Ex29.来客
学院の帰り道は何となく、周囲がいつもより活気的に見えた。
空は夕暮れの色に染まってはいるが、こんな時間にも関わらず今日がまだまだ続く、みたいな。
……収穫祭まで、あと少しだもんね。
聖都で行うイベントの中では最大の部類に入るし、きっと準備にも熱が入るのだろう。
今年もまた、豊作だったって言うし……。
この国は水竜王セミラミス様と、さらには絶対神アドラルーン様の加護を受けているのだと言う。
だから……なのかな? 豊作の年が、他の国に比べて圧倒的に多いんだよね。
そんなこともあって、この国ではセレスティア教とガルルン教がずっと二大勢力になっているんだって。
他の信仰なんて、入ってくる隙間も無い感じで。
「……私もいつか、余裕が出来たら準備をする側にまわってみたいなぁ……。
例えば収穫祭のために、自分のお店で何かを売る、とか――」
気分が高揚しているのだろうか。
私はついつい、まだ見ぬ未来に思いを馳せてしまった。
乗り越えるべき現実はたくさんあるが、空想はそれらを一気に飛び越えていける。
気分転換くらい、気持ち良く飛んでいきたいものだよね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
工房に戻ると、私はまず窯に火を付けた。
今日は中級ポーションのことを授業で学んだから、実技の復習をするつもりなのだ。
中級……とは言え、難しいところがいくつもあるから、少しずつ出来るようにしていかないとね。
しかし火を付けた矢先、お店の方から呼び鈴の音が聞こえてきた。
……誰だろう?
お店は開いていないけど、ひとまず様子は見に行こうかな……。
「――お、いたか!
ミーシャ、こんばんわ!」
私がドアに近付くと、返事をしていないのに外から声を掛けられた。
物音も立てないように気を付けたつもりだったんだけど――
……って、あれ? 今の声はルーファス……、かな?
私は急いでドアを開けることにした。
「こんばんわ。こんな時間に、一体どうしたの?」
「いやー、最近ミーシャにも会っていなかったなぁって思ってさ。
今、時間は大丈夫か?」
「大丈夫だけど……。
ルーファスの方こそ大丈夫なの? 試練の準備で忙しいんでしょ?」
「まぁな。でも今日は大丈夫!
それでさ、実はお願いがあって来たんだよ」
「え? お願い?
……私に?」
思い掛けない、ルーファスからの言葉。
もちろん、手伝えることなら手伝うけど……。
「ミーシャの作ったポーション、あったら分けて欲しいんだ。
試練に必要になってさ」
「ポーションが要るの? やっぱり試練って危険なんだねぇ……。
……でも、私が作るポーションは品質がそんなに良くないよ?
それに、まともに作れるのなんて初級ポーションと毒治癒ポーションくらいなものだし……」
他にも学院で習ったものならある程度は作れるけど、試練で使えそうなポーションは思い当たらない……。
それにぶっちゃけ、ポーションが欲しいなら他で買った方が良い気がする。
多少お金が掛かったとしても、ルーファスの家はお金持ちなんだし。
一世一代の試練で使うのなら、大枚はたいて高級ポーションでも買っていった方が良いんじゃないかな……。
「使えるものは、同世代の職人が作ったもの……って条件があってさ。
錬金術ならミーシャだろ? だから聞いてみたんだけど……」
「はぁ、不思議な条件だね……。まぁ、私で良いなら手伝うよ。
でもそれ、律儀に守らなくても分からないんじゃない……?」
「そこはアイナ様の試練だからな。
俺としては絶対にバレる気がするぞ……。
それに俺は、どんな試練にも真正面から挑戦したいんだよ」
「ルーファスも大概に真面目だからね……。
それで、使うのは初級ポーションだけで良い?
中級ポーションも作れはするけど、品質は最低に近いからね」
「ああ、初級ポーションだけで大丈夫。
……いや、念のために毒治癒ポーションももらえるかな?」
「はい、毎度あり~。
って、もちろん買っていってくれるんだよね!」
「ああ、もちろんさ。
職人に敬意を払えって言うのは、うちの家訓でもあるしな」
「あはは、さすが錬金術師に仕える家系だね~」
「うーん、それが理由なのかな……。
でも、他人の仕事に敬意を払うのは当然のことだろ?」
「まぁそうなんだけどね。
でも職人を下に見て、当然だって思わない人も結構いるんだよ」
「へぇ……。
そんなもんなのかぁ……」
私の言葉に、ルーファスは変に考え込んでしまった。
理想は理想、現実は現実。
自分さえ良ければ他人なんてどうでも良い人なんて、世の中にはたくさんいるからね。
「……ところでお茶でも飲む?
