Ex51.魔女の迷宮②
「グアレギデ……。
アデガドバ、バグ、アルロ……!」
「……え? な、何……!?」
私と目が合った魔物は、何かを口にしていた。
魔法……にしては、何も起こらない。
言っていることは分からないけど、もしかすると魔物の言葉……?
……その魔物は、黒いローブを被っていた。
深々と被っているため、どんな姿をしているのかは分からない。
ただ、頭の部分からは何やら醜悪な雰囲気を感じる。
ローブの裾から見え隠れする手なんて……白骨だ。
「グロロアラ……!
バブルラ、グアラス!!」
「ひっ!?」
黒ローブの魔物が手にしていた杖を掲げると、周囲のスケルトンたちは私の方を一斉に見てきた。
これはさすがに、早く逃げないと――
……しかし気付けば、足がすくんで思うように動かない。
逃げなければ、死ぬ。
死ぬのは、嫌だ。
だから、恐怖に負けている場合じゃ……無い!!
私は上手く動けないながらも、それでも今出来ること――
……森の中へ、出来る限りの速さで逃げることにした。
「……ダーララス・バムド」
ボボッ!!
「うわっ!?」
……それは魔法のようだった。
私の目の前に突然、黒い火柱が立ち上がったのだ。
ただの火にしては、明らかにおかしい。
今までに見たことは無いけど、いわゆる『怨念の力』のような雰囲気がひしひしと伝わってくる。
見ているだけで、気分が滅入ってくるというか――
……しかし今は、そんなことを言っていられない。
私のすぐ目の前は黒い火柱で塞がれてしまった。
だから、他の場所から逃げないと……!
周囲を見まわしてみれば、スケルトンたちは私を包囲しながら、徐々に近付いてきていた。
何もしなければすぐに距離を詰められて、そのまま組みつかれてしまうだろう。
でも、この距離なら逃げ切れる。
……この距離ならまだ、可能性はある。
一瞬、そんな安堵をしてしまった。
しかし次の瞬間、スケルトンの群れの後ろから、再び杖を振る黒ローブの魔物の姿が見えた。
「……スペリア・ガルド」
ボワァアッ!!
……次の魔法。
スケルトンたちの身体に、不気味で青白い炎が一斉に宿った。
ぱっと見、支援魔法……?
攻撃の手段を持たない私に、こんなことまでしてくれるとは……。
……心なしか、スケルトンたちのスピードは上がり、動きも滑らかになったような気がする。
「こんなの、無理、無理だからッ!
誰か、助けてっ!!」
……誰もいないことは、百も承知。
無駄に叫ぶ暇も体力も今は無いはずだ。
しかしそれでも、この絶望の中では叫ばずにはいられなかった。
立ち向かう力なんて無い。
まだ距離だけはあるから、それなら急いで逃げないと――
「……ブレア・ギラナドス」
――もう嫌だ!
魔法の詠唱が終わると、黒ローブの魔物の杖には黒い闇が集まっていった。
スケルトンたちはいつの間にか左右に動き、黒ローブの魔物と私の間に、誰もいないスペースを作ってくれている。
……となれば、次は射撃型の攻撃魔法――
ズモモモモ……。
ブワァアアアッ!!!!!
