Ex20.休暇、突入
錬金術学院を中心とした日々は淡々と進んでいった。
幸いなことに、人間関係も順調だ。
一時は『温泉バカ』のローナが心配事ではあったけど、今は比較的おとなしくしているし……。
それ以外の交友関係も、学院生活の中で徐々に広がりつつあった。
寮に入っていないから、どうしても長い時間は共有できないけど、そんな中では100点満点の出来って感じかな。
……そして学院生活を始めてから1か月が経過した頃、ついに長期休暇に入ることになった。
期間としては、1か月半ほど。
かなりの時間があるように見えるが、そんな中、学院からはしっかりと課題が与えられる。
実のところ、休暇と見せ掛けた自習時間……と言う話すらある。
まぁ生徒の本分は勉強だから、個人的にはどんと来いって感じなんだけどね。
気になる課題の中身と言えば、一年生は基本的なところに偏っている。
初歩的なアイテムを作ったり、あとは他のアイテムを作るときに必要な素材を作ったり。
例えば『研磨剤』とか『溶解剤』とか、そう言うやつかな。
もちろんお店で買うことも出来るものだけど、人の手を介する以上、やっぱり値段が高くなってしまう。
それに何より、この辺りは錬金術の基礎的なところなのだ。
一年生と言う時間は基礎的なことを固める時期なのだから、課題としてはなかなか良いのではないだろうか。
――ただ、私には錬金術師としての目標がある。
正体不明の病気の薬を作る……。
……基礎どころか、かなり応用の部分になるとは思う。
でも、それでも出来るところから始めていかないと……。
一応、ファーマシー錬金に詳しい先生にも聞いてみたんだけど……。
正体不明の病気であれば、まずはその正体を特定しなければいけない。
しかしそれ以外にも、『万病の薬』を作る……と言う手段もあるにはあるのだ。
いわゆる『エリクサー』と呼ばれるもので、これを作れる錬金術師は世界でも一握りなのだとか。
そもそも作る実力があっても、素材を集めるのがまた大変らしいんだけど……。
つまりどんな病気であっても、『治す』こと自体は理屈の上では可能なのだ。
……それが、難しく険しい道のりだったとしても……ね。
逆に病気の正体を突き止めることが出来れば、恐らくは『エリクサー』を作るよりも簡単なはず。
だから私は病気の正体を明らかにして、ピンポイントで攻めていくことを考えている。
余談ではあるが、『エリクサー』はお屋敷が1つ買えるくらいの値段で取り引きがされるそうだ。
……そんな代物、今の私じゃさすがにね……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――よし、終わった!!」
休暇に入ってから1週間後の深夜。
私はひとり、工房でガッツポーズを取った。
学院から出されている課題を、早々に終わらせることが出来たのだ。
これは錬金術の設備を独占できる環境と、睡眠時間をぎりぎりまで切り詰めた生活があってこそ成し遂げた荒業。
途中で何回も挫けそうになったけど、スケジュールを作った昔の自分を恨みながら、何とかこなすことに成功した。
「これで予定通り……。
明日からアルバイトに入れる……」
とりあえず最初のうちは、アルバイトを中心にした日々になっている。
不慣れな環境のまま、無理をするわけにもいかないからね。
慣れてきたところで、錬金術師ギルドの依頼を検討していく予定だ。
基本的には採集を多めにしようかな、と思っている。
それに便乗して、休暇が終わるまでに自分用の素材をたくさん集めておきたいかな?
休暇後はなかなか採集なんて行けないだろうから、きっと休暇中が頑張りどきだよね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――そして夜が明けて、次の日はアルバイトの初日。
エリナちゃんも日にちを合わせてくれて、今日はお互いが初日と言うことになっている。
早朝、私たちは錬金術師ギルドの前で待ち合わせをしていた。
「エリナちゃん、おはよーっ」
「おはようございます、ミーシャさん!
