84.勉強の約束
次の朝、私たちは宿屋の食堂で合流した。
さすがに小さな村の宿なので、部屋を出たところで落ち合うのは狭かったというか……そんな感じだ。
「おはよー。ゆっくり眠れました?」
「おはようございます、私はばっちりですよ! ほらほら、見てください!
アイナさんからもらったヘアオイルのおかげで、髪の調子も良いんですよー」
「あ、私も使ってみたんですけど、すごく良いですよね!」
「ところで、もしかして乳液みたいのも作れたりしますか? 作れるならそれも欲しいんですが……」
「乳液ですか。あとで確認してみますね!
――というわけで、ルークもおはよう」
「おはようございます。
……そ、そうですね。今日はいつにも増して良い感じがしますね」
ん? ああ、もしかして上手くまとまった髪を褒めてくれてるのかな。
お酒が入ったらストレートに来そうだけど、素面のときはちょっと言葉遣いが慎重だよね。
「あはは、ありがと。ルークも欲しくなったら言ってね。なかなか髪がまとまりやすくて使いやすいから」
「分かりました、お気遣いありがとうございます」
「さてさて、朝食のメニューは何かな? ――あ、サンドイッチのセットみたいですね。
……エミリアさん、足りますか?」
「大丈夫ですよー。アイナさんたちと会うまでは、これくらいが普通でしたから」
足りないけど一応は大丈夫、という感じかな?
エミリアさんにはせめて私たちと一緒のときくらいはたくさん美味しく食べてもらいたいものだけど……。
そう考えると、ミラエルツの食事事情はエミリアさんにぴったり合っていたんだろうなぁ。
「――そうだ、少しパンでも買い貯めしておきましょうか。
私のアイテムボックスなら時間が流れないので保存が効きますし」
「そうですね。もしものときのために良いかもですね」
「もしものとき、ですか?」
「ほらほら、野盗に馬車が奪われて歩く羽目になっちゃったときとか――」
「いやいや、洒落にならないことを言わないでくださいよ。
でも野盗くらいなら用心棒の人たちがいるし、それにルークもいるし、大丈夫でしょう」
「ははは、そこらの野盗なら大丈夫ですね。
でもたまに熟練の冒険者崩れの野盗が混ざっていたりして、油断はなかなかできないんですよ」
「なるほど。確かに英雄シルヴェスターあたりが野盗になったらすごそうですもんね」
「神器を持った英雄が野盗に……。何か壮絶なドラマが見え隠れしますね……」
「確かに。まぁさすがにそれは無いとして、油断はしないようにしましょう」
「――そういえばメルタテオスって宗教都市なんですよね。エミリアさん、どんな街かご存知ですか?」
「えっと……簡単に言うと、いろいろな宗教がごった返している街ですよ」
「へぇ?」
「以前お話しましたが、私が信仰しているのはルーンセラフィス教です。
これは世界の中で最もメジャーな信仰でして、この国の国教のような感じにもなっています」
「ふむふむ」
「そんなわけで王都ではルーンセラフィス教が勢力を持っているのですが、それ以外のものがメルタテオスに集まっている感じですね」
「へー。違う宗教なのに、同じ街に集まっちゃうんですね?」
「はい。メルタテオスに本拠地を置くと、税金が免除されますので」
「理由はお金だった!?」
……いわゆる日本の宗教法人が税金を優遇されているみたいな感じかな?
信仰とはいえお金が関わることだし……まぁ、仕方なのかね?
