Ex53.昔話
ここから帰れば、学院長先生には怒られてしまう――
……私の気分は、一瞬にして憂鬱なところまで叩き落とされた。
それだけのことをやらかしたのだから、それはもうどうしようも無いんだけど……。
……はぁ。
しかしその気分を踏まえてもなお、アイナ様が作ってくれた朝食はとても美味しいものだった。
例えばこの卵焼きなんて、リリーちゃんにもらったものと同じくらい美味しいわけだし……。
「ごちそうさまでした。
とっても美味しかったです!」
「本当? それは何より♪
お客様に手料理を振る舞うなんて、最近はあまり無かったからね。
はい、お粗末さまでした~」
すでに食べ終えていたアイナ様は、そのまま食器を片付けていく。
それと入れ替わる形で、食後のコーヒーを出してくれた。
「ところで、あの……。
いろいろお世話になってしまったので、私にも何か手伝わせてください!」
「いいから、いいから。
何かしたいって言うなら、しっかりと傷を癒していって欲しいかな」
「……傷、ですか?」
アイナ様の言葉に、私は自分の身体を確認してみた。
……痛くも何とも無い。
特に傷が残っていると言うことも無い。
食事もしっかり頂いたし、何の問題も無いように思えるけど……。
不思議そうに振る舞う私を見て、アイナ様は困ったように微笑んだ。
「今は大丈夫でも、時間が経ってから分かることもあるの。
私の錬金術だって、完璧なものじゃないからね」
「えー……?
世界最高峰のアイナ様が、そんなことを言っちゃうんですか……?」
「そうだね。人間って、難しいものだから」
そう言うと、アイナ様は自分のコーヒーをコクコクと飲み始めた。
……くそぅ。私のお婆ちゃんより年上なのに、いちいち可愛いな……。
「それじゃ私も、いただきまーす。
……苦っ!!?」
「あ、ごめん。ミルクとか、使う?」
「はぅ……。お、お願い出来ますか……?」
「はいはい、ちょっと待っててね」
……うぅ。まさかこんなところで子供っぽさを見せてしまうとは……。
これからはコーヒー、ブラックで飲むようにしようかな……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
コーヒーも飲み終わり、せめて食器くらいは洗おうと思ったものの、それも固辞されてしまった。
キッチンは食卓の近くにあるから、アイナ様が片付けをしている間も、私たちは話をすることが出来た。
「あのー……。
アイナ様って、ここでひとりで暮らしているんですか?」
そう聞いてから、『聞くのはそこかよ』と自分で突っ込んでしまう。
……しかし、そこが質問の起点のような気がしてしまったのだ。
「昔は聖都に暮らしていたんだけどね。
そのあとは使っていた工房を人に任せて、お城の方に引っ越して」
「お城……、ですか?
それなのに、今は迷宮の中に……?」
「お城にいても、やることが無かったんだよね。
あと、偉い人とずっと一緒にいると、結構疲れちゃってさ」
「あはは……。それは分かる気がします……。
でも、ここには使用人もいないんですよね?」
「使用人はいないけど、第三騎士団の人が警備をしてくれているよ。
……って、ごめん。ここのことは、帰ってからも言い振らさないでもらえる?」
「はい、分かりました!
確かに、ルーファスも教えてくれませんでしたし……」
「……ん? あ、そっか
ミーシャさん、ルーファスとも知り合いだったんだっけ」
「え? ルーファスを知っているんですか――
……って、そりゃ知っていますよね。アイナ様の試練を受けたって言ってたし……」
「うん、良く頑張ってくれたよー。
そう言えば試練で使ったポーション、ミーシャさんが作ったやつだよね。
頼もしい仲間に恵まれて、ルーファスの世代も明るくなりそうかなー♪」
「ルーファスはともかく、私なんてまだまだですよ……?」
「錬金術師としては、そうだけどね。
でも、最初から出来る人なんて滅多にいないから。
人それぞれ、慌てないで頑張っていけば良いんじゃないかな」
……そうは言ってくれたものの、私はすでに焦って、今回は本当に死に掛けたのだ。
この時点で、穴があったら入りたいくらい恥ずかしいわけで……。
頭に熱を感じながら、自分を誤魔化すように部屋の中を見てまわす。
すると、壁に掛けられたコルクボードがふと気になってきた。
……どうやら、何枚かの写真が貼ってあるようだ。
「あ、すいません。
あそこの写真、見ても良いですか?」
「写真? 別に良いけど……。
他人様に見せるものでも無いんだけどね」
……私がコルクボードのところに向かうと、アイナ様もトコトコと一緒に来てくれた。
うぅ、やっぱり可愛いよ……。どうしよう……。
……と、それは一旦置いておいて。
最初に目に入ってきたものは、アイナ様を中心にした、三人組の写真だった。
アイナ様は立派な服を着ているけど、他の二人は……そうでも無いのかな。
「……この写真は?」
「これは、私が初めて撮った写真なの。
まだ神器を作る前でね、三人で旅をしていたときに記念で撮った写真なんだ~」
「旅の途中で……。
と言うと、他の方は一緒に旅をしていた仲間……?」
「うん。ルークと、エミリアさん」
「ルークさんとエミリアさん……って言うんですね。
……あれ? 何だか聞き覚えのある名前……」
「その二人も有名になっちゃったからね。
『竜王騎士』と『暴食の聖女』って通り名で有名かな?」
「はぅ……。ってことはこれ、新しく見えますけど、300年前の写真なんですか……?
