Ex43.光明
次の週から、私は錬金術学院に復帰した。
……思うところはまだまだあるけどね。
それでも私がまた前に進めるのは、今回苦労を掛けてしまったみんなのおかげだ。
私を直接助けてくれたジェイ。
間接的に助けてくれた学院長先生。
それとリリーちゃんとミラちゃん。二人のお母さんもきっと、何かをしてくれたんだよね。
結局リリーちゃんからは、ローナに何をやったのかは聞くことが出来なかったけど……。
でも、その『何か』があったからこそ、ローナはあんなにも反省してくれたのだろう。
いや、反省と言うよりも、恐怖を植え付けられたような感じだったか……。
……うぅーん、一体何をしたんだろう……。
授業はやっぱり遅れてしまっていたけど、それでもまわりの助けをもらって、すぐに取り戻すことが出来た。
1週間の遅れを、1週間で何とか。
実習の部分は工房に戻ってから、凄く頑張って……。
……この工房を借りられていて、本当に良かったなぁ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――忙しい日々を送っていたとしても、問題が勝手に解決されていると言うことはなかなか無い。
私が塞ぎ込んでいた間も、イーディスの病気のことも、フランとルーファスのことも、何も解決はしていないのだ。
後者は恋愛絡みの話だから、基本的には本人たちの問題なんだけどね……。
「……とりあえずまた週末になったし、図書館にでも行こうかな」
図書館で調べたところで、進展があるとは限らない。むしろ、可能性としては低い。
しかしそれでも、ただ引き籠っているよりは多少なりとも可能性は高い……、とは思う。
この日も朝から夜まで、全部の時間を調べ物に費やした結果――
……特に進展は無かった。
うぅーん……。
図書館の線からは、やっぱり調べるのは難しいかなぁ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
最近いろいろあったこともあり、週末の二日目はセレスティア教の礼拝に行くことにした。
心を落ち着けるときは、神様にお祈りをするのも1つの手段なのだ。
……私も一歩間違えれば、もっと酷い目に遭っていたわけだからね。
そこは神様、ジェイ様……みたいな感じかな。
「――おはようございます」
「あ、おはようございます!」
聖堂に入るところで、しれっとセミラミス様が挨拶をしてくれた。
偉い方にも関わらず、さりげなくそこら辺にいるから……なかなか油断することが出来ない。
「ミーシャさん。大変なことがあったと聞きましたが、もう大丈夫ですか?」
「え……?
えーっと、何でセミラミス様がご存知なんですか……?」
「犯罪のことは耳に入ってきますので。
特に今回のことは、私の知っている方も動いていたようですし」
「うわぁ……。結構な大事になっていたんですね……」
申し訳ないやら、ありがたいやら。
ついでに、恥ずかしいやら。
「錬金術学院の方は、ビヴァリーさん……学院長先生が上手くやってくださったと聞いています。
あとは銀の鎖亭、と言う酒場については――」
「う、嫌な名前……」
「あそこは大きな問題があったと言うことで、閉店になりました。
今回のことを踏まえて、法整備も進められるそうですよ」
「やっぱり大事になってる……。
ちなみにその辺りの話が進んだのって、ジェイさんのおかげ……なんでしょうか」
「ジェイさん……、ですか?」
私の質問に、セミラミス様は首を傾げてしまった。
「銀の鎖亭で、ジェイさんって方に助けてもらったんです。
学院長先生には、ジェイさんが伝えておくって言ってくれていたので……」
そこまで聞くと、セミラミス様は納得の表情を浮かべた。
ころころ表情が変わって、何となく親近感を覚えてしまう。
「ああ、理解できました。
はい、その通りです。ジェイさん……が、上手く動いてくださったそうです。
……あの方も、最近は目立つ行動を控えていたのですが……珍しいことですね」
「あれ? セミラミス様は、ジェイさんのことを知っているんですか?
……連絡先とか、ご存知ないですか?」
「残念ながら、あの方は神出鬼没でして……。
お礼なら、今度会ったときに伝えておきましょうか?
いつになるかは分かりませんが……」
「はい、大丈夫です。
『ありがとうございました。また遊びに来てください』……って、伝えて頂けますか?
