Ex38.古いノート
授業の合間に、私はイーディスの症状を事細かに紙に書いていった。
情報の抜けが無いかを十分に確認してから、その紙は昼休み中に、ミラちゃんに渡すことが出来た。
……貴重な機会だから、些細なミスを犯さないように慎重に……。
でも、リリーちゃんとミラちゃんはあまり上手くいきそうな顔をしていない。
だから私は二人にお願いするだけでなく、クラスの友達にもいろいろと聞いてまわってみた。
授業の後は先生方にも、改めて聞いてまわった。
……しかし残念ながら、有力な答えは何も返ってこなかった……。
学院からの帰り道、ふと港の方の、魔法関係のお店にも寄ってみることにした。
いろいろなものを扱っているからこそ、もしかしたら何かしらの情報があるかもしれない――
……と期待して行ったものの、最終的にはダメだった。
一応それっぽい病名を聞くことは出来たけど……、何かが違う……。何かがピンと来ない……。
でも何だかんだで、今までで一番情報が集められたかもしれない。
いつも以上に動くことが出来れば、いつも以上に成果が上がる……って言うことなのかな。
――……さて、他には情報を得られる場所は無いかな?
時間は遅くなってきたが、まだまだ情報を収集する気力は残っている。
少し集中力は切れそうではあるけど、それでもまだまだ――
「あ……、そうだ……」
今日は『ダメ元』が何となく通りそうな日だ。
だからこそ私はダメ元で、あまり行かない場所に行ってみることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……よっ、ミーシャ!」
私は今、立派なお屋敷の客室にいる。
何を隠そう、ここはスプリングフィールド家のお屋敷なのである。
「こんばんわ。
ごめんね、急に押し掛けちゃって」
「いや、大丈夫だけどさ。
それにしてもミーシャがうちに来るなんて、珍しいよな」
そう言うと、ルーファスは頭を掻きながら私の前のソファーに座った。
……うーん?
私は来るのが珍しいけど、フランは良く来ていた……とか、なのかな?
まぁいいや、今日の本題はそれじゃないし。
「実はさ……、イーディスのお母さんから手紙が来たの。
イーディス、今年はもう体調を崩しちゃったんだって」
「……え? それって早過ぎないか?
いつもはもっと、寒くなってからだろ?」
「うん、だから心配になっちゃって……。
それで改めて、誰か病気のことを知らないか、ダメ元で聞いてまわっているの」
「……ん、そっか……。
俺も出来る限りは調べているんだけど、いまいち良い情報が無くてな……。
それっぽい情報は出て来るんだけど、どうにも違うっぽいって言うか……」
「私も今日、それっぽい病名をひとつだけ聞けたよ。
えぇっと……、『ガゼルタ風邪』……ってやつ」
「あー、それは高山で罹るヤツだろ?
空気が薄いのが影響して……って話だから、似てはいるけど違うものだよ」
「えー……。
あー、やっぱり違う……のかぁ……」
「単に似ているだけの病気ならもうちょっと見つけてはいるんだけどな。
でも、季節感があるものは無くて……。
名の知れた医者……今までに20人くらいに聞いてみたんだけど――
……ああ、ちょっと待っててくれな」
そう言うと、ルーファスは客室から走って出て行ってしまった。
そして待つこと15分ほど、ルーファスは息を切らして戻って来た。
「あ、お帰り!」
「ごめんごめん、今日はイーディスの話になるとは思っていなかったからさ。
部屋に戻って、いろいろまとめたノートを持ってきたんだ」
ルーファスは改めて私の前に座り、古そうなノートをぱらぱらとめくり始めた。
「……それ、イーディスの病気を調べたやつ?」
「んー……、まぁな……。
ここだけの話……ってやつも書いてあるから、他のヤツには見せられないんだけど……」
「ふぅん……?
でも、結構な量が書いてあるね……」
「何がきっかけに話が進むか分からないからさ、些細なことも全部書いていたんだよ。
……えっと、それで……確証は全然無いんだけど、ひとつだけ可能性が残っているものはあるかな……」
「え、本当に?」
「ただ、これだって違う可能性が高いから……。
そんな情報、村の人に渡すわけにはいかないだろ?
