Ex47.借り
『虹色のキノコ』は、ポッポル君のおかげで無事に手に入れることが出来た。
……無事、とは言っても、貯金を根こそぎ持っていかれたけど……。
とは言え、大きな山はひとつ乗り越えられたのだ。
残る大きな山は、『竜の血』と『闇色の草』の2つ……。
『竜の血』は、金貨が100枚あればいつでも買える。
しかし頼みの綱だった金貨20枚も、既に使ってしまっているわけで……。
「……はぁ」
椅子に座って、テーブルに体重を預けながら、私は溜息をしてしまう。
正直、『竜の血』と『闇色の草』が揃わないと、『虹色のキノコ』も無駄になってしまうんだけど……。
……いざとなれば、錬金術師ギルドに買い取ってもらえば良いのかな……。
値段はどうなるんだろう?
多少は安くなっちゃうかな……。
「――……いやいや」
弱気な思いを振り払うように、私は頭を横に振った。
ここで弱気になってどうする、ミーシャ。
ようやく分かった、イーディスの病気を治す薬なんだぞ。
諦めるわけにはいかない。
……諦めるわけにはいかないんだ。
「……でも、どうしよう……」
計画を立てたところで何も進まず、無計画のまま進めば見通しが立たず。
人生、何とも上手くいかないものだなぁ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――今日は週末の初日。
素材を探すことに疲れてしまった私は、朝から工房に籠ることにしていた。
思考を止めて、ひたすら作業に没頭していく。
それが的を射ている行動なのか、外している行動なのか、今はまだ分からないけど……。
……そんな中、お店の方から呼び鈴の音が聞こえてきた。
もちろん営業はしていないから、誰かが買い物に来た……と言うことも無いはずだ。
「――って、ルーファスじゃん。
久し振りだね」
「おう、久し振り!」
会うのは大体、3週間振りになるかな?
その間、私もいろいろあったから……何だかとても、久し振りに思えてしまう。
ルーファスは遠慮の無い感じでお店の中に入ってくると、そのままテーブルの席に着いた。
しばらく話をしていくのであれば、お茶でも入れることにしようかな。
私がお茶のセットをテーブルに置いたところで、ルーファスが話を切り出してきた。
「……ミーシャさ、イーディスの薬で進展があったんだって?」
「え? 何で知っているの?」
「昨日、セレスティア教から使いが来てさ。
その辺のあらましと、手伝えることがあれば手を貸して上げて欲しい……って言われたんだよ」
「もしかして、セミラミス様が気を利かせてくれたのかな……。
ありがたや、ありがたや……」
「それで、俺としても出来るところは手伝いたいんだけど……。
今、どんな感じなんだ?」
「えーっとね……。
セミラミス様に薬の素材を教えてもらって、揃えられそうに無いのが2つあって困っているんだよね。
『竜の血』と『闇色の草』ってやつなんだけど……」
「『闇色の草』は知らないけど、『竜の血』はなぁ……。
たまに売っているけど、あれって高いもんな……」
「そうなんだよ~。
どこに行っても、金貨100枚だって言われて……。
私のへそくりの金貨20枚も、他の素材で全部無くなっちゃったし……」
「うわ、結構持っていたんだな……。
それにしても幼馴染のためとは言え、自分の金を投げ打つだなんて凄いよなぁ……。
……ところでさ、そんなミーシャに朗報があるんだ」
「ん? なぁに?」
「これこれ。これを見てくれよ!」
そう言いながら、ルーファスは自身の鞄から瓶をひとつ取り出した。
その中には、どす黒い液体が入っている。
「……何、これ?
何かの油?」
「……あれ?