……私、緊張して眠れませんでした……。
ミーシャさんも眠そうですが、大丈夫ですか?」
「いやぁ、私はずっと課題をやってて寝不足なだけだよ……。
でもしっかり終わらせてきたからね!」
「え……。も、もう終わったんですか?
結構な量がありましたよね……」
「本当にねー。
でも、やってみたら単調なことが多かったから、あとは根性で何とかしてきた……!」
「根性……。凄いです……」
「えへへ。
休暇はまだまだあるけど、あとは自分の好きに出来るからさ。
そのために頑張ったんだよー」
「なるほどです……。私も見習わないと……!」
雑談をしながらしばらく待っていると、錬金術師ギルドの職員さんがやって来た。
見たことも無い男性の職員で、今日から私たちの作業を担当してくれるのだと言う。
具体的にやることと言えば、まずは5つある倉庫の棚卸。
何がどれだけあるのかを調べながら、順次リストアップしていくのだ。
それと同時に、出来るだけ分かり易く配置を直していく……と。
……ここまでが休暇中に行うべき、アルバイトの最低ラインだ。
期日としては、ちょうど1か月ほどかな?
それが終わったら、不要なものの整理と処分を行っていく。
この時点で何か欲しいものがあれば、調整した上で購入することも可能なのだとか。
ちなみに正体不明なアイテムは、錬金術師ギルドに常駐している鑑定士さんに協力をお願い出来るとのこと。
その話を聞くと、エリナちゃんの目が途端に輝き始めてしまった。
……エリナちゃんの主な目的だから、これはまぁ仕方が無いか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――と言うわけで、早速1つ目の倉庫……っと」
まずは手始めと言うことで、私たちは受付カウンターの近くにある倉庫に案内された。
「結構、広いですね……。
こんなのがあと4つもあるんですか……」
「ここは受付カウンターから近いだけあって、一時的な物置みたいだね。
ほら、箱のラベルに書いてある日付が最近だし」
「あ、確かに……。
それじゃ整理整頓が中心になりそうですね」
「そうだね、肉体労働が100%……って感じになりそう」
「肉体労働は苦手です……」
「私も得意じゃないよ……。
でもここが一番簡単だろうから、ぱぱっとやっちゃお!」
「はい!
……さすがに1日でやるつもりじゃないですよね……?」
「あはは、この量は無理でしょ……。
でももし出来たら、他の倉庫にじっくりと時間を掛けられるよね!」
「やる気満々じゃないですか……」
……ただ、そうは言ってもこの量は難しいとは思う。
広さとしては、学院の教室が2つ分くらいかな?
棚とか遮蔽物があって正確には分からないけど、体感としてはそれくらいだ。
こんな大きな倉庫があと4つもあるって言うんだから、錬金術師ギルドの建物も凄いものだよね。
「――さて、それじゃキリキリと働きますか。
エリナちゃんはリストアップをお願いしても良いかな?
私は……とりあえず肉体労働を頑張るよ」
「え……。
ミーシャさんだけにお願いするのも申し訳ないので……」
「ん、大丈夫!
まずは様子見で、ちゃちゃっとやってみる!」
「……やっぱり、1日で終わらせる気じゃないですか……」
「や、やだなぁ!
出来ればラッキー、くらいにしか思ってないよ!」
「わ、私も頑張ります……」
エリナちゃんは私の顔を見ながら、困ったように言ってきた。
でもこの倉庫整理のアルバイト、期間中に全部終わり切れば『成功報酬』が出るって話を聞いたんだよね。
それなら序盤の簡単な場所は、さくっと終わらせてしまいたいわけで。
つまりまとめると――
……エリナちゃんには申し訳ないけど、出来れば今日中にこの倉庫を終わらせたい!!
「よし、頑張ろーっ!!」
「お、おー……」
張り切る私に、弱々と合わせてくれるエリナちゃん。
でも急ぐからと言って、仕事の質を落としたりはしたくない。
その辺りはエリナちゃんに伝えつつ、私たちは倉庫整理を張り切ることにした。




