Ex46.迷宮
次の日の昼休み、私は別クラスのエリナちゃんを訪ねた。
訪ねた理由は、以前聞いた『貴重な素材がたくさん採れる』と言う場所の話を聞くためだ。
もしかしたら、『闇色の草』が手に入るかもしれない場所――
「……ミーシャさん、この前お話をしましたけど……。
学院の生徒は、そこに行くことが禁止されていますからね……?」
その理由を作ったのは、錬金術学院の先輩たち……なのだと言う。
目的の素材を採集するために向かい、幾度と無く悲しい結果を招いた場所……。
それが原因で、その場所への立ち入りは全面的に禁止されたらしい。
……独り立ちした錬金術師であれば、責任は本人だけで完結する。
しかし錬金術学院が身を預かっている場合は、その限りでは無い、と言うことだ。
「分かってはいるんだけど、一応、情報として知っておきたくて……。
ほら、もしかして誰かに依頼を出したり……とか。えぇっと、その……」
「うーん……。
……軽く調べれば分かる話なので、それなら私からお教えした方が良いでしょうけど……」
「え? 簡単に分かる……程度なの?」
思わぬ返事に、私はがっくりと来てしまった。
どうやって聞き出すか、そればかりを考えて来ていたんだけど……。
「ミーシャさん、聖都の近くにある『迷宮』をご存知ですか?」
「えーっと……。
まずはこの地域に水を供給してくれている、『水の迷宮』でしょ?
それと、絶対神アドラルーン様の加護を受けたって言う『神託の迷宮』……は、少し遠いか。
あとは昔、海辺に『螺旋の迷宮』って言うのがあった……んだっけ?」
「はい、その通りなのですが……。
『水の迷宮』は聖都の北西にありますよね?
その西側に行ったすぐのところに、迷宮がもうひとつあるんです」
「え、そうなんだ……。
2つ並んでいるなんて凄いね……」
迷宮なんてものは、その地方に1つでもあれば十分なのだ。
私の知る限り、2つもある場所なんて他には無いはず――
……なんだけど、そもそも近くの迷宮すら知らなかった私の知識なんて……まぁ、そんな程度のわけで。
「その迷宮は、錬金術師にとっては特別な場所でして……。
望むものを思い描きながら入口を通ると、採集が可能な場所まで導かれる……と言われています」
「……は?
え? 凄いじゃん! それなら何だって手に入るよね……?」
「ただ、そう上手くはいかないんです……。
例えばミーシャさん、『闇色の草』以外に欲しいものはありますか?」
「他に……?
えーっと、手に入りにくいところで言えば……『竜の血』、とか」
「また、凄いものが欲しいんですね……。
例えば『竜の血』の場合なら、それが採集可能な場所に誘われます。
……そこで質問なのですが、『竜の血』はどうやって採集するのでしょう」
「そりゃ、ドラゴンを倒して……でしょ?
血がダメになる前に処置をして、瓶に移し替えて――
……って、あれ? ……ってことは、もしかして……?」
「はい。『竜の血』を望むのであれば、ドラゴンの元に誘われる……はずです。
倒すことが出来れば採集することは出来ますが、ミーシャさんは倒すことが出来ますか……?」
「いやいや、そんなの無理に決まっているから!