実物、見たことは無かったの?」
「んん? 実物って……?」
「いや……。
『竜の血』の、実物」
「あ、そう言えば無かったかも。
いつも取り扱っているかを確認して、そのまま値段を聞いてへこんでいたから――
……って、え? ……それじゃ、これが『竜の血』……なの!?」
「おう! どうだ、凄いだろ!」
「ええぇ!? な、何でルーファスが持ってるわけ!?」
……正直、金貨100枚の貴重品を持ち歩く……と言うのも信じられない。
そしてそもそも、何で持っているかと言うのも想像が付かない。
「実は最近さ、ドラゴン退治に行って来たんだよ。
それで、ミーシャに自慢しようと思って分けてもらっていたんだ」
「自慢って……」
「いやー。錬金術の素材で、かなり貴重なものだって言うからさ……。
実際に使わなくても、見るだけでも勉強にはなるだろう?」
「まぁ、それはそうだけど……。
そう言えばルーファスって、ドラゴンなんて討伐できるの?」
「んー……。まぁ、ぼちぼち?」
「ぼちぼち……で、討伐できるものなの?」
「出来る! ……って言いたいところなんだけど、俺一人で戦ったわけでも無いからなぁ。
神器を受け継いだとは言っても、俺はまだまだ経験値不足の若輩者だからさ」
「はぁ……。
そう言えば北の大陸でも、ドラゴンが討伐されたって聞いたよ。
今、ドラゴン討伐がブームなのかな?」
「いや、俺が参加したのはそれなんだよ。
北の大陸は遠いけどさ、長距離転移魔法って言うのがあって……。
何でも、セミラミス様が人間にも使えるように作ってくださったらしいぞ」
「えぇ、セミラミス様って魔法まで得意なの……。
……って、それよりも『竜の血』か。
討伐されたってことなら、少しくらいは安くなってくれるのかなぁ……。
……それでもお金は足りないと思うけど」
「ま、金貨90枚は切らないって話は聞いたかな」
「……だよねぇ」
仮に金貨20枚を使っていなかったとしても、このタイミングではやっぱり買い取れなかった。
世の中、お金お金で嫌になっちゃう……。
「それじゃ、これ。やるよ」
「……は?」
おもむろに、私の目の前に置かれた『竜の血』の入った瓶。
私はルーファスの言わんとしていることが一瞬、理解できなかった。
「え? 必要なんだろ?
だから、あげるって」
「……これ、金貨90枚は軽くするんだよね……?」
「そうらしいな?」
「私、そんなの買えないよ……?」
「そうだろうなー。
だから、あげるって」
「……いやいやいや!?
金貨90枚だよ!?」
「そうは言うけど、俺もミーシャのために分けてもらってきたものだからさ。
小遣いは十分にもらっているし、今回はあげるって」
「いやいやいやーっ!?
嬉しいし助かるけど、それはさすがにどうなのかなーっ!?」
「要らないなら捨てるけど?」
「それは最悪! 絶対に止めて!?」
「んー……。
俺もさ、イーディスの件については力になれなかったから……。
……それじゃ、フランと仲直りするために、間を上手く取り持ってくれないかな。
『竜の血』は、そのお礼ってことで……」
「それでも、高すぎるような気がするんだけど……」
「ワガママだなぁ……」
「ワガママって、そう言うやつだっけ……?」
そこで会話は一旦止まり、少ししてから、私たちはお互い吹き出してしまった。
「……それじゃ、ミーシャが立派な錬金術師になったらさ、うちのお抱えになってくれよ。
この『竜の血』は、その前金って言うことで……どうかな?」
「えぇ……。
スプリングフィールド家のお抱え錬金術師なら、悪い話では無いけど……」
……と言うか、むしろ大変光栄な話ではある。
しかし、しっかり実力を付けておかないと……結果として、ルーファスの顔に泥を塗ってしまうことになる。
それは私としても、本意では無いところだ。
「それじゃ、決まりな。
イーディスの薬、絶対に完成させろよ!
それでもって、立派な錬金術師になってくれよな」
「うん……、分かった!」
私はルーファスの言葉に、強く頷いて返した。
将来のことは将来のこととして、とりあえず目先の大きな問題がひとつ解決したのだ。
……最低、金貨90枚の借り。
ことが上手く運べば、どう考えても金貨100枚以上の借りになるだろう。
でも……。
借りを返す方法は明言されているけど、この金額はやっぱり……大きい、なぁ……。