「そういえばメルタテオスにはパププパペロッチ教というものがあるのだとか」
「へ? 急にどうしたの、ルーク?」
「いえ、何か語呂が良かったのでつい覚えてしまったのですが」
パププパペロッチ教。
……ああ、なるほど。
「それで、それってどういう宗教なの?」
「さぁ……? しかしメルタテオスには大小様々な宗教がありますからね。変わったものもたくさんありますよ」
「アイナさんがもし宗教を作るなら、まずはメルタテオスで旗揚げをするのが良いですね」
「いやいや、私は別に宗教なんて作りませんけど?」
「でも何かすごいアイテムを錬金術で作って、『これが神の奇跡だ!』とか言っちゃえばすぐに信者が集まりそうですよ」
「実際、まがい物ではなくて本物ですからね、アイナ様の場合は……」
「確かに」
ルークとエミリアさんは何か納得しあっている。
確かに日本でも『癌が治る水』とかが(詐欺で?)売れているらしいし、実際本当に癌が治るくらいの水があれば宗教として成立してしまうだろう。
私だったらそれくらいの薬は作ってしまえそうだし。
「でも、私の場合は宗教を挟む理由は無いですからね。
薬を作って誰かを治すのであれば、別にそのまま薬を渡せば良いわけですし」
「でも、信仰は心のケアというところで役に立ちますよ」
「あ、なるほど。そういう面もありましたか……。ふむ、それなら良いですね。
身心共に救われるのなら、宗教もありっぽい」
「そうですよ! ではアイナさんもルーンセラフィス教に――」
「入りません」
「くぅっ。でもアイナさんがプリーストになったら、かっこよくてかわいいと思うんですけどねー」
「プリーストって、もしかしてエミリアさんの着てるような法衣を着ることになるんですか?」
「ですです。きっと似合いますよ!」
「それは楽しそうですね。でも私は錬金術に生きますので、残念ながらプリーストには!」
「残念……。ちなみに信徒の中には錬金術師の方もいるんですよ。どちらかと言えば薬師って感じではありますけど」
「そうなんですか?」
「ええ。病気の信徒の方もたくさんいますから。そういった方のためにお薬を作ってるんです。
……まぁ、アイナさんの足元には及びませんけど」
「さすがに私と比べるのは可哀そうですよ……」
「そうですよね、れべるきゅうじゅうきゅうですもんね……」
「エミリアさん、それはシーっ!」
「はっ!? 失礼しました、どこで誰が聞いているか分かりませんしね。注意注意!」
「です! さて、そろそろ朝食を食べちゃいましょうか」
「はい、ゆっくりしすぎてたら馬車も行っちゃいますからね。ぱぱっと食べちゃいましょう!」
「あはは、それじゃいただきまーす」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ゴトゴトゴト……。
馬車は揺れながら、今日もメルタテオスへの道を進み続ける。
「それにしても良い天気ですねー」
「そうですねー。この揺れも慣れてしまえばこう、心地良いと言いますか……すやぁ」
「……えっ!? この流れで寝ちゃうんですか!?」
「すやすや……」
「うーん、エミリアさんが寝ちゃった」
「流れるように寝入りましたね……。
しかし本当にうららかな陽気といった感じですし、仕方ないのでしょうか?」
「まぁ、他の人も寝てるしねぇ……」
さすがに御者と用心棒の人は起きているけど、他の乗客は全員寝ていた。
私たち以外の乗客三人は野営をしているようだし、まぁ仕方ないのかな。
この三人、起きているときは割と話をしたりするのだが、やっぱり寝ている時間も多いんだよね。
特にそんなに仲良くなることもなく、まぁこれっきりになる感じかな。
「はー。私はそんなに眠くないし、どうしようかなぁ……」
「馬車の旅は暇と感じてしまうとつらいですからね。暇潰しになるものが用意できれば良いのですが」
「うーん、そういうのは持ってないなぁ……」
「それではメルタテオスで探してみますか? 王都まではまた一週間ほど掛かるわけですし」
「ああ、それは良いね。でも暇潰しってなると何が良いんだろう?」
「私と一緒に、魔法の勉強でもしますか?」
「え、魔法? ルーク、魔法を勉強するの?」
「アドルフさんから属性石のナイフをもらったじゃないですか。
いざというとき使えるように、アイナ様も水の魔法を勉強してはいかがでしょうか」
「――あ。う、うん、勉強かぁ……。すぐに眠くなりそう……」
「ははは、私も眠くなる自信はありますよ。ですので、一緒にやりましょう」
「なるほど。それも良いかなー」
魔法の勉強なんて一人でやるのも大変だろうし――それなら二人で一緒にやるっていうのは良いよね。
勉強仲間、兼、ライバル!
お、そう考えると面白くなりそうじゃないか。よーし、負けないぞー!
「――それじゃ、メルタテオスで魔法の本でも探してみよっか」
「そうですね、良いと思います」
となると、メルタテオスでの目下の目標はミスリルの入手と魔法の本の入手。
そんなに長く滞在する気はないから、目的は二つもあれば十分だよね。
よし、その二つをさっさと達成して、早々に王都に向かうことにしようかなっと。




