Ex34.大雨の中
――ザァアアアアア……。
「うわぁ……。今日は一日中、降っちゃってるねぇ……」
翌週の週末、聖都は大雨に見舞われていた。
この数年で一番の大雨……。
そう言ってしまえるくらい、雨の勢いは凄まじかった。
聖都は水竜王様が加護を与えて下さっているし、治水もしっかりとしている。
さらに今回みたいな大雨が降ったときは、普段水を供給している『水の迷宮』からの水量も少なくなるのだと言う。
……何でそんなことが出来るのかは分からないけど、ひとまずはそう言うもの……になっているらしかった。
「ま、洪水の心配は無いとして……。
でもやっぱり、怖いよね……」
村にいるときは、畑の心配もしなければいけなかった。
今年の収穫は一旦は終えているけど、これからは冬野菜の種まきもあるわけだし……。
……そう考えると、ちょうど隙間の期間に降った雨……って言うことになるのかな。
私はそんなことを思いながら、生まれ故郷を懐かしみ、ふと思いを馳せてしまった。
イーディスの薬を作るために、錬金術を学ぶために、私は聖都で一人暮らしをしている。
しかし村に残してきたのはイーディスだけでは無い。
私には家族もいるし、友達も知り合いもたくさんいるのだ。
――ゴロゴロゴロ……。
ピシャアアアァンッ!!
「うひゃっ!?」
油断をしたところに、眩い稲光――そして雷鳴が響き渡った。
雨だけではなく、雷も……かぁ。
……ほんと、今日は週末で良かったなぁ……。
明日もこんな天気かもしれないけど、幸いなことに明日も休みだ。
さすがに明後日までこんな天気……なんてことは無いよね?
……誰も訪れない、隔絶された空間。
こんな日は、いつもと違う時間が流れているような気がする。
ここには私だけしかいない。
静寂に包まれた特別感、とでも言うのだろうか。
実は私、こう言う時間も結構好きなんだよね。
非日常の時間の中で、私はお店のスペースで一人お茶を楽しむことにした。
今日は外に出ていれば、きっと酷い目に遭っただろう。
安全地帯から、危険地帯をのんびり眺める贅沢。
大雨なんて滅多に無いから、今日くらいはそれも楽しんでしまうことにしよう。
「――はぁ。温かい……」
夏も過ぎ、今は秋。
肌寒い日も多くなってきたし、熱い飲み物はしっかりと身体を温めてくれる。
さっきまで工房の窯で熱を浴びていて、少し身体が冷め始めたところだったから……、タイミングとしては丁度良かったかな?
軽く息をついてから、視線を再び外に移す。
雨だけが降り注ぎ、他は止まっている静かで喧しい世界。
新しい情報が無い視覚に対して、いろいろな思いが交錯する頭の中……。
……ちょうと1週間前、ここにルーファスがやって来た。
アイナ様の試練をクリアして、彼の人生はきっとこれから上手くまわり始めるだろう。
もちろん大変なこともたくさんあるだろうけど、スプリングフィールド家の使命を果たす立場に、無事になることが出来たのだ。
「……そっか。
試練、クリアしたんだもんね……」
椅子の背もたれに身体を預け、ぼんやりと天井を見上げてみる。
ルーファスが試練をクリアしたと言うのであれば、次はフランの告白が待っているわけだ。
……あの二人、もう会ったのかな?
先週、ルーファスとは特にフランの話をしなかった。
変に勘繰られてしまうのも嫌だったし、私だってルーファスの苦労話を聞きたかったところだし。
そもそも私のところに来る前に、フランのところに行っていたのかな……?
もし行っていなかったとしたら、あの後しっかり会いに行ったのかな……?
私はちゃんと応援やフォローをするつもりではいるけど、余計なお節介はしないようにしようと思う。
やっぱり恋愛は本人同士の話なんだから、過剰な応援はするべきではない。
大切な一歩を踏み出せないときに、そっと背中を押すのは良いことだと思う。
でも今は、まだそのタイミングでは無いだろうし……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――ドンドンドン!!
――ドンドンドン!!
「……にゅ?」
ふと気が付くと、お店の入口のドアが思い切り叩かれていた。
私は……どうやらうたた寝をしていたらしい。
外は先ほどよりも暗くなっている。
時間は……おっと、もう17時か。
……っと、いやいや。それはそれとして、誰かが来たのかな……?
「はーい、どなたですか?」
私は寝起きの声を隠すように、努めて明るく返事をした。
「……こんばんわ。
君の友達を連れてきたんだけど、ちょっと良いかな?」
思い掛けない言葉。
そして声の主は、大人の男性。
軽く記憶を辿ってみるが、覚えの無い声だった。
「友達……ですか?
えっと……、誰でしょう……?」
こんな雨の中、こんなところまで来る友達……。
そもそもこの場所のことは、一部の知り合いしか知らないのだ。
その中で特に友達と言えるのは、リリーちゃんと、ミラちゃんと、ルーファスと――
「……君の友達は、フランちゃんって名前だそうだよ。
心当たりがあるなら、扉を開けて欲しいな」
――そう、あとはフランくらいなもの……。
私は扉にチェーンが掛かっていることを確認してから、恐る恐る扉を少し開けてみることにした。
……そこにはずぶ濡れになったフランの姿があった。
そしてその横には、見知らぬ男性が立っていた。
……誰?
いや、それよりも――
私は扉を開けて、フランの元に駆け寄った。
「ど、どうしたの!?
こんなに濡れちゃって!!」
「……ぅ」
私の言葉に、フランは沈痛な表情を見せてから、そのまま俯いてしまった。
これはどう見ても、ただ事では無いようだけど――
……そう思いながら、私は自然と隣の男性を見上げてしまう。
「それで、あの……。あなたは……?」
「あ、僕はただの通りすがりだよ。
……橋のところで、この子を見つけてね。
帰る場所があるかを聞いたら、この場所を教えてくれたんだ」
「そうだったんですか……。
送って頂きまして、ありがとうございました……」
そう言いながら、私はフランの服を軽く引っ張った。
フランは力の無いまま、一回だけ頷いた。
……今のやり取りの中で、特に違うところは無かったようだ。
それならこの男性は、本当にただの通りすがり……になるわけだ。
「それじゃ、確かに送り届けたからね。
身体も冷えちゃっているから、しっかり温めてあげてね」
「はい、ありがとうございます」
簡単な挨拶を交わすと、その男性は雨の中を走っていってしまった。
こんな雨の日にお節介を焼いてくれるだなんて、本当に親切な人だなぁ……。
――……さて。今は感心している場合では無い。
私はフランを建物の中に入れてから、濡れた上着を脱がせてあげた。
工房の窯でこのまま温まってもらっても良いけど、身体の芯から温めるには、やっぱりお風呂が良いだろう。
「ねぇ、身体が冷えちゃったでしょ?
今、お風呂沸かすから――」
そう言ってお風呂に向かおうとしたところで、フランが私の服を掴んできた。
その手は震えている。
寒さからなのか、他の理由からなのか。
「……ミーシャ……。
私……、私……っ!」
フランは悲痛な声を上げると、そのまま私に抱き付いてきた。
……冷たい。
水を滴り落としながら、私の胸に飛び込んで来たフラン。
……この時点で、私にはもう悪い予感しかしなかったわけで……。




