Ex37.手紙
……何となく気が晴れない日々。
主にはフランとルーファスのことが原因なんだけど……。
仲の良い友達同士が上手くいっていないのは、やはり気になってしまうよね……。
さすがに長い付き合いだから、ちょっとした喧嘩なら今までにも何回だってあった。
でも、こんな風にこじれるのは初めてなんじゃないかな……。
今日は授業が終わったあと、フランの部屋に寄ってみた。
ちょうど帰って来たところを捕まえることが出来たけど、フランの様子はやはりおかしかった。
……体調が悪くて、早めに帰ってきたんだって。
部屋の中には一応、誘われはしたものの……、さすがにそんな状態では控えておくことにした。
休むつもりで早く帰って来たんだから、負担を掛けるわけにもいかないし……。
「――はぁ……。
どうしよ……」
何とも繊細な問題だけに、下手に首を突っ込めば収拾がつかなくなってしまう可能性だってある。
私も一度、ルーファスに会ってみることにしようかなぁ……。
それ以外となると、あとはもう黙って放っておくくらいしか思い付かないし――
――コンコンコン
「……おっと? 誰かな?」
お店のスペースで一人悩んでいるところに、突然聞こえてきたノックの音。
もう18時になっているけど、こんな時間に誰が何の用だろう……。
私が扉を開けると、そこには若い男性が一人立っていた。
「こちら、オールディスさんのお宅ですか?
表札が掛かっていなかったのですが……」
「あ、まだ掛けていないんです、すいません。
えっと、それでご用件は……?」
「はい、夜分遅くにすいません。
手紙のお届けに参りました」
「手紙? ……あ、郵便屋さんでしたか!
まだ聖都の暮らしに慣れていなくて、すいません」
よくよく見てみれば、目の前の男性は郵便屋さんの制服を着ている。
大きな街には、手紙を届ける専門の人がいるのだ。
ちなみに私の村には、そんな人はいなかったから――
……なるほどなるほど。ちょっと田舎者っぽいところを見せてしまったかな。
「それでは、こちらの手紙をどうぞ。
手紙を送る場合は、冒険者ギルドやポエール商会などの拠点で承っております。
機会がありましたら、お気軽にご利用ください」
「はい、分かりました。今度使わせて頂きます!」
郵便屋さんは一礼をすると、そのまま急ぎ足で帰っていった。
こんな時間までご苦労様です。
あなたたちのおかげで、街の人はみんな、手紙を楽しんでいると思います。
「……感謝、感謝……っと。
さて、この手紙は誰からかな~?」
舞い上がる気持ちを抑えつつ、私は封筒の裏面を確認してみた。
すると、そこには私の良く知る名前があった。
「……イーディスの、お母さん……?」
この時期、イーディスの体調はいつもそこまでは崩れていないはず。
それなのに、本人からでは無く、お母さんから連絡が来るなんて……?
……私は嫌な予感を抱きつつ、大急ぎで封を切ることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――……ミーちゃ? どうしたの?」
「大丈夫ですか? 顔色が悪いですわよ……?」
次の日の朝、錬金術学院にて。
授業の開始を待っていると、リリーちゃんとミラちゃんが私に話し掛けてきてくれた。
「あ……。二人とも、おはよ……。
……考え事をしてて、ちょっと眠れなくて……」
「そうなの? くまー。
くまが凄いのー」
リリーちゃんが可愛い感じで、私の顔を覗き込んできた。
目の下が腫れてしまっているのは、既に家の鏡で確認済みだ。
「や、やっぱり……?
でも、2時間は……眠れたと思うよ……」
「2時間なんて……。それだけでは足りませんわ。
……何か、困ったことでもあったんですか?」
「うん、ちょっとね……。
……私の幼馴染がさ、体調を崩しちゃったみたいで……。
それで、どうしようかな……って、ずっと考えてたの……」
「それって、ミーちゃがたまに話してくれた、身体の弱い子のことなの?」
「うん。いつもはもう少し寒くなってから具合が悪くなるんだけど……。
……病気が悪化したかもしれないから、一度村に戻ってみようかなぁ……なんて思ってて」
「あら? でも、ミーシャさんの村って……。
聖都から結構、離れていませんでしたっけ……?」
「うぅ、そうなんだよ……。
往復するだけでも最低3週間は掛かるし、帰ったら帰ったでしばらく滞在したくなるだろうし……。
その間、勉強は進まなくなっちゃうんだけど……。でも、やっぱり心配だし……」
……手紙の日付は2週間前になっていた。
つまりイーディスの体調が悪くなってから、それだけの時間が既に経っていると言うことなのだ。
「でも……。
ミーちゃが帰ったら、どうにかなるの?」
「……どうにもならないけど……。
看病のお手伝いが、少し出来るくらい……?
ああ、でもお手伝いが出来るかなぁ……。
手紙にはその子の伝言も書いてあったんだよね……」
「何て書かれていたのです?」
「『ミーシャは絶対に戻って来るな』って……。
戻ったらきっと怒られるだろうけど……、それでも心配で……」
「なるほど……。
でも、それなら戻る必要は無いのでは?」
「そ、そう……? そうかなぁ……?」
「ミーちゃが入学遅れたのって、その子の看病をしていたからなの。
自分のせいでミーちゃの勉強がまた遅れたら、その子もきっと悩んじゃうと思うの」
「ぅ……。
そ、それもそうなんだけど……。でもさぁ……」
「ミーシャさんは、その子のために薬を作ろうとなさっているのでしょう?
それなら学業を進めている方が、その子も喜ぶと思いますわ。
自分のために誰かが勉強をしてくれるだなんて、それはとても素晴らしいことなのですから」
「むぅ……。うぅーん……でも、悩ましい……。
……あのさ。話は変わるけど、二人は病気に詳しい人、誰か知らないかな?」
「病気?
病気ならママが――」
「……いえ、お母様でも無理でしょう?」
「みゅ? そうなの?
……ああ、そうなの。ごめんなさいなの」
ミラちゃんの指摘に、リリーちゃんは言葉を取り下げてしまった。
さすがに万能なお母さんでも、そっちの方面はダメなのかな……。
……でも、顔は凄く広いはず!
だから本人がダメでも、誰か他の人に当たってもらえれば……!
「ううん、謝らないで!
あのさ、二人のお母さんがダメでも……、誰か詳しそうな人を紹介してもらえないかな?
手掛かりもずっと掴めなくて、本当に困ってるの……。
先生たちに聞いても、全然分からないって言うし……」
「みゅぅ……。
……ミラ~……」
「……そうですわね。
あまり期待はしないで頂きたいのですけど……、それでも良いのであれば……」
「うん、大丈夫! それで大丈夫だから!
それじゃ、詳しい症状を伝えても良い!?」
「……何か、紙にでも書いて頂けますか?
今日の帰りまでで結構ですので……」
「分かった! 授業中に書いちゃうね!」
「みゅ……。
気持ちは分かるけど、授業はちゃんと受けた方が良いの……」
「う、了解……。
……そうだよね、それがイーディスのためだもんね……」
「イーディスさん……、と仰るのですね。
私たちも、何とかお助けすることが出来れば良いのですが……」
「……ありがとう。
本当に、少しでも手掛かりが欲しいの……!
迷惑掛けちゃうけど、お願いね……!」
「……なの」
「……分かりましたわ」
私のお願いに、二人は少し辛そうな顔で返してくれた。
……私、そんなに必死だったかな。
いや、必死でも何でも、少しずつでも良いから進めていかないと……!!