杖から放たれる、不気味な闇の煙。
煙にしては、まっすぐこちらに向かってくるのが気持ち悪い――
……当たるとまずい。
でも、どうすれば――
私は一瞬悩んでしまったが、その直後、思い切り横に飛び跳ねて逃げていた。
この迷宮に入る直前、野犬の攻撃からも同じように逃げたけど、それと同じ要領だ。
……逆に考えれば、あの体験があったからこそ、今回はスムーズにこの動作に移れたのかもしれない。
「ボォ……」
私の動きに、黒ローブの魔物は短く言葉を発した。
多分、『ほう……』とか言ったのだろう。
感心したならこのまま逃がして欲しいところだけど、さすがにそんな展開はあり得ないか。
……私はそのまま立ち上がった。
スケルトンとの距離は、幸いにしてまだ残っている。
少し走れば、森の中には何とか逃げられるはず――
「……?」
そこで私は、何か違和感を感じた。
今いる場所と、森に入るところまでの間に何か……。
……じっくり見ている時間は無い。
早く逃げないといけない。
しかしそれでも、見つけなければいけない何かがあるような――
……私は2秒だけ、探してみることにした。
落ち着け、たったの2秒だ。
あとで後悔してしまうかもしれない。
ここを見逃すと、大変なことになるような気がする。
「……ダブラス・ダブラ」
そんな中でも、黒ローブの魔物は容赦なく魔法を撃ってくる。
私のまわりには闇の煙が生み出されたけど、今はそれより――
「――あ!!」
魔法のことを後まわしにして、『何か』を探していた私。
そしてその正体を、一瞬の内に把握することが出来た。
……森の中に入る樹の根元に、やたらと闇に沈む場所。
目を凝らして見てみれば、それは草のようなシルエットを取っていた。
……こんな場所にまで来た、私の目的。
『闇色の草』!!
歓喜している時間は無い。
生えている場所は、幸いにして私がこれから通るところだ。
私は魔物たちから逃げながら、何とか『闇色の草』を地面から引っこ抜くことが出来た。
そしてそのまま、すぐに鞄の中に突っ込んでしまう。
――よし! 目的は達成した!
あとは出口を見つけて、この迷宮から逃げるだけ――
「……エグア・ダムド」
パァアアアンッ!!
「きゃっ!?」
黒ローブの魔物が再び魔法を唱えると、私のまわりを漂っていた黒い煙が爆発した。
そしてそのまま、私は開けた場所に弾き戻されてしまう。
……それでもなお、私は急いで顔を上げる。
しかし私のまわりには、スケルトンたちの群れが迫って来ていた。
そしてそのすぐ後ろには、黒ローブの魔物の姿が……。
この距離になって初めて分かったが、黒ローブの魔物は、身体の一部が白骨化した、ゾンビのような魔物だった。
知性はあるようだけど、どうやら私を殺す気は十分……のようだ。
――……終わった。
逃げようにも、逃げるスペースが無い。
スペースを作ろうにも、私にはその力が無い。
ドガッ!!
「……うぐっ」
ドゴッ!!
「……ぐぅっ」
バキッ!!
「……んはっ」
黒ローブの魔物は、スケルトンの後ろにいるまま手を出してこない。
使役しているスケルトンたちが、私をひたすら素手でいたぶってくる。
……固い骨。
ゴツゴツしていて、トゲトゲしている拳。
打撃と共に突き刺され、そのまま肌を引き裂かれ――
……こんな攻撃、何発ももつわけが無い。
……私は絶望と共に、身体から力を失わせていった。
……人間、終わるときなんてあっけない……。
……死んだら、どうなるんだろう?
魂は流転して、次の人生を迎えることもある……って、聞いたことがあるけど……。
……いや、違うか。
確かダンジョンで死ねば、すべてがダンジョンに吸収されるから……。
……私の人生は、ここまで。
次の人生も、期待なんて出来ない……。
……私、何のために生まれてきたんだろう……。
目の前が、暗く閉ざされていく……。
身体が冷たくなっていくのを感じる……。
――……しかし突然、私の視界に白い光が飛び込んで来た。
目はもう開けられないけど、それでも瞼を通して、眩い光が――
「……グギュ!?
ガルガ、ラクアル、アルア……。
――グギュアッ!!?」
……黒ローブの魔物の声がする。
驚いているような、慌てているような……。
そして最後には、叫びのような声を――
……一体、何が起こっているの……?
でも、私の目はもう開かない。
このままきっと、私はおしまい――
「――……はぁ。
今年の一年生は、問題児ばっかりだねぇ……」
……気を失う直前。
そんな可愛らしい声が、聞こえたような気がした。