……あ、もちろん覚えておいて頂ければの話ですけど」
「はい、承知しました。
それではそろそろ――」
「……あの、すいません! もうひとつ!」
「えっ?
はい、何でしょう?」
「実は私の幼馴染がずっと病気に罹っておりまして……。
それでその病気、村のみんなで調べているんですけど、何の情報も見つからないんです……。
セミラミス様のお力で、何とかなりませんでしょうか」
……困ったときは神頼み、竜王頼み……である。
アイナ様にも、リリーちゃんたちのお母さんにも頼れない今、もはやセミラミス様にしか……。
もう、なりふり構っていられないからね。
「でしたら、この後でもよろしいですか?」
そろそろ礼拝の時間になると言うことで、セミラミス様はその後に時間を取ってくれることになった。
一信者でしか無い私のために時間を取ってくれるだなんて……。
本当に、信者密着型の素敵な信仰だよなぁ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
礼拝後、私は聖堂の一室に案内された。
話によれば、ここは信者のお悩みを聞くための部屋だそうだ。
私はセミラミス様を前にして、イーディスの病気について説明していった。
これはもう、今までに何回も話してきた内容だ。
「――……季節によって、高熱が出る……ですか。
うーん……」
セミラミス様の反応は、これも良く見てきたようなものだった。
事細かに説明したところで、そもそも知らなければどうしようも無いのだ。
「やっぱり、分かりませんか……?」
「いえ、どこかで聞いたような気はするのですが……。
……ああ、そうだ。スプリングフィールド家の方から、そんな話を聞いたことがあります!」
「あ……。
それ、私の幼馴染のルーファスからの……。
同じ質問だと思います……」
「はぅ……。
そ、そうでしたか……」
「はい……」
セミラミス様の表情は一瞬明るくなったものの、またすぐに曇ってしまった。
しかし私としては、ルーファスがセレスティア教にまで聞いていてくれたことが嬉しかった。
ルーファスはガルルン教の信者なのに、こっちまでしっかりと聞いていてくれたんだね。
「その調査は既に終わっていると思いますので、改めて調べたところで、良い情報は無さそうですね。
正体不明の病気なのであれば、エリクサーの作成……になりますか」
「う……。やっぱり、ですか……?
作ることが出来れば良いんですけど、私ではさすがに……。
それに買うとしても、そんなお金はありませんし……」
「確かに、かなりの額になりますからね。
作ると言うことであれば、賢者の石はこの国にも所蔵があって……。
A+ランク以上の錬金術師であれば、借りることは出来るのですが――」
「……え!?
賢者の石って、貸し出してくれるんですか!?」
思わぬ情報に、私は身を乗り出してしまった。
「はい、A+ランクだと条件が少し厳しくはあります。
S-ランク以上であれば、比較的簡単にはなるそうですよ」
「S-ランクはさすがに無理だけど……。
A+ランクなら、もしかしたら……?」
……と言いつつ、それでもかなり難しいのは確かなことだ。
何せ平均的な錬金術師はCランクからBランク程度。
賢者の石を借りるには、そこを明確に超えていかなければいけないのだ。
「それでも、A+ランクになるには何年も掛かると思います。
10年以上掛かってしまうかもしれませんので……」
「そうですね……。
でも、誰も何も出来ないなら、私が何とかするしかありませんから……!」
そこはもう、仕方が無いことだ。
誰かに依頼をすると言っても、そもそも依頼するだけの財力が無いのだから。
……ルーファスならあるだろうけどね。
でも、村全体ですら賄えないような金額を、幼馴染だからと言って甘えるわけにはいかないし……。
「――その間、幼馴染の方もずっとそのまま……と言うわけにはいきませんよね。
効くかどうかは分かりませんが……、ひとつ、薬を試してみますか?」
突然出て来た、セミラミス様の提案。
もしかして、何か効くかもしれない薬があるの……?
「え、エリクサー以外にも、何か薬があるんですか?」
私の言葉に、セミラミス様はこくりと頷いた。
――思い掛けない展開。
そして私はこれから、その薬作りに奔走することになるのだった……。




