Ex15.家宝トーク
最初の1週間を過ごすことが出来れば、あとはその繰り返しになるだけなのかもしれない。
次の週は驚くほどに順調に、何事も無く終わってしまった。
……そんなわけで、また新しい週末。
今回も楽しい楽しい二連休。はてさて、何をしたものやら……。
とりあえず午前中は、しっかりと工房とお店の掃除を頑張っておく。
何と言っても、それがこの建物を借りることの条件だからね。
でも季節的に、草取りなんかもしっかりやらないといけないから――
……そう考えてみると、この時点で結構な労働にはなっているのかもしれない。
草取りを目標のところまで終えて、取った草を庭の隅に片付けて……。
とりあえずキリは良くなったから、そろそろ昼食にでもしようかな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
昼食を終えてのんびりしていると、お店の方から呼び鈴が聞こえてきた。
……はて、誰だろう。
閉店中のお店の中を突っ切ってから、扉を静かに開けてみる。
扉の向こうには、私の見知った顔が2つあった。
「よーっす!」
「わっ、ルーファスじゃん!
あ、それにフランも!」
そこにいたのは私の幼馴染。
フランは先週ぶり、ルーファスは……いつぶりだっけ。
「ミーシャ、ごめんねっ。
ルーファスと偶然会ったら、ミーシャの話になってさ。
それで、急に来たいって言い始めて……」
「急にって……。
私、ルーファスにも手紙を出したよ……?」
「え、マジで!?
ごめん、最近忙しくて全然見てなかった!」
「はいはい、読んでいない人はみんなそう言うんですよ……。
それじゃこんなところでも何だし、中に入る?」
「おう、ありがとな!」
「お邪魔しまーす」
私のお誘いに、ルーファスとフランは遠慮なくお店に入って来た。
お店とは言っても、商品は何も並んでないんだけどね。
でもテーブルと椅子は置いてあるから、ここでお茶にでもしようかな。
……工房の方は、ちょっと散らかっちゃっているし。
――さて、改めまして。
フランは先週一緒に遊んだ、私と同郷の幼馴染。
裁縫士を目指していて、聖都で絶賛勉強中だ。
そしてもう一人、ルーファスは聖都出身の貴族様。
剣術の名門、スプリングフィールド家の長男だ。
ぱっと見、細身ながらも鍛え上げられた好青年……って感じかな。
ルーファスとは以前、私の村に来ていたときに偶然知り合って、そのまま仲良くさせてもらっているんだよね。
本来であれば、私やフランが相手を出来る立場の人じゃないんだけど……。
「……それにしても、何とも古い……もとい、貫録のある建物だよなぁ。
場所も何だか凄い立派なところにあるし……」
「あはは……。
私も学院の友達に紹介してもらったとき、本当に驚いちゃったよ」
私は例の、『ティミスの茶葉』で入れたお茶を二人に振る舞うことにした。
幼馴染たちには、私の勉強の成果を是非とも味わって欲しいところだ。
「お茶、サンキュな。
でもま、これでミーシャも落ち着けたんだよな。
あとは勉強、頑張るだけだな!」
「はいはい、頑張りますよー。
でももうすぐ、長期の夏休みに入るんだよね……。
その間は自分で、予定を立てて勉強しないと」
「あ、ミーシャのところもそうなんだ?
私のところも夏休みなんだけどさ、課題が多くてね~」
私の言葉に、フランもしみじみと眉をひそめた。
「学生だから、勉強するのは本分なんだけどね……。
ところで、ルーファスは暇なの?」
「暇じゃないっての!
手紙を読めないくらいに忙しいんだからな!?」
「あれ? 本当に急がしかったんだ?」
「そんなところで嘘を付いてどうするんだよ……」
ルーファスは不満そうだけど、ここでの嘘は『手紙を読んでなかった言い訳』になるからね……。
でもまぁここは信じておこう。
疑ったところで、別に良いことが起きるわけでも無いし。
「ルーファスはね、ずーっと剣の修行だったんだよ。
私が遊びに誘っても、全然相手にしてくれなくてさ」
「だから今日は付き合ってるだろ……。
それに俺だって、今は大切な時期なんだよ……」
「んん? 大切な時期って?」
ルーファスの思わぬ言葉に、私はついつい聞き返してしまった。
「来年の春にさ、三百年祭があるだろ?
それまでに、親父の代を継がなきゃいけなくなって……」
「え、ええぇーっ!?