まさかそんな方々の写真が見られるだなんて――
……って、あれ? こっちの写真は……ウェディングドレス?」
さっきの写真の三人に加え、さらにメイドと思しき五人の女性が写っている写真。
何やらとても、楽しそうな雰囲気が伝わってくる。
「この写真はねぇ……。
何故か、ウェディングドレスを着て撮影会をする羽目になったときのなんだよね……。
今にして思えばバカバカしい思い出だけど、これも楽しかったなぁ……」
「あはは、本当に楽しそう……。
……ところでメイドの方々も、やっぱり名の知れた方なんですか?」
普通のメイドは、特に身分が高いと言うことも無い。
しかし偉い人に付くメイドは、身分が高い女性がなっていても不思議では無いのだ。
「来てもらったときはそうでも無かったんだけど、みんな色々あったかなー。
例えばこの人……クラリスさんはね、クラリス会計学院の設立者だよ」
「あ、結構有名な学院ですよね……」
「で、こっちがマーガレットさん。
マーガレットさんは貴族のお嫁さんになったから、名前はそこまで残っていないかな?」
「でも、それはそれで凄い……!」
「その横がミュリエルさん。
ミル屋って知ってる? そこの初代女将さんだよ」
「んー……、知りませんね……。
何のお店なんですか?」
「珍味を集めた居酒屋さん。
聖都の西側にあるんだけど……知名度はいまいちかー」
「す、すいません。お酒はまだ飲んだことが無くて……」
「あ、そうなんだ。それじゃ、普通のお酒に飽きたら行ってみると面白いかもね。
正直、好き嫌いは分かれると思うけど」
「は、はぁ……」
「それでこっちがルーシーさん。
『甘味の支配者』って通り名で有名な人」
「えぇ……?
まさかルーシー……様も、メイドだったんですか!?」
彼女の名前が付いたお店には、日頃からいちいちお世話になっている。
そして『レシピ・オブ・ルーシー』を書いた張本人でもあるから……私としては、一番縁のある人かもしれない。
「で、こっちがキャスリーンさんね。
ルークのお嫁さんになったから、ルーファスのご先祖様にもなるんだよ」
「おぉ……。何だか運命を感じる……」
「まったくだねぇ……。
私もこの話を聞いたとき、本当にびっくりしたからなー……」
アイナ様の、昔を懐かしむ綺麗な瞳。
それを見られただけでも、私はしあわせ者なのかもしれない。
……と思いつつ、私の中では何かが引っ掛かっていた。
「……アイナ様のメイドで、何だかトラブルメーカーの人がいた……って、聞いたことがあるんですけど……」
どこかで聞いたような……、そんな話。
記憶を探っていっても、どこだかは思い出せないけど……。
恐らくは軽い雑談のどこかで出て来たものなのだろう。
「トラブルメーカー……?
……ああ、あの子のことかな……」
そう言いながら、アイナ様は私の方をちらっと見た。
何だか言い難そうな……そんな感じ。
「ど、どんな方だったんですか……?」
「えーっとねぇ……。
細かい運を犠牲にして、強運を手繰り寄せるタイプで……」
「強運……? それって、どんな……」
「買い物の帰りに、金塊を発見したり……」
「……は?」
「お使いで街の外に出たときに、温泉を掘り当てたり……」
「……え?
何でお使いに行って、温泉を掘り当てるんですか……?」
「うーん……。説明を聞いたんだけど、いまいち分からなかったんだよね……。
それでね、そのメイドさんは……ドローシアさんって言う人だったの」
「ドローシア……?」
……と言うと、今のは聖都の南にあるドローシア温泉の話か。
つまり、そこの跡取り娘だったローナは、アイナ様のメイドの末裔にあたるわけで……。
……私とローナの経緯が耳に入っているのか、アイナ様は何やら察してくれていたようだけど……。
はぁ……。
まさかそんな話が、こんなところまで伝わってきているだなんて……。
……はぁ。




