Ex42.処罰
――外は雨。
大雨。
時間は昼。
でも、空は暗い。
「……うぅ」
そんな中、私はひとりベッドの中でうずくまっていた。
あの日から、今日で何日経っただろう。
……5日か。
ローナの罠に引っ掛かって、ジェイに助けられた日から、数えて5日。
……今週は何も出来なかった。
授業にすら、まるで出ることが出来なかった……。
……外にも、出ることが出来なかった。
何故かと言えば、ローナの影響……それに尽きる。
今までの人生の中で、一番非道な仕打ちと言うか……、一番心が無い仕打ちと言うか……。
仮に虐めの一種だったとしても、あれは超えてはいけない一線……だったと思う。
ジェイと一緒のときはまだ大丈夫だったけど、その後、ひとりになってからはどんどん怖くなってしまって……。
……結果、食欲も睡眠欲も消え失せて、夜は嫌な夢ばかりを見る始末。
人間って、一晩の記憶だけでずいぶんと変わってしまうものなんだね……。
――でも、このままじゃいけない。
このままじゃ、勉強が遅れちゃう。
何より、嫌がらせをしたローナに屈するのはどうしても納得がいかない。
だからこそ早く立ち直って、ローナを何かしらの形でこてんぱんにしてやらないと……。
……私は聖人なんかじゃない。
積極的に他人を貶めようだなんて思わないけど、私に敵意を向けるのであれば話は別だ。
どこまでも、どこまでだって、相手になってやろうじゃないか。
「……はぁ」
……人を恨むなんて、本当ならしたくない。
でも、今は恨まないとやっていられない。
そんな嫌な時間が、この世界にはあってしまうものなんだよね……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――遠くの方から、何か音がする。
気が付けば、朝。
……いや、もう昼か。
空は明るく晴れ渡り、昨日の大雨が嘘のように感じられる。
あれくらいの大雨が心の中にも降って、私の恨みを綺麗さっぱり洗い流してくれれば良いのに……。
耳を澄ませてみれば、どうやらノックの音……のようだった。
まだまだ布団にくるまって現実逃避をしていたいところだけど……。
……来客なら、一応出ておこうかな……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ミーちゃー。いるのー?」
お店の出入り口に近付いていくと、何とも懐かしい声が聞こえてきた。
「……リリーちゃん……?」
「あ、ミ―ちゃなの! 今、大丈夫なの?」
……リリーちゃんなら、会えるかな。
誰かが一緒にいて欲しいのはずっとそうなんだけど、今は誰でも……と言うわけにはいかない。
正直、フランもダメ……かな。
他人の感情を受け止める余裕が、今の私には無いのだから……。
「……こんにちは。どうしたの……?」
「やっぱりミーちゃ、『クマさん』なの!」
私が扉を開けるなり、リリーちゃんが心配そうに顔を覗き込んできた。
「ぅ……。
そう言いながら、まじまじと顔を見られるのは嫌だなぁ……」
「みゅ……。
でも、出て来てくれて良かったの!
今、ちょっと上がっても良いの?」
「う、うーん……。
……まぁ、どうぞ?」
本来であれば、リリーちゃんの来訪だなんて嬉しいイベントなんだけど……。
でも今は、さすがに喜んでいられる気分にもなれないと言うか……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……それでも来客は来客。
私は重い身体を引きずって、お茶とお菓子を簡単に準備していった。
「いただきまーす、なの!」
「はい、召し上がれ。
……ところで今日は、ミラちゃんは?」
「ミラは……、今日はお留守番なの」
「お留守番……。
ああ、家に誰もいないんだ?」
……と言ってから、そもそも使用人くらいいるのでは……と思い直す。
二人の家はお金持ちだし、そもそも実家暮らしをしているのだから……。
「それよりもね、今日はミーちゃにお話があって来たの」
「あ、うん……。
授業、一週間も休んじゃったし……。そっちの話かな……」
「んーん。『温泉バカ』の話なの」
「……っ」
突然出てきたその名前に、私はついつい身構えてしまった。
まさか開口一番、その名前が出て来てしまうとは……。
「えっとねぇ……。
ミーちゃが大変だった話、学院長先生から教えてもらったの」
「え……?
学院長先生から……?」
一瞬不思議に思ったが、きっとジェイが話をしてくれたのだろう。
学院長先生とは面識が無いけど、話を通しておく……って言っていたからね。
でも、本当に話してくれたんだ。
……有言実行、かっこいい。
「うにゅ。
それでね、『温泉バカ』は……退学処分になったの。
だから、ミーちゃには安心して授業に出て来て欲しいの」
「え? 退学……!?
話が一気に進んじゃったね……」
……とは言いつつ、私の心は少しだけ晴れてくれた……ような気がする。
単純に、これは素直に嬉しかった。
いろいろあったけど、ローナとは仲直りをして、一緒に錬金術の高みを目指す――
……そんな展開はごめんだったからね。
「今回のことだけでも、すっごく問題だったの。
それに、『温泉バカ』は今までの積み重ねもあって……」
「あ、そっか。『次はもう無い』って状態だったもんね……。
……それで、そのローナはこれからどうするのかな。
実家に戻る……とか?」
「実家からは、勘当されたみたいなの」
「……は?」
「えっとねぇ……。
ママが『温泉バカ』の実家の旅館に行って、その、こう……。
……うにゅ、そこは置いておくの!」
「え? 何で? 置いちゃうの?