野犬でも無理なのに、そんなドラゴンだなんて!」
「そうですよね……。
つまり欲しいものが貴重なものになるほど、確実に危険な目に遭うんです。
『闇色の草』は……暗い森に生える、とは聞いています。
でも、ただ単純に暗い森なら良いのか……と言われると、それもきっと違うでしょうし……」
「なるほど……。
暗いだけで良いなら、その辺りの森でも、一年中暗いところがあるからね……。
……あれ? でも、それなら強い人と一緒に行けば良いんじゃない?」
「ドラゴンに勝てるほど、ですか……?」
「うん! 幸いなことに、私の幼馴染はかなり強いはずだし……」
私はルーファスのことを思い浮かべながら言ってみた。
……でもルーファスが強い……とは言っても、さすがにドラゴンを倒すことなんて出来るのかな。
正直、ドラゴンがどれくらい強いかなんて、私には分からないからね……。
「その方は錬金術師なんですか?」
「ううん? 良いところの騎士様、だよ?」
「それではダメですね……。
採集が出来る場所に誘われるのは、あくまでも錬金術師だけ……なんです。
だから一緒には行くことは出来ないかと……」
「えぇ……。
それじゃ、ドラゴンなんて倒せるわけがないよ……。
……って、いやいや。今回の本題は『ドラゴンの血』じゃないから大丈夫なんだけど……」
仮に『竜の血』の採集が出来るのであれば、金貨100枚が浮くわけだから、ずいぶんと助かることにはなる。
でも今は、まずは『闇色の草』なのだ。
焦らずに、1つずつ着実に進めていかないとね。
「『闇の草』ても、大概に危険だと思いますから……。
絶対に、行かないようにしてくださいね……!」
「あはは、もちろんだよ……。
ちなみにその迷宮って、何て言う名前なの?」
私の言葉に、エリナちゃんは唾を一回飲んでから、慎重な声で答えてくれた。
「――『魔女の迷宮』」
……と。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――逆に考えよう。
『闇色の草』の採集場所が安全だと確認できれば、さくっと『魔女の迷宮』で入手できるのでは……?
「……いやいや。
禁止されてるから。ダメ、ダメ……」
私は邪念を振り払うように、頭を何回も横に振った。
学院で禁止されている以上、そんなことをしてバレてしまえば大変なことになる。
停学なり、退学なりになってしまうかもしれないのだ。
……でも、口頭での注意で終わるかもしれない。
いやいや。だから、ダメ、ダメ……。
私は再び、頭を横に振った。
危険を冒す必要は無い。
いや、危険を冒してはいけない。
イーディスのために危険な目に遭ったとしても、それが彼女の耳に入ってしまったら……。
……きっと凄く怒られてしまうだろう。
それに、みんなに迷惑が掛かってしまうはずだし……。
……そこまでは、私の頭でも分かる。
しかし、感情では理解したくない部分もある。
悩ましい。
……悩むべきでは無いが、どうにも悩ましい。
――トントントンッ
「わっ? お客さん!?」
……私が今いる場所は工房、今の時間は20時過ぎ。
ここに、こんな時間にやって来るとすれば――
「こんばんわ~。訪問販売のポッポルでーす」
……やっぱりポッポル君だった。
「あれれ?
この前来てもらってから、何日も経ってないよ!?」
実際、前回来たのは2日前だ。
その時は『一か月以内には来れる』……とは言っていたけど、さすがにこれは早過ぎじゃないかな……。
「今日は朗報があって来たんです!
お問い合わせ頂いていた『虹色キノコ』が、手に入ったんですよ~!!」
そう言いながら、ポッポル君は宙からキラキラと輝く何かを取り出した。
「……うわ! 綺麗!!」
それはまさに読んで字のごとく、虹色にキラキラと輝くキノコだった。
地味なキノコも鮮やかなキノコも見たことがあるけど、それとは世界観がまるで違うようなキノコ。
「実は先日、北の大陸でドラゴン討伐が行われたそうなんです!
その場所で『虹色キノコ』が大量に生えたそうなので、無事に確保することが出来ました!」
「おぉー!
……大量に、と言うことは……、もしかして安くなる!?」
「はい! 金貨20枚でいかがでしょう!」
「高いっ!!」
……とは言え、普通に比べればよっぽど安いのだろう……。
私は1日だけポッポル君に待ってもらって、錬金術師ギルドに値段を確認した上で、1つだけ購入することにした。
これを以って、『レシピ・オブ・ルーシー』の報酬は全額使ってしまったことになる……。
……と言うか、『虹色のキノコ』しか買えなかったんですけど……。




