Ex36.エリクサー
「……それじゃ、またね」
「……うん」
次の日の朝、フランは元気が無いまま帰って行った。
朝食のときに交わした言葉も少なく、元気を出してくれるのはもっと先になってしまうだろう。
……時間だけが、解決してくれる。
そんなことはこの世界にはたくさんあるのだ。
……いや。
フランとルーファスが仲直りをして、告白も上手くいく……そんな未来もあるに違いない。
私としては、そうなってくれるのが一番嬉しいんだけどね……。
「さて……、雨は小降りか……。
今日はどうしようかな……」
本来であれば、錬金術をいろいろ試す予定ではあったけど……。
さすがにフランの件で、今日は一日休みたくなってしまった。
「買い物……も、ちょっとなぁ……」
買い物をメインに出掛けるのであれば、食材もしっかり買い込んでおきたいところだ。
しかしこんな雨の中、荷物をたくさん運ぶのはかなり大変なわけで……。
「……あ、そうか。
こう言うときこそ、図書館に行ってみようかな」
図書館には調べ物をすると言う、明確な目的がある。
欲しい情報が見つからなかったとしても、私の知的好奇心をきっと満たしてくれるだろう。
「よし、決まり決まり。
やることやって、ぱぱっと出掛けちゃおう!」
私は工房の掃除を簡単にしてから、王立図書館に向かうことにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――探すべきは医学書!
イーディスの病気の手掛かりが書かれた本!
もちろん関係のありそうな、薬の本とかでも問題無し!
主な症状は発熱だから、その辺りで何らかの本が見つかれば――
……そんな感じで本を探していき、流し読みをして、本を戻し、また次の本へ……。
少しでも気になった本はしっかり読み進めたいけど、今回はとりあえず量をこなすことにして……。
「……ん?
『エリクサーの精製』……?」
ふと見つけた本。
錬金術の本っぽいのに、医学書の棚にあるなんて……。
その本は2冊並んでいて、隣には1冊分のスペースが空いている。
もしかして、同じ本が3冊も……。
3冊もあるってことは、それなりに有名な……もしくは実績のある本……、って言うことだよね?
私はその本を手に取って、読書スペースで読んでみることにした。
――エリクサーの効果には『段階』がある。
怪我を完全に治す。
軽度の病気を治す。
あらゆる病気を治す。
身体の欠損部分を取り戻す。
不老を得る。
不死を得る。
……私が手にした本には、それらのことが書いてあった。
不老と不死……については理屈上の話だけど、身体の欠損辺りの話は、本の筆者が実際に目にしたものらしい。
基本的には、上位のエリクサーは、それ以下の効果を全て持つ。
例えば最後の『不死を得る』ものであれば、不老も得られるし、身体の欠損部分も取り戻せるし、病気や怪我も完全に治ってしまう……と言う具合だ。
この世界には、『不老不死』と呼ばれる存在がいくつか確認されている。
アイナ様が最も有名なところではあるが、それ以降でも何人かは確認されているのだと言う。
……ただ、『不老不死』のなり方は、エリクサー以外には知られていない。
不老不死になった人は全員がエリクサーを使ったのか……?
それとも他に、何らかの方法があるのか……?
……って、それはいいや。
私が目指すのはそこじゃないわけだし……。
「――それにしても、『怪我を完全に治す』って言うのは微妙だよね……」
効果としては確かに凄いけど、『高級ポーション』でもそれに近いくらいは回復できるはずだから……。
……回復だけなら、そこまでは違わないよね?
でも、次からの効果が凄いんだよね……。
『軽度の病気を治す』については、『軽度』がどこまで指すか分からないけど……。
どんな病気でも、軽めのものなら何でも治してしまう……のだ。
『とりあえず飲ませれば治る』。
それだけで、どれだけの命が救えてしまうものなのか……。
そしてその次、『あらゆる病気を治す』が本当に凄い。
これさえあれば、きっとイーディスの病気も簡単に治ってしまうことだろう。
ちなみにイーディスの病気って、『軽度』と『それ以外』で言うと……どっちなんだろう?
傍から見ていると、全然『軽度』って感じはしなかったけど……。
でも、あれ以上に苦しい病気もたくさんありそうだしなぁ……。
……上には上があるし、下には下がある。
それなら『あらゆる病気を治す』ものを、ひとまずは目指してしまえば良いのだろうか。
幸いなことに、どの段階のエリクサーでも素材や製法は同じらしいから……。
いわゆる『品質』によって、効果が大きく変わるタイプのアイテム……になるのかな?
「……さすがに、不老不死なんて狙わないけどね……」
ひとまず私は、本の目次から素材が書かれていそうなページを探すことにした。
その項目は簡単に見つかり、どうやら本の中心あたりに書いてあるようだった。
「お、あったあった。
えっと、まずは『賢者の石』――」
賢者の石……。
けんじゃのいし……。
けんじゃの……いし……。
「……終わった……」
その素材を見た瞬間、私の身体から一気に力が抜けてしまった。
『賢者の石』と言うのは錬金術の最高峰、遥かな高みに存在する素材……兼、触媒だ。
もしもこれを作ることが出来たら、それこそ錬金術師の最高峰に登り詰めたと言えるだろう。
……そもそも素材集めが大変。
使う設備が大変。
掛かる時間が大変。
……そんな三重苦が待っているだけに、『賢者の石』を目指す錬金術師はかなり少ない。
それこそ、まずは国のお抱え錬金術師にならなければ何も始まらない……と言うレベルになってしまうのだ。
余談ではあるが、違った素材や製法で、同一のアイテムを作れるパターンも存在する。
例えば『初級ポーション』は『癒し草』から作るものだけど、他の素材からでも一応は作ることが出来るのだ。
……少し手間は掛かってしまうんだけどね。
でももしかしたら、エリクサーにも他の作り方があるかもしれない……。
つまり、賢者の石が無くても作れる可能性が――
手にしていた本を流し読みしてから、私はエリクサーに関する別の本を探すことにした。
しかし残念ながら、具体的なことが書かれていたのはその本だけのようだった。
「……はぁ、そんな上手くはいかないか……。
でも、簡単じゃないことが分かっただけでも、今日は十分かな……」
エリクサーはそもそも、とても貴重なものなのだ。
市場に出まわることは無く、仮に売っていたとしても、お屋敷1つくらいの値段はしてしまうのだ。
「……でも、私が何とかしてみせるから……。
だから待っていてね、イーディス……」
私は決意を新たに、奇病や難病の線から探すことに路線を戻した。
時間は有限なのだ。
だから出来るだけ空回りをしないように、着実に進める道を選んでいかないと……。




