Ex48.準備
――驚くほどに、順調。
セミラミス様から教えてもらった、イーディスの薬と成り得る『神竜の雫』。
素材の難所、『虹色のキノコ』はポッポル君から。
『竜の血』は、ルーファスから思い掛けず提供してもらうことが出来た。
……あとは『闇色の草』だけ。
ここまで順調に進むのであれば、それすらもあっさりと手に入ってしまうのでは……。
そんなことを考えながら、私は他の素材の手配を進めることにした。
具体的には、S級のお米……とかの話だ。
長期保存は効かない素材だけど、いざとなれば他のアイテムの素材としても転用が出来る。
むしろそうした方が、素材の取り扱いにも慣れて良いのかもしれない。
何せ、本番一発勝負はさすがに怖いから……ね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――そんなことをしている間に、2週間が経過した。
季節はもう……冬。
秋と言うにはもう、遅すぎる感じがする今日この頃。
「……はぁ」
寒くなってきた空気の中、私は空を見上げて溜息をついた。
今日は快晴。
気分転換に、お店のまわりの掃除をしていたところなんだけど……。
……正直、『竜の血』を手に入れてからは進展がほとんど無くなってしまった。
『闇色の草』に関して、入手も情報もさっぱりだったのだ。
それ以外の、素材以外のところでは進展はあった。
私は先週、セミラミス様のところに、ルーファスを巻き込んでくれたお礼と中間報告に行っていた。
そのときついでに、『神竜の雫』の詳しい作り方とコツなどを聞いて、この一週間はその練習に明け暮れていたのだ。
何せ初めて使う設備もあったから、その辺りを含めてトレーニングを進めていて……。
不安はまだまだ残っているけど、手順は順調に覚えることが出来ていた。
さすがに高額の素材を買ってきているし、希少な素材を貰っていたりするから、今回は気軽に失敗することは許されない。
私みたいなひよっ子錬金術師が、そんな緊張感の中で成功させられるかは謎だけど――
……でも今は、もうやるしかないのだ。
実力不足の私が作るのはやはり不安ではあるけど、しかし他の誰かに頼むことも難しい。
失敗されたら、私は絶対に納得できないだろう。
作成の難易度はそこまででも無いから、それなら自分でやった方が後腐れが無い……と言うわけだ。
『神竜の雫』の作業工程は、全部で2週間ほどが掛かる。
でも、その工程には何段階かあって――
「……あ。先に進められるところはあるのか……」
まずはお米と米麹を使って『酒母』というのを作るんだけど……。
作成した『酒母』を、ひとつの素材として扱って――……そこに『虹色のキノコ』やら『竜の血』を組み合わせていくんだよね。
その工程に入るまでには、作業を始めてから5日くらいは掛かるはずだから……。
それならそこまで進めておいた方が、後の工程がスムーズになるのかな……?
「……ま、見切り発車でも良っか。
よし、進めちゃおう。頑張れ、ミーシャ!」
私は意を決して、少しずつでも作業を進めることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――2週間後。
失敗と成功を繰り返しながら、私は何とか『酒母』を作ることが出来た。
やはり初めて作る物には、時間がどうしても掛かってしまう。
一発で成功すればもっと早く済んだけど、温度管理の ところで失敗を重ねてしまって……。
……でも最終的には、何とか上手くいった……ような気がする。
品質は確認できないけど、まぁきっと大丈夫だろう。
私は若干の満足感を得ながら、息抜きに工房の外に出てみることにした。
……季節はもう冬。
あとひと月もすれば、新しい年になる頃合いだ。
『神竜の雫』を作るに当たって、問題となっているのは『闇色の草』だった。
他の素材は揃っているし、手順だって何度も確認している。
全体的に見れば、むしろすでに最初の工程を進めている状態なのだ。
エリナちゃんの話によれば、『闇色の草』は、秋から冬に掛けて生えるのだと言う。
……仮に採集で手に入れるとするなら、それはまだ間に合うのだろうか……。
「いや……。
採集を考えるのは、ダメ、ダメ……」
私が採集で入手するとすれば、それが可能なのは、行くことが禁止されている『魔女の迷宮』のみ。
冒険者ギルドや錬金術師ギルドに依頼を出すにしても、そもそも貴重な素材だけに、私が依頼料を払えるはずも無い。
……両ギルドの依頼掲示板を何度か覗いてみたが、今までに『闇色の草』を見つけることは無かった。
そう考えると、入手するのは絶望的になるんだけど……。
「今の時点で手間取るなら、来年になっちゃうかな……」
……それくらいの遅れなら、正直もう仕方の無いことだ。
そもそも、作成すべき薬が分かっているだけでも奇跡的なことなのだから……。
しかしそもそもの懸念としては、イーディスの病気に対して、『確実に効くか』が分からないところ。
『神竜の雫』は『エリクサー』では無い。
治せる可能性はあるが、しかし必ず効く……とは明言されていないのだ。
そして更なる懸念としては、イーディスが例年より早い段階で、既に体調を崩していること。
いつもであれば冬のこの時期から徐々に……と言ったところなのに、今年はその前の秋から、既に体調を崩してしまっている。
もしも単純に、病気が悪化しているのであれば……。
もしかして、次の春を乗り越えることは――
……そんな嫌な考えが、とりとめもなく湧いてしまう。
具体的に作業を進められているせいか、逆に不安や心配が襲い掛かってくる……と言うか。
正直、嫌な夢もよく見てしまう。
夢の中には、将来訪れる未来を告げるものがある……と、聞いたことがある。
だからこそ、私は夢を見るのが怖いところもあった。
私は改めて、溜息をついてしまう。
学院の方は、無事に過ごすことが出来ている。
しかしそれ以外の生活で、どうにも押し潰されてしまうと言うか――
「……ミーシャさん、こんにちは!
寒くないですか?」
突然、私は声を掛けられた。
視線を空から落としてみると、すぐ側に郵便屋さんが立っていた。
「こんにちは、ご苦労様です。
そろそろ戻ろうかなーってところでした!」
「おっと、そうでしたか。
寒いので風邪には気を付けてくださいね。
今日は一通、お手紙をお届けにあがりました」
「わ、ありがとうございます!」
「はい、こちらになります。
それでは私はこれで、失礼いたします!」
……私みたいな若造にも、丁寧に対応してくれる郵便屋さん。
場所が一等地だけに、その関係もあるのかな……?
でもしっかり対応してもらえると、一人の人間として認めてくれているような感じがして……、やっぱり嬉しいよね。
それだけのことなのに、何となく鬱鬱とした気分が少し晴れたような気がした。
一人でずっと作業をしていると、やっぱり滅入っちゃうんだよね。
人との触れあいって、やっぱり大切なんだよなー。
私はそのままお店の方に入って、気分が良いまま、封筒の裏面を確認してみた。
「――……」
……差出人は、イーディスのお母さんだった。
前回の手紙は、イーディスの体調不良を告げるものだったけど……。
改めての連絡に、私は一瞬、強い目眩がしてしまうのだった……。