私たちと同い年なのに、もう家を継いじゃうの!?」
「ああ、違う違う。
うちはちょっと特殊な事情でさ、2代が現役なんだよ」
「2代……」
「そうそう。ミーシャが言ったのは、いわゆる『家督』のことだろ?
今それは、俺の爺ちゃんが持ってるから……そこは親父に代わるわけ」
「むむむ……?」
「で、俺は親父の役目を引き継ぐ……って感じかな。
だから、別にスプリングフィールド家の当主になるわけじゃないぞ?」
「ふぅん……、何だか珍しいね……?
それで、ルーファスが引き継ぐ役目って何?」
「あれ? いつだかに言わなかったっけ?
スプリングフィールド家は代々、アイナ様に仕えているんだ。
……アイナ様のことは、さすがに知っているよな?」
「そりゃ、この国では常識だからね……」
……この聖国を作った伝説の人物。
あらゆるものを一瞬で作り出すなんて言う、まゆつば物の逸話に彩られた錬金術師。
もちろん、多くの錬金術師たちの憧れの的でもある。
「家督を持った当主は、スプリングフィールド家を管理して守っていくわけなんだけど……。
その下の代はアイナ様に付き添って、ずっと護衛をしていくんだ。
それで、2か月後にアイナ様から直々の試練を受けることになって……」
「え、凄い! もしかしてアイナ様に会えるの!?
……って言うか、その試練って失敗したらどうなるの……?」
「う……。基本的には失敗した人はいないらしいんだけど……」
「あれ? それ、余裕ってこと?」
「いや……。
ご先祖様たちはみんな必死にやってようやく……、って感じだったみたいで……。
爺ちゃんと親父も、凄く苦労したみたいで……」
「へぇ、そうなんだー……。
貴族様は貴族様で、いろいろと大変なものだね……」
「でも、な!
その試練にクリアしたら、俺は家宝のひとつを受け継ぐことが出来るんだ!
聞いて驚け! 世界に3本しかない神器の――『神剣アゼルラディア』!!」
「ふーん……?」
「……えっ!?
ちょっと待て、ここは盛り上がるところだぞ!?」
「あ、ごめん……。
神器なんて、本当にあったんだ?」
「おいおい、そこを疑うのかよ!
『神器の錬金術師』アイナ様が作った、伝説の剣だぞ!?」
「伝説のものだからこそ、実感が湧かなかったと言うか……。
でもそんな伝説の剣を、ルーファスなんかが持つの?」
「『なんか』って言うなよ……。
絶対に使いこなして見せるからな!」
「家宝って言えばさ、スプリングフィールド家にはもうひとつ家宝があるんだよね?
ねぇねぇ、ミーシャも気にならない?」
興奮するルーファスに飽きたのか、フランが話題を変えてきた。
変えたとは言っても、引き続き家宝の話ではあるんだけど。
「えぇー、ずるーい!
神器が家宝になっているのに、まだ家宝があるの?」
「ふふふっ、そこはアイナ様に愛されたスプリングフィールド家だからな!
アイナ様を護衛する代には、さっきも言った通り神剣アゼルラディアが託される。
そして家督を持つ代には、懐中時計が託されるんだ!」
「……懐中時計?」
「あれ、何だか地味?」
「地味って言うなよ!!
それだって聖国が建国した日に、アイナ様から賜った品なんだぞ!?」
「うわぁ、それじゃかなり古いんだね……。
ちゃんと動くの?」
「中央広場の時計塔と同じで、オリハルコンが部品に使われているみたいなんだよ。
だから、故障したことなんて無いんだってさ」
「はぁ、凄いね……。
うちは家宝なんて無いから、羨ましいなぁ……」
「え? ミーシャの家には『あれ』があるじゃん。
ほら、あの何だか古ぼけた本!」
「あ、あれは古いだけの本だよ……?
ぶっちゃけ、古本屋でもたまに売ってるし……」
「でも、伝えられているものがあるだけ良いじゃん?
うちなんて、それこそ本当に何も無いんだから!」
「微妙なものなら、いっそ無い方が良いと思うけどなぁ……」
……ルーファスの家宝トークをたっぷりと聞かされたあと、私たちはお互いの近況を語り合った。
やっぱり遠慮しない仲って言うのは良いものだね。
新しい生活には少なからずストレスもあったみたいで、話していてスッキリとしてしまった。
もしかしてティミスのお茶の効能かもしれないけど――
……いや、さすがにそれは無いか。
ちょっと苦いし、失敗してるし。




