83.長いお友達
鉱山都市ミラエルツを発ってから三日目の夜。
ここまでの道中は特に何事もなく、今晩は小さな村で宿泊していた。
お金を節約するために野営をしている人もいるのだけど、私たちはのんびりと過ごしたいので迷わずに宿屋に泊まることにした。
ありがたいことに懐事情も温かいしね。
「――っと、今日もお疲れ様でした。まぁ、馬車に揺られて話をして終わりましたけど」
「でも疲れは出ますよー。自由に動けないのは逆につらいと言いますか……」
「しかしそれ以外は順調すぎなくらいですよね。魔物もまったく出ませんでしたし」
「そうだねー。このままあと四日、何事も無ければ良いんだけど」
「ところでアイナ様。次の街、メルタテオスでは何かするんですか?」
「うん。ミスリルを持ってる人がいるみたいだから、譲ってもらえないかちょっと交渉してみたいなーって」
「そういえばジェラードさんとそんな話をしてましたよね。えぇっと……あと、頭髪が何たら?」
「オズワルドさんからの情報なんですけど、ミスリルを持ってるらしい人がハゲ……てきたのを気にしてるんですって。
だから育毛剤あたりとミスリルを交換できないかなと……」
「えぇ? 育毛剤とミスリルをですか? いやいや、さすがにアイテムの格が違うのでは……」
エミリアさんがそんなことを言うと、ルークが真面目な顔をして語り始めた。
「エミリアさん、世の男性が持つ髪への執念を馬鹿にしてはいけません。
女性の美容のようなものです。大金持ちとなれば、庶民では信じられないお金を出すことでしょう」
「な、なるほど……? でも少しくらい髪の毛が薄くても、私は気にしませんけどね……」
まぁ女性でも気にする人もいるし、気にしない人もいるし。
こればかりは人それぞれだからね。ちなみに私もあんまり気にしない方かな。元の世界の会社で見慣れてるし。
「女性が気にする以上に男性は気にするものですよ。ナイーブな話なので、エミリアさんは多少注意した方が良いかもしれません」
「ふむー。確かに悩みなんて他の人にはなかなか分からないものですしね。それでは失言しないように気を付けることにしましょう」
「私も気にしてる人には慎重に話すようにしないと。特に今回は、取引が上手くいかなくなっても困りますし」
「そうですね。うーん、それにしても育毛剤とミスリルですか……」
「ちなみにエミリアさん、流通している育毛剤ってどれくらいの効果かご存知ですか?」
「え? 私はちょっと分かりませんけど……」
「ルークは分かる?」
「はい、気休め程度でしかないですね。それなりの値段はしますが、良くても抜けるペースを遅くするくらいといいますか」
「ふーん? ちなみにルークって気にしてるクチ?」
「えっ!? いやいや、さすがにまだ大丈夫――……ですよね?」
そう言いながら不安そうな顔をするルーク。
どこからどう見ても大丈夫だけど……。薄い兆候なんてまるで無いし。
「あ、いや、ごめんね。何か詳しい感じで言うから、つい……」
「そ、そういうことでしたか。いえ、私の父親が割と気にしていたので」
「ほほう……。というと、ルークさんも将来は……」
「き、気にしていただけで、そんなに薄くは無かったですよ!?」
「エミリアさん、もうやめてあげてください。ルークが死んじゃいます」
「アイナ様!? ですからそんなに薄くは――」
「ああもう、別に大丈夫だから。私はそんなの気にしないから、安心して私の側にいてよね」
「あ、はい! も、もちろんです!」
「――……アイナさんって、割と天然ジゴロですよね」
「え?」
「いえいえ、何でも無いですよ。
……ちなみにアイナさんのいた国にも育毛剤はあるんですよね? まさか、使うとフサフサになったりするんですか?」
「いやいや、私のところも気休め程度くらいだと思いましたよ。他にもカツラとか植毛があるくらいですから……」
「……植毛? 何ですか、それ」
「髪の毛が生えてる毛穴にですね、毛を埋め込むみたいです」
「「ひぇっ!?」」
あ、さすがにそっちのそういう発想は無かったか。
私もテレビのコマーシャルでやってるくらいの知識しか無いけど、確かにちょっと『ひぇっ!?』とは思ったことあるし。
「でも、さすがにアイナさんの国でも育毛剤はその程度なんですね。少し安心しました」
「そうですねー。でもそれは、私の錬金術は関係無いですからね」
「……ま、まさか――!?」
「ふふふ……。いえ、作ったことは無いですけど」
「アイナ様。もしもフサフサになるくらいの育毛剤が作ることができるなら、髪に悩む男性には朗報となりますよ」
「うーん? それじゃちょっと作れるか確認してみようかな?
えーっと……」
『創造才覚<錬金術>』を使って――
…………。
バチッ
「――はい、できた!」
「ちょ、ちょっとアイナさん!?」
「おお、今ここに奇跡が……。アイナ様、ぜひ鑑定を」
「はいはい、ちょっと待ってねー」
しかしルークは育毛剤に熱心だなぁ? やっぱりお父さんの血を心配しているのかな?
さて、それじゃウィンドウに出す感じで、かんてーっ。
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【育毛剤<優しい世界>(S+級)】
育毛に若干の期待が持てるようになる薬
※追加効果:髪がフサフサになる。髪の質×2.0
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「「おお……」」
「何か説明がテキトーな感じもするけど……いけるじゃん!」
「アイナ様、これだけで一生食べていけると思いますよ!」
「そ、そこまで!? ……いや、そう言われてみればそうかも!」
「ダイアモンドなどはたくさん売ると価値が下がってしまいますが、これなら困ってる人の分は売れますからね!」
「なるほど……! よし、将来は安定したぞー!」
「あのあの、ちなみにアイナさん! この育毛剤の追加効果が『髪の質』になってるんですけど――、もしかしてヘアオイルみたいなやつも作れるんですか?」
「えーっと、どうでしょうね。……あ、いけそうです。えいっ」
バチッ
そしてかんてーっ。
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【ヘアオイル(S+級)】
髪に潤いを与える
※追加効果:髪の質×2.0
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「うひゃ」
効果を見るや、エミリアさんが変な声を出した。
「あ、アイナさん、これください! ぜひぜひ、ください!!」
「はいはい大丈夫ですよ、どうぞー」
「やったー。早速あとで試してみます!」
「む、それはいいですね、私もあとで試してみよっと。
あ、ルークも試してみる?」
「いやいや、私は大丈夫です。まだハゲてませんし!」
「――あ、いや。ヘアオイルの方……」
「はっ!? ……あ、そっちは大丈夫です、はい……」
う、うーん。やっぱり気にしすぎじゃないかなぁ……。
どう見てもまだまだ大丈夫そうなんだけど、男心って……難しい。




