Ex13.緑髪の子②
「――ちょっと!」
私と緑髪の子……エリナちゃんが話をしていると、後ろから突然声を掛けられた。
慌てて振り向くと、そこには『温泉バカ』の子……ローナが取り巻き2人を連れて立っている。
「ぁぅ……。ローナ様……」
ローナはエリアちゃんを睨んだあと、続いて私を睨んできた。
「その依頼を受けるつもりなの?
アンタたちにはもったいない依頼だわ。私たちに寄越しなさい!!」
……おっと、これは言い掛かり……。
きっと単純に、私たちに絡んできたいだけなのだろう。
「あ、そう? ごめんね?
同じ依頼はたくさんあるから、はいどうぞ」
私はそう言いながら、掲示板に張ってあった同じ依頼書をローナに渡した。
時間効率の悪い、『ティミスのお香』の作成依頼。
……それを、10枚ほど。
「は? 違うわよ、そうじゃなくて――」
「あれ、もっと欲しいの?
ねぇねぇ、エリナちゃん。エリナちゃんの分も欲しいんだってさ」
「ぇ……。いや、あの……」
私はエリナちゃんの手から依頼書を器用に奪って、ローナに手渡す。
取り巻き2人は戸惑いながら、当のローナも信じられないような表情を浮かべた。
「こ、こんな依頼! 要らないわよ!!
何で私が、こんな効率の悪い依頼を受けなきゃいけないの!?」
「要るの? 要らないの? バカなの?」
「な、何ですって!?
……はぁ、アンタなんかもういいわよ。
ほら、エリナ。アンタはこっちに来なさいよ!」
「えっと、その……」
「ごめんねー? これからエリナちゃん、私とお茶を飲みに行くの。
約束をしたいなら来週にしてくれる?」
「は、はぁ!?
何でアンタが仕切ってるのよ!! それに今日は週初めじゃない!!
来週だなんて――……わぷっ!?」
口が動く余裕がまだまだあるようなので、私は適当に依頼書を剥がしてローナに押し付けた。
もう10件くらい依頼があれば、きっとそんな余裕は無くなるだろう。
「はいはい。今日はごめんね、勘弁してね。
それじゃエリナちゃん、お茶を飲みに行こ~♪」
「え、あの……。ええぇー……っ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――場所は変わって、『カフェ・ルーシー』。
先日リリーちゃんたちと一緒に来たお店だけど、当然のように特別な個室には通してくれない。
私たちは一般客の、普通の席でお茶をすることにした。
「……はぁ。
ついつい、喧嘩腰になってしまった……」
憑き物が落ちたように、私は冷静になっていた。
後先考えないとは、きっとこのことだろう……。
でもローナはもう1回おかしなことをやれば、凄い罰がある……んだよね?
1回でも大きな仕返しをされれば、向こうには凄い罰が下る。
つまりさっきのアレは、カウンター覚悟の攻撃だったのだ。
「あの……。すいません、私のために……」
「いやいや、大丈夫だよ。
リリーちゃんとミラちゃんも、彼女には迷惑をしているし……。
言うときはガツンといかないと!」
……私は学院に来て間もないから、割と無茶をしているのかもしれない。
実際、ローナの影響がどれだけあるかも分からないし……。
でもリリーちゃんたちのお母さんがこちらに付いてくれる……みたいな安心感はあるかな。
あのお母さんが味方なら、誰にも負ける気なんてしないからね。
……まぁ、錯覚かもしれないけど。
私たちはそれぞれケーキセットを注文して、再び喋り始めた。
臨時出費……だけど、友好を深めるには良いだろう。
「それよりもローナって、何でエリナちゃんに絡んでくるのかな?
前からあんな感じなの?」
「はい……。
私をグループに入れさせたいみたいで……。
……でも、私は入る気がなくて」
「グループに入れてどうするんだろう?
もしかして、陰湿な虐めを……」
「そ、それもあるかとは思うんですが――」
「……あるんだ」
いやいや、その時点でダメでしょう……。
「実は私、その……。
レベルは低いのですが、鑑定スキルを持っていまして……。
それを便利に使いたいみたいなんです……」
「え……、鑑定スキル!?