凄く気になるんだけど!?」
話を省略するにしても、もっと省略すべきところがあるでしょ……?
何で一番気になるところを省略するのかな……?
「まぁまぁ、なの!」
「えぇ……。
でもそれなら余計に、これからどうするつもりなんだろ……」
いい気味ではあるものの、そこまで処罰が重いと……さすがにローナ、私のことを恨むようになるよね……。
……恨みの連鎖は、どこかで断ち切らなければいけない。
ローナの方で勝手に断ち切ってくれたら助かるんだけど……。
それに何より、手負いの獣と言うのは怖いのだ。
感情を暴発させて、変な風にならなきゃ良いんだけど――
――ドンドンドン!! ダァン!!!!
「うぇっ!?」
突然、お店の扉が強く叩かれた。
強く……と言うよりも、感情を力任せに叩き付けている……と言った方がしっくり来るだろう。
「おい! こら!!
ミーシャ、いるんでしょ!! 出て来なさいよ!!」
……荒ぶる女の子の声。
うわぁ、ローナの声だよ……。何でここ、バレたんだろ……。
……無視しようかな。
さすがに今は、ローナなんかと話す気はしないし。
そう思って、私はリリーちゃんにジェスチャーでその旨を伝えた。
――……のだが、ローナは扉を蹴破って入って来た。
ちょっと待てーっ!!!!?
「こらぁ!! あんた、居留守を使うつもりだったでしょ!!
ふざけるな!! あんたのせいで何で私がこんな目に遭わなきゃいけないのよっ!!」
ずかずかと入ってきたローナは、私の肩をまっすぐに突き飛ばしてきた。
立ち上がる瞬間だった私は、バランスを崩して床に倒されてしまう。
「……ちょ、ちょっと!?
勝手に人の家に入ってきて、何よそれ!!
それにそもそも、あなたが私のことを騙したんでしょう!?」
心の奥から、怒りが湧き起こってくる。
私はゆらりと立ち上がり、ローナを全力で睨み付けた。
「うるさいっ!!
あんたなんて、あんな安っぽい罠で自滅すれば――」
……と、そこまで叫んだところで、ローナの身体はびくっと震えて固まってしまった。
そして彼女の視線の先には、リリーちゃんが……。
「『温泉バカ』……。
ママにあんなに謝ってたの、嘘だったの……?
……反省、全然していないの?」
「ちょ、ちょっと待って!?
な、何であんたがここにいるのよっ!?」
そう言いながら、ローナは突然周囲を見まわし始めた。
「……ママとミラを探しているの?
安心するの、二人はいないの。
でも……、私はいるの」
「ぅ……。
で、でもあんたは昨日、何もしてこなかったもんね!
あんたくらいなら、私がとっちめてやるっ!!」
そう言うと、ローナは手から炎を吹き出させた。
……魔法、だ。
改めて見てみれば扉もかなり焦げているし、きっと蹴破るときには魔法を一緒に使っていたのだろう。
……って言うか。
お店の中で魔法なんて使わないでよーっ!?
そう言葉にしようとした瞬間――
――ゾ……ゾワワワワワワッ!!!!!!!
「きゃっ!?」
突然、私の背中を冷たいものが走り抜けていった。
……いや、何度も何度も、濃密な寒気が身体中を駆け巡っていく。
な、何これ……!?
……しかしローナも同じ寒気を感じているようで、顔からは血の気が一気に引いていた。
反面、リリーちゃんは何ともなさそうだけど……。
「――ねぇ、『温泉バカ』。
私はママから、力を使わないように言われてるの。
私、ミラにだって負けないよ?
……また、無様に漏らしちゃうの?」
「……ッ!!
ち、違っ!! あれは違うっ!! あれはそんなんじゃ無いんだから――」
ローナが謎の反論をする中、悪寒は一際強くなっていった。
この状況からして、これはリリーちゃんの仕業……?
……こんなことを出来るだなんて、やっぱりリリーちゃんは規格外……。
いや、さっきの口振りからすると、ミラちゃんもこう言うことが出来るってこと……?
「……死にたいの?」
「う……。そ、ん、……はぁっ!? きょ、今日のところととは、許してあ、あげる、わっ!!
でも、覚えておきなっさい! よ、よね!?」
ローナは震える身体を無理やり起こし、、ふらふらと逃げるように建物を出て行った。
姿が見えなくなったところで、ずっと続いていた悪寒は一気に収まる。
「……ぷはぁ。
……今の、リリーちゃんがやったの……?
リリーちゃん、凄いんだねぇ……」
「ご、ごめんなさいなの……。
怖くなかったの……?」
「んー……。
怖かったけど、私のことを守ってくれるためにやったんでしょ……?
……だから、ありがと」
「みゅ……、そう言ってくれると嬉しいの。
……『温泉バカ』のことは、ミーちゃはもう気にしなくて良いの。
私とミラに、全部任せておくの!」
「う、うん……。それじゃ、お願いしちゃっても良いかな……。
私はもう、今のだけで気が晴れちゃった……。
……守ってくれたお礼に、とっておきのお菓子を出しちゃおうかな……!」
「わーい、なの♪
……でもミーちゃ、その前にやることがあるの……」
「え? 急に、何……?
……やることって?」
疑問を口にする私に、リリーちゃんは目の前の床を指で差した。
……あれ? 何だか、濡れてる……。
「お掃除した方が良いの……」
……あー……。
ローナめ、余計な仕事を残していったな……。




