Ex35.失敗
「ごめんね、大した服が無くて……」
ずぶ濡れになったフランをお風呂に入れたあと、着る物がないので私の部屋着を貸すことに。
フランの服は、今は工房の窯の前で乾かしている。
せめて帰るころまでには、しっかりと乾いていれば良いんだけど――
……って、いやいや?
もう18時を過ぎてるよ? ちょっと遅い時間になっちゃったかな……。
「ねぇ、フラン。
今日は泊まっていく?」
私の言葉に、フランは力無く、静かにこくりと頷いた。
今に至るまで、ろくに言葉を交わせていない。
フランはずっと俯いたまま、私に勧められるままの行動を取っていた。
……こんな彼女は初めて見る。
どう考えてみたところで、何かがあったとしか思えないわけで……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
静かな食事も終えて、さてどうしたものか……と思い悩む。
ベッドも整え終わったし、何か話を切り出すのも難しい空気だし……。
ふと外を眺めて見ると、雨はまだまだ降っていた。
雨音はかなり弱くはなっているが、それでも外に出たいとは思えない程度に降っている。
「――……めん、ね……」
注意が一瞬外を向いたあと、フランの微かな声が聞こえてきた。
……ようやく聞くことの出来た、その声。
「ううん、大丈夫だよ。
今日はもう、寝ちゃおっか?」
「……うん……」
私はフランの肩を軽く支えながら、ゆっくりと部屋に案内していった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……明日も、錬金術学院はお休みだ。
だからもう一日だけは、フランの面倒を見ることが出来る。
明日はどうなるのかな。
フランも少しくらい、お話をしてくれるようになれば嬉しいんだけど……。
部屋を暗くしてから、静かにベッドの中に潜り込む。
ベッドはフランに譲ろうとしたものの、それは固辞されてしまった。
ただ、同じ部屋では寝ることになったのだ。
だから何かあっても、私はきっとフォローにまわることが出来るだろう。
「――……ね」
「ひゃふっ!?」
2、3分後、突然聞こえたフランの声に、私は驚いてしまった。
いや、声だけなら驚くほどのことでも無かったんだけど、いつの間にかフランがベッドの横に立っていたのだ。
これは……心臓に悪い……!
「……一緒に、寝ても良い……かな……?」
「うん、大丈夫だよ。
……一緒に寝るのなんて、子供のとき以来だねぇ」
私は寝たまま、身体をよじってベッドにひとり分のスペースを空けた。
あまり広いベッドでは無いけど、ふたりで寝ても問題は無いだろう。
フランは静かに、ベッドに空いたスペースに潜り込んできた。
……部屋の中は引き続き暗い。
しかし外からの微かな光が、何となく部屋の中を照らしてくれていた。
「……今日、ね……。
……ルーファスと……会ってきたんだ……」
「……うん」
しばらくして、ようやく出てきたのはそんな言葉。
想像した通りではあったけど、ここでようやく、それは確定事項になってくれた。
「……ミーシャのところにも、来たんでしょ?
あいつ……、格好良くなったよねぇ……」
ルーファス、先に私のところに来ていたのか……。
……うーん、フランの気持ちを知っているだけに、それだけで申し訳ない気持ちが生まれてくる……。
「逞しくなったって言うか……?
……一皮むけて、帰ってきた感じだよね」
実際、死に直面するほどの試練だったのだ。
それはきっと、とんでもない経験になったに違いない。
私の言葉のあと、少し間が空いてしまった。
何か失言をしてしまったのでは……と、ついつい焦ってしまう。
「……私……、あいつの一番になりたい……、よ……。
ますます、その気持ちが……強くなったの……。
……あいつが大変な場所から戻ってきたら……、まずは私のところに来てくれるくらい……、一番になりたいの……」
そう言いながら、フランは私の服を静かに掴んできた。
「ちょ……。
もしかして、私のこと……怒ってるの?」
焦りは増して、不安がどんどん募ってくる。
「……ううん。悔しかったけど……、別に怒ってはいないよ……。
でも、はっきりさせたかったの……。
ミーシャは私のこと……、本当に、応援してくれているんだよね……?」
「もちろんだよ……!
