85.宗教都市メルタテオス
「おおぉー、ここが宗教都市メルタテオスですか!!」
鉱山都市ミラエルツを発ってから一週間後の昼過ぎ、私たちはメルタテオスに到着した。
どことなく神秘的というか、宗教の影響が入った建物が多い感じの街。
ミラエルツの力強い雰囲気とはずいぶん違い、こちらは歴史的な雰囲気を纏っていた。
人の数はミラエルツよりも少なく感じられるが、それは街が広く作られているからかもしれない。道幅なんて、無駄に広いしね。
「ちなみにエミリアさんは、『神託の迷宮』に向かう途中でここには寄ったんですか?」
「はい、三日ほどですが滞在しましたよ。
他の宗教の方々と少し交流して、それだけで終わってしまいましたけど」
「ああ、そういうのもあるんですね。ルークは来たことはあるの?」
「いえ、私は初めてです。行動範囲はミラエルツくらいまででしたもので」
「なるほど、そしたらここからは私と一緒だね。未知の世界だ!」
「ははは、そうなりますね。せっかくですし、これからはできるだけ知見を広げていきたいものです」
「でもルークさん、ここは主に宗教関係が多いですからね。
あまり深入りしすぎると酷い目に遭うかもしれませんよ」
「酷い目、ですか?」
「宗教は心の拠り所になりますが、逆にそれを利用されて心の奥まで蝕まれる場合もあるんです」
「なるほど……。でも私は大丈夫です、アイナ様がいますから」
「え? そういうのは私でも助けられるもの? そういう薬もあるのかなぁ?」
「いえいえ、そういうことではなくて……ルークさんが一番信じているのがアイナさんってことでしょう?」
「そうです。アイナ様がいる限り、宗教になんて目もくれませんよ」
「ああ、そういう?」
ふむ、それは嬉しいものだけど、あんまり行き過ぎると少し怖いような気も?
何らかの事情で離れ離れになっちゃったら、ルークはどうなるんだろう。うーん、とりあえず離れる気は無いんだけどちょっと心配だ。
「――あ、そうだ。アイナさん、メルタテオスには少し面白いところがあるんですよ」
「面白いところ? 宗教関係ですか?」
「はい、ちょっと行ってみませんか? まだお昼を少し回ったくらいですし」
「私は良いですよ。ルークは大丈夫?」
「はい、問題ありません。それにしても宗教関係で面白いところ、ですか? 観光施設とか……?」
「そうですねぇ……。うーん、ちょっと説明し難いので、まずは行ってみましょう!」
エミリアさんの案内で、ひとまず私たちはメルタテオスを歩き始めた。
見る景色や人の服装が今までの街とはどこか違って面白い。
今までにない宗教的な雰囲気に心も踊るというものだ。異文化って素晴らしいなぁ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
三十分ほど歩くと、何となく神殿っぽい建物に着いた。
何となく――というのは、外観は確かに神殿っぽいんだけど、そこまでは大きくないんだよね。
「アイナさん。ここです、ここ!」
「立派なような……小さいような……そんな建物ですね?」
「そうですね。でも入口は開け放たれていますし、入場は自由なんでしょうか」
「ここは入場自由です! ささ、入りましょう!」
エミリアさんの引率で建物の中に入っていく。
人がまばらにおり、展示している何かをみんな静かに見ているようだった。
うーん、何となくこの雰囲気は知っているぞ。
えぇっと、何ていえば良いのかな……。
例えば日本でいうと……江戸時代のお城の中が改築されていて、内部に歴史的な資料が飾られているって感じ? そうだ、これだ!
「――ここは宗教関連の資料を展示する場所ですか?」
「うーん、そうと言えばそうですね」
「そうと言えば? 違うんですか?」
「ふふふ♪ あ、ルークさんが言っていた『パププパペロッチ教』はコレですね」
エミリアさんの指差した場所にはパププパペロッチ教の資料が置かれていた。
不思議な像も置いてあり、こんなの誰が信仰するものなのかなぁ……という思いが湧き上がる。
「こ、これを信仰するんですか?