夕食までは出せないけど」
「お、それじゃ頂こうかな。
あ、出がらしでも大丈夫だから」
「いやいや!
貴族様に出がらしなんて、さすがに出せないよ!」
「ははは。ミーシャからそう言われると、ちょっと変な気がするなぁ」
「えー? そうかなぁ……?」
でもまぁ、実際はそうなのかもしれないね。
私にとって、ルーファスは貴族だから交流がある……のでは無く、昔に偶然知り合ったから交流がある……って感じだし。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ひとまず作ってあった初級ポーションと毒治癒ポーションをいくつか包み、ルーファスに手渡した。
品質は普通くらいだから、値段も普通くらいで。
「はぁ……。この工房を借りて以来、ここで初めて物が売れたよ……。
知り合いとは言え、やっぱり嬉しいものだなぁ」
「俺もまさかこんな一等地で、知り合いから普通の初級ポーションを買うとは思わなかったよ……」
「若干の含みを感じるけど……。
まぁ何ともかんとも、数奇な縁だよねぇ」
「そうだよなぁ」
そんな話をしながら、私とルーファスは笑い合った。
先日会ったときはフランも一緒だったから、ルーファスと二人っきりというのは随分と久し振りになる。
……何となく改めて眺めてみると、ルーファスはやっぱり格好良く見えた。
しかしそれと同時に、異性としては特に惹かれていない自分を確認することが出来て一安心。
「ところでミーシャ。
最近フランとは会っているのか?」
「え? 休暇中はそれなりに会っていたよ?」
「あ、そうなんだ? いやさ、フランが最近ミーシャの話をしないから……。
どうしたのかなって思って」
「ケンカとかは別にしていないからね?
って言うか、むしろ悩みを話し合ったり、仲は前より良くなっていると思うよ?」
悩み……と言うのは、もちろんフランのルーファスへの恋心……のことだけどね。
そしてその悩みは、フランと私の中で共有されて、まさに今解決へと進んでいるところなのだ。
「……そっか、それなら良かった。
たまにアイツの思い詰めたような顔も見るし、心配していたんだよ」
「あはは、大丈夫大丈夫!
何なら今からフランを呼ぶ?」
「今からって……。一体何時になるんだよ……」
「ああ、それもそっか」
フランの家に行って、準備をしてもらって、ここまで連れてくる。
日中ならともかく、日が暮れたあとでは現実的では無いか……。
私たちはそのまま、とりとめのない話を1時間ほどした。
気が付けば、いつの間にか結構な時間になってしまっている。
「――……さて、そろそろ帰るとするか。
次にミーシャと会えるのは、多分収穫祭のあとになるかな……」
「わぁ……。
やっぱり試練が長引きそうなんだね……」
「経験者の話を聞いてるとな……。
出来ることは全部やっているつもりだけど、正直ずっと緊張していてさ……」
「あ、それなら『ティミスの茶葉』も持っていく?
失敗作があるから、無料で良いよ!」
「……おい。失敗作を渡すなよ……」
「いやいや、ちょっと苦いだけだよ?
ほら、この前飲んでもらったやつ」
「ああ、あれくらいなら……うん、大丈夫かな。
それじゃ、それも頼むよ」
「おっけー♪」
私は『ティミスの茶葉』を紙袋に入れて、ルーファスに手渡した。
もしも将来お店を持ったら、今みたいな感じでお客さんに提案しながら物を売ったりするのかな?
「……どうした? 何だか楽しそうだな?」
「ちょっとね。
お店もやっぱり、やってみたいかなー……なんて思って」
「おー、良いじゃん!
立派な錬金術師になったら、俺が出資してやるよ!」
「うわぁ、まさに貴族みたいな発言を頂きましたー!」
「ははは♪
でも困ったことがあったら、俺に何でも相談してくれよな!」
そう言うと、ルーファスは機嫌を良くしながら帰っていった。
……そっか。
ルーファスの家は、お金持ちだもんね。
なるほどなるほど、出資されると言う選択肢もあるのか……。
……でも上下関係が出来てしまいそうだなぁ。
友達との間にそう言うのは作りたくないけど……。
うーん。
……でもまぁ、最後の手段……くらいに覚えておくことにしようかな。




