
「いや、そうじゃないんだ。あのさ、期間限定で髪が生えるっていうのは作れないかな?」
「え? 効果を落とすってことですか? やってみないと分かりませんけど、多分できるとは思いますよ」
「それじゃ一日分くらいのも二つ作ってくれないかな」
「大丈夫ですけど、もしかして――」
「ははは、察しが良いね。対抗馬を立てるのが交渉のときは良いのさ。できるだけ高く売りつけるためにね」
ジェラードがミラエルツでダイアモンド原石を競売のように見せかけて、二つとも売っていたことを思い出した。
またあれを再現するつもりだろうか。
「それじゃ今晩、あとでやってみますね。明日の朝に結果をお伝えしますので」
「うん、それでよろしく! ……さてと、僕はそろそろ行こうかな?」
「おっと、もうお休みですか?」
「いやいや、これからコネ作りさ。じゃぁね、お休み~♪」
そう言うとジェラードは宿屋の外へと消えて行った。
「――これからお仕事ですかぁ」
「ミラエルツでもそうでしたけど、どちらかというと女性側からコネを作る方ですからねぇ」
「……そうでしたね。それでは良い子たちはさっさと寝ることにしましょうか」
「そうしましょう。明日はこの街の観光と、本探しでもしますかね」
ジェラードの販売ルートの作成にはもう二、三日掛かるみたいだし、それまではのんびりして過ごそう。
――あれ? もしかしてそこで上手くいったら、メルタテオスとはもうさよならかな? さてさて、どうなることやら……。