……いえ、メルタテオスから戻って来た同僚が楽しそうに話をするもので、どういうものかは気になっていたんですが……」
ルークは不思議な像をまじまじと見てつぶやいた。
「信者はいないか、ほとんどいないかと思いますよ」
「え? ここに資料があるのに?」
「ふふふ、実はですね。ここの施設は自作の宗教を展示することができる場所なんです!」
「「は???」」
「広まっていない宗教の布教の足掛かりとして使うもよし、創作として作った宗教を広めるもよし。
そんな感じの、ちょっと変わった施設なんですよ」
「えぇ……? 宗教ってそんなに緩くて良いんですか……」
「それは違いますよ、アイナさん。ここは『世界の理』を様々な可能性から提示する、とても神聖な場所なんです!」
そんなことを言いながら、エミリアさんの顔は笑いを堪えている。
「な、なるほど……? それではとりあえずパププパペロッチ教の内容でも見てみることにしましょうか」
「そうですね、名前で出落ち感がしますが、中身はまともかもしれませんしね」
「私も内容までは知りませんし、読んでみることにしましょう」
『人の上には、神がいる。神の上には、その神がいる。その神の上には、またその神がいる。
何かの存在に対して、必ずその上位の存在が在ることが真理である。
ならば究極的な上位まで辿り着けば、その上には何があるのか?
究極的な上位とは、つまり究極的な下位を示す。それは食物連鎖と同じことである。
この上下関係は壮大な序列の輪を作り出し、どこかを切れば、そこが究極的な上位と究極的な下位と成り得る。
つまり人の身であっても、神と成り得るのだ。
あなたの行動は何らかの世界に影響を及ぼし、そして何者かの魂を救済あるいは困窮させている。
あなたは何かにすがる楽だけを求めず、何かにすがられる苦しみと喜びを噛み締めながら人生を歩むべきだ』
「――何ですか。何か深いぞコレ」
「思ったのとちょっと違いますね……」
「私も、名前からしてもっとおかしな感じだと思っていたのですが……」
「思いがけず存在の序列の話になっていますね」
「ははぁ、しかし神の上……ですか。ルーンセラフィス教とはまるで違いますね、こんな考え方もあるものなんですか」
「私の生まれた国の創作物では見かけましたよ。神様の上の神様あたりは割と。
上と下が繋がってるなんてのは、さすがに初めて見ましたけど」
「さすがアイナさんの生まれた国……。
しかし誰でも神様になれるのであれば、アイナさんも神様になれるんですね」
「あはは、そういうことになりますね。ほれほれ、我を崇めよ」
「ははっ。かしこまりました」
「……ルークがいうと、どうにも洒落に聞こえない」
「確かにそうかもですね……。
ちなみにお金を払えば展示スペースを貸してくれるんですよ。
あそこの場所が空いてるみたいですし、アイナさんもどうですか?」
「いやいや、だからですね……。
――いや? あー、ちょっと良いかもしれませんね!」
「「え?」」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そして三十分後――。
「お待たせしました! 場所を借りて展示してみました!」
「ぶはっ!」
「えぇ、アイナ様……これは――」
「ガルルン教!!」
展示スペースにちょこんと置かれたガルルンの木彫りの置物。
これはガルーナ村のセシリアちゃんから最初にもらったものだ。
そしてその前にそれっぽく置いた羊皮紙には、シンプルにこう書いておいた。
『我を信じよ。 ガルルン』
「……アイナさん、何かここだけシュールな光景なんですけど……」
笑いを堪えながらエミリアさんが言う。
「いえいえ! 他が賑やかな場所にあって、このシンプルさはある意味で力強いと思います!」
「なるほど……? しかし教義も何も分かりませんね」
「『我を信じよ』ですから、ガルルンを信じるでも良いし、自分自身を信じても大丈夫です!」
「おお、そう考えるとちょっと深い感じがしてきました。
……まぁ分かり難いですし、連絡先も分かりませんけど」
「ぶっちゃけ連絡されても困りますしね。
あ、ガルーナ村のことを書いておいた方が良いかな? 置物は作ってるわけですし」
「でもそうすると、一気に置物を売ってるように見えちゃいますね」
「む、それは嫌ですね。それではこのままで」
「あ、はい。ところでアイナさん、展示スペースはいつまで借りたんですか?」
「さて、そろそろ冒険者ギルドと宿屋を探しましょうか!」
「アイナさん、いつまで借りたんですかー?」
「ささ、エミリアさんも行きますよ!」
「アイナさーん、いつまで借りたんですか~?」
「帰りにお菓子でも買っていきましょう!」
「良いですね! ささ、ぱぱっと行きましょう!」
この日、世界の片隅でひとつの宗教が生まれた。
それがどんな意味を持つのか、今は誰の知るところではないのだが――。




