86.つぶつぶのアレ
メルタテオスの冒険者ギルドに寄って用事を済ませたあと、通りに出ていた露店で一休み。
簡単な椅子とテーブルが用意してあって、露店で買ったものを食べられる仕組みだ。
「しかし、まさかポップコーンがあるとは……」
露店で買って今食べているものは、いわゆるポップコーン――トウモロコシを炒って作るアレだ。
味付けも私の知ってるものだし、何とも身近な感じの食べ物である。
「あれ? アイナさんの国では珍しいんですか?」
「いえ、普通にありましたけど……。いやぁ、何ていうのかな……」
ファンタジー世界準拠のこの世界で、普通にポップコーンが売られているのは想像外というか。
身近なものが身近でないところにある、っていうギャップというのかな。
「クレントスやミラエルツでも注文すれば作ってくれますよ。とはいえ、よく目にするものでもありませんが」
さり気ないルークのフォローがありがたい。
「私の国でもそんな感じでしたね。置いてあるところと言えば映画館とか――」
「えいがかん?」
「――あっと、劇場みたいなところです。お客さんをたくさん入れて、劇を観せる感じの。
少し特殊なことをするので演劇とはちょっと違うんですけど」
「へー。娯楽文化も進んでいそうですし、ちょっと興味ありますね。アイナさんの国にもほんと、いつか行ってみたいですねー」
うーん。写真すらまだ敷居が高い世界で、映画を観ることができるようになるなんてまだまだずっと先のことなんだろうなぁ。
……いや、もしかして技術的には存在する……?
「エミリアさん。何ていうかこう、『写真が動く』みたいな技術ってありますかね?」
「写真が動く? えーっと……例えば私たちが見ているこの光景を保存しておく? みたいなことでしょうか」
「そうそう、そんな感じです」
「それでしたら映像魔法というものがありますよ。その場所で起きた光景を魔法で制御して、水晶とかの媒体に刻み込むんです」
「へぇ、そういうのもあるんですね。すごい!」
「あ、そんなことを言うからにはアイナさんの国には無いんですか?」
「そういうのは無いですね」
映像『魔法』は確かに無いね! 魔法を使わないものならあるんだけど。
「やりましたよ、ルークさん! 初めてアイナさんの国に勝ちました!」
「ははは、珍しいですね」
「はい、お祝いをしましょう! おじさーん、ポップコーンのおかわりをお願いします!」
「あいよー!」
その場のポップコーンを全部食べ終わったエミリアさんが追加を注文した。
いや、お祝いというかただの口実でしょ、それ。
「でも映像も残しておけるんですね。それって写真みたいに、残すことを請け負う場所があるんですか?」
「いえ、そういう場所は無いですね。かなり高位の魔術師がそういう術を操れるっていう話です」
「国や貴族が大切な記録を残すだとか、何か特別な手紙のような形でやり取りをするだとか、そういうときに使われますね。つまり、庶民とは縁遠い存在です」
「ふむ、なるほど……。
でも魔法でできるなら、それを錬金術のアイテムと組み合わせることってできないかなぁ」
「そうですね……。回復魔法を封じたオーブとかはありますし、アイナさんなら作れるかも……?」
「魔法と錬金術の連携ですか。……うーん、魔法が絡み始めると私だけの力じゃ難しそう……」
「むむ、アイナさんでも難しいことがあるんですね」
「錬金術の分野だけなら問題無いんですけどね、他の分野が絡むとどうにも……」
スキルで対応できないなら知識が並以下の私には難しいことができるわけもなく。
いつかどこかで錬金術の勉強もしないといけないかな? でも欲しい知識はかなりの応用レベルになるだろうし、最後まで勉強が続くかは疑問である。
「――はいよ、おかわりお待ちどうさま!」
露店のご主人がポップコーンの追加を持ってきてくれた。
「ありがとうございます! 素朴な味で美味しいですー」
「はは、ありがとなっ! それじゃごゆっくり!」
「はぁい」
エミリアさんの笑顔を受けて、露店のご主人は満足げに戻っていった。
「――エミリアさんってすごく美味しそうに食べるから、作り甲斐ありそうですよね」
「え? ほ、褒め言葉として受け取っておきます!」
「えぇ? 褒め言葉以外にどう受け取るんですか……?」
「ふっ……。いろいろあったんですよ……」
い、いろいろあったんですね……。
食事関係では量を自重していたりといろいろある人だからなぁ……。
まだまだ触れられないトラウマでもあるのだろうか。よ、よーし、話題を変更だ!
「――さて。それじゃ、あとはこれだけ食べたら次は宿屋を探しましょう」
「そうですねー。今日はもうゆっくりお休みしたい感じですし、そうしましょう」
エミリアさんは引き続きぱくぱくとポップコーンをつまんでいる。
ちなみに私とルークはもう食べてないから、今はエミリアさん一人で食べている状態だ。
「アイナ様、メルタテオスでは冒険者ギルドの依頼は受けないんですよね?」
「うん、そのつもり。早く王都に向かいたいからね。
さっき冒険者ギルドに行ったのは、ジェラードさんの所在照会をしてきたんだよ」
「ジェラードさんの?」
「うん、連絡先がお互いに分からないから。まずは例の件でジェラードさんに会わないといけないし。
ジェラードさんが泊まってる宿屋が分かったから、私たちもそこに泊まろうかなって」
「例の件……? ああ、アイナさんの育毛剤の件ですね」
「いやいやエミリアさん。そこはミスリルの件と言って頂きたいのですが」
「あはは、どうにも育毛剤の方のインパクトが……」
「それ以外にメルタテオスでやりたいのは、魔法の本――ちょっとルークと魔法の勉強をしようかって話になりまして、勉強用の本を探すくらいですかね」
「え? いつの間にそんな話に!?」
「乗り合い馬車でエミリアさんが眠っている間だったかなぁ……」
「はい、そうですね。それはもうすやすやと眠っていましたね」
「ぐむむ、それは残念……! では私も一緒にお勉強を!」
「えぇ? アドルフさんからもらった属性石のナイフを使いたいからっていう話なので……。エミリアさんはもう使えるじゃないですか」
「そ、それなら他の属性を――」
何とか食い下がってくるエミリアさん。
勉強がしたいというか、一緒に盛り上がりたいんだろうな。それなら――
「無理しないでください。それじゃ、エミリアさんは私たちにいろいろ教えるっていうのはどうですか?」
「え? 私がですか? 私は聖魔法しか使えませんけど……。
――分かりました! 基本的な部分はそれなりに教えられると思います!」
「良かったです! それじゃエミリア先生、よろしくお願いします」
「先生、ですか! えへへ、俄然やる気が出てきました!
それでは第一回はいつやりますか? 今晩にでも!?」
「あ、いえ。もともとが暇潰しの話でしたので、馬車の移動中に……」
「アイナ様。そうなると、メルタテオスを出発したあとになりますよね? ……エミリアさん、そういうわけですのでしばらくお待ちを……」
「がーん! せっかくのやる気が!?
お、おじさーん、ポップコーンのおかわりお願いしまああぁすっ!」
「あいよー!」
悲しい顔をしたエミリアさんがポップコーンの追加を注文した。
いやいや、それもただの口実でしょう。というかさっきの食べたらもう行くって話でしたよ?
ずるいなぁ、もう。憎めないんだけど。