スプリングフィールド家からの情報……だなんて言ったら、ある程度の信憑性が無いとまずいし……」
「う、確かに……」
私とルーファスが話をしていると、お屋敷のメイドさんが紙とペンを持ってきてくれた。
ルーファスはそれを受け取り、自分のノートを見ながら、何かを書き写していく。
「――……これが今のところ、一番有力な病名。
でも、多分関係ない……と思う。正直、あんまり渡したくないけど……何も無いと、ミーシャも納得しなさそうだし」
ルーファスは複雑そうな顔をしながら、紙を渡してきた。
「ごめんね、無理を言っちゃって……。
でも、ルーファスもちゃんと調べてくれていたんだね……」
「まぁ……な。
……ミーシャはさ、最近フランから……何か聞いたか?」
ルーファスは痛々しい顔で、そんなことを聞いてきた。
確かフランと喧嘩したとき、イーディスの病気のことも問題になっちゃったんだよね。
「うん……。
いろいろ聞いたけど……でも、ルーファスだってイーディスのこと、調べてくれてたんだよね?
だから、すれ違いがあったみたいだって……私の方から伝えておくよ」
「……いや。
情報が不確かとは言え、何も言ってなかったのは俺が悪いし……。
ミーシャには申し訳ないけど、今は何もしないでおいてくれるかな……」
「そ、そう……? 大丈夫……?
せめて、ちゃんと調べてくれていたことくらいは……、伝えた方が……」
「……まぁ、そこは任せるよ。
俺よりもミーシャの方が、フランのことは詳しいだろうから」
そう言うと、ルーファスは困ったように笑った。
確かに『友達』としては、私の方が身近かもしれないけど……。
私も少し困ってしまい、ルーファスから受け取った紙に自然と視線が流れていく。
そこには病名と、その特徴が書いてあって――
「……あのさ、ダメ元で聞いてみるんだけど……」
「ん?」
「仮にこの病気だったとしてさ……。
……薬って、あるのかな……」
「いや、俺の聞いた限りじゃ無いみたいだな。
その病気は長年苦しんでから、死に至る……みたいな感じだから。
……でも教えておいて何だけど、やっぱりイーディスの症状とは少し違うから――」
「もし。
……もしも、なんだけど」
「うん?」
「病名が分かっているなら……、その……。
アイナ様に……薬を作ってもらうってのは……無理、なのかな……」
聖国を作り、神器を作り、あらゆる薬を作ってきたと言う伝説の錬金術士。
今までは伝説上の人物でしかなかったけど、しかしその人は実在し、しかもルーファスは既に会ってきているのだ。
……アイナ様本人は不老不死だって話だし、もしかしたらエリクサーの最上位版を作ったことがあるのかもしれない。
エリクサーの精製においては、一番の問題となる『賢者の石』は触媒として使用される。
つまり使っても無くならないわけだから、既に『賢者の石』を持っているのであれば、大きなハードルのひとつはクリア出来るわけだ。
……ただ、そこからも難所が続いていくから、おいそれと作れるものでは無いんだろうけど……。
「――それは、ダメ……だな」
「え、何で!?」
「……アイナ様は今、基本的には誰の依頼も受けていない。
例外はあるけど、本人が直接使うもの、直接必要とするもの――
……それを、条件付きで受けているくらいなんだ」
「本人が直接……って。イーディスは病人なんだよ……?
それにアイナ様の居場所だって、私には分からないし……」
「……ごめんな」
ルーファスは、アイナ様の居場所を知っている。
しかし、私に話すことは絶対にしないはずだ。
ルーファスの立場を考えれば、彼の行動を洗って調べる……なんてことはしたく無い。
……何故って、それは友達を裏切る行為だからだ。
仲が良いとしても、人間関係である以上、超えてはいけない一線が存在する。
私はルーファスとも仲良くしていきたい。
……だからこそ、私は別のルートで探さなくてはいけないのだ。