私はルーファスのこと、ただの幼馴染だとしか思っていないし……。
ルーファスも話した感じ、それは間違いないから……!」
「あいつ、分かり易いからね……。
……ごめんね、本当に。ミーシャには感謝しかしてないの……。
でも……」
「……でも?」
「ミーシャじゃないの……。
でもあいつには、好きな人が出来たの……」
「え? ルーファスに?
……それ、私の知ってる人……?」
まさかの第三者の登場に、私は驚いてしまった。
今までそんな話、聞いたことも無かったけど――
「……アイナ様」
「ほぇ」
フランの言葉に、私はまたまた驚いてしまった。
アイナ様――
……私から見れば未だに伝説上の人物だけど、そう言えばルーファスは実際に会ってきたのか。
「……あいつのあんな目……、見たくなかったよ……。
私が欲しかった言葉……、全部アイナ様に向けられているんだもん……。
……こんなタイミングで、会わなきゃ良かったよ……」
「でも、アイナ様はルーファスが護る人だし……。
恋愛対象にはならないんじゃないかな……?
ほら、憧れとか、尊敬とか、そう言う感じで……」
私の服を掴むフランの手に、少し力が入るのを感じた。
「……私も、そう思ったの……。
だから、ちょっと予定と変わっちゃったんだけど……。
……告白、しちゃったんだ……」
「えっ」
その流れでしちゃうの……?
……いや、その場の空気が分からない以上、もしかしたらそれは正しかったのかもしれないけど……。
「……そうしたらね、謝られちゃった……。
今まで察してはいたけど、何も言えなくてごめん……って。
好きな人がいるわけじゃない。ただ今は、やるべきことがあるから……って」
……確かにルーファスも、試練は終わったとは言え、大変な時期ではある。
これから来年に掛けて、彼を取り巻く環境はいくらでも変わってしまうのだから。
だからこそ、私たちはそこに告白をねじ込もうと言う作戦だったんだけど……。
「……そっか。
それじゃ、ショックだったよね……」
「でも、あいつの目は違ったの……。
好きな人がいない……そうじゃない、って思うの……。
私はあいつのこと、好きなのに……。
……それに、ケンカもしちゃって……」
「――え?」
告白してダメだった。
……そこからのケンカ?
「あいつ、私のこと……幼馴染として大切に思っている……って言うからさ……。
それなら……イーディスのことは? イーディスだって、昔一緒に遊んだよね……?
あの子は今――……うぅん、ずっと。
小さい頃から、あの子はずっと病気で苦しんでいるよね……?
でもあいつは、そんなあの子に何をしてあげたの……?
地位もお金も持っているのに、あいつは何をしてくれたの……?
……それが、大切に思っているってことなの……?」
フランの声に、悲痛なものが混ざってくる。
ルーファスの家……スプリングフィールド家は、この国の中でも影響力がかなり大きい一門だ。
私の村が束になっても、当然のように敵うことは無いだろう。
……一応、ルーファスも調べてくれてはいるんだけどね。
それでも病気の情報が得られないのは、本当に情報が無いのか、そこまで本腰を入れていないからなのか……。
ただ、そうは言っても……。
幼馴染とは言っても、結局は幼馴染なのだ。
関係が近い幼馴染もいれば、関係が遠い幼馴染もいるだろう。
その辺りを察してしまって、私は今まで、あまり強くは聞いてこなかったのかもしれない。
私にとってのイーディスと、ルーファスにとってのイーディス。
ここには違いがあって当然なのだから、どうしても情報が欲しいのであれば、私がもっと頑張るべきだったのか……。
……しかしフランが悲しんでいるのは、きっとそこでは無い。
あまり大切に扱われていない『幼馴染』という括りに、自分が入れられてしまったことが辛いのだろう。
大切にされているようで、大切にされていない。
今は感情に流されているから、そこまでは深く考えていないとは思うけど……。
「……私からも少し、話してみようか?
フランのことも、ちゃんと伝えておくからさ……」
「……大丈夫……、かな……。
ビンタして、雨の中を走って逃げちゃったんだけど……」
「……うわぁ」
「……しかも目撃者が結構いてさ……」
「……うわぁ」
……それはちょっと、ルーファスとしては汚名……だよね……。
由緒正しい貴族の長男が、平民の女の子からビンタをもらって逃げられるだなんて……。
……あれ?
私、どうしよう……?
うーん……。
上手く間を取り持てるかなぁ……。