おぉー、凄いねっ!!」
鑑定スキルと言うのは、低レベルでもなかなか便利なものだ。
高レベルになればなるほど調べられるものは増えて、最終的にはあらゆる事柄を見通せるようになるのだと言う。
……そこまでの高レベルに辿り着くには、かなりの才能と努力が必要なんだけど。
「あ、ありがとうございます……。
でも、まだまだなので……、だから、私も頑張らないといけなくて……」
「なるほど、その勉強もしているんだね。
それじゃ、ローナのグループに入って、無駄なことはやりたくないよね~」
「そ、そのあたりは……何と言うか……、はい。
鑑定には集中力をかなり使うので、あまり多用が出来ないんです……。
その上で、ローナ様はいろいろやれって言うし……」
「おおう、自己中心的……。
ま、鑑定スキルは便利だから……、お願いしたくなる気持ちは分かるけど……」
何と言っても、専門家にお願いすれば有料なのだ。
しかしそうは言っても――
……その後聞いた話によれば、学院には定期的に鑑定士の訪問があるらしい。
それに加え、授業や寮では鑑定用の魔導具もある程度は貸してくれるのだとか。
ただ、やっぱり自由には使えないんだよね。
だからいつでもどこでも鑑定をお願い出来るエリナちゃんは、かなり貴重な存在と言うことになるのだ。
「私のクラスでも、結構手伝っているので……。
他のクラスまでは、ちょっと厳しいと言うか……」
「う、エリナちゃんのクラスではもう手伝っていたんだね……。
それじゃ、ローナのことなんて放っておいて良いよ。
……って言うか、お金持ちなら魔導具を自分で買えば良いんじゃないかなぁ」
「あはは……。
親に強請ったらしいんですが、『あるもので頑張りなさい』って言われたらしくて……」
「あー。ご両親は常識人だからね……」
『あるもので頑張る』と言うのも、これはひとつの勉強だ。
全てが揃っている環境は素晴らしいけど、全てが揃っていない環境で学ぶと言うのも大切。
いざとなれば、あの錬金術学院なら全員分の魔導具を揃えられそうだけど……、その辺りを踏まえて揃えていないのかもしれないね。
「……あの。
でも、そうは言っても……私、助けてもらった人にはお礼をしたいです……。
だからミーシャさんも、必要があれば私が鑑定して差し上げますので……!」
「え、本当に?
それじゃどうしても必要になったときは、お願いさせてもらおうかな。
今のところは大丈夫なんだけど……」
「はい、それまでに私も勉強しておきます……!
……ちなみにその、精度が全然悪いのは……ごめんなさい」
「精度……? そんなのもあるの?」
「はい、低レベルのうちはあるんです……」
そう言いながら、エリナちゃんは手元のカップの前で指をくるくるまわした。
そのあと、宙に透明な板状の表示が現れる。
「おぉー、凄い!
錬金術師ギルドで見たことのあるやつだ!」
「えへへ……」
満更では無い表情のエリナちゃんに癒されながら、私はその表示を覗いてみた。
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【ガラスのグラス(C-級~B級)】
ガラスのグラス
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「……ん?」
「はう……。あの、鑑定スキルのレベルが低過ぎて、品質も絞り切れなくて……。
でもここは最初に精度が上がっていくので、一生懸命がんばっているんです……!」
「確かに、品質が一番知りたいからね……」
「はい……!」
仮に錬金術のアイテムを鑑定する場合、勉強や取引においては品質が一番重要になる。
だからここの精度を上げるのは、まずは最初の一歩って感じかな。
「私も手伝えることがあれば、出来るだけのことはやるからさ。
クラスは違うけど、たくさん手伝わせてね!」
「あ、ありがとうございますっ!」
私の言葉に、にっこりと微笑むエリナちゃん。
ここに来て、今までで一番の笑顔を頂きましたーっ!
……頑張る人は、応援したい。
私も頑張っていかなきゃいけないから、そこは仲間意識みたいな感じなのかもね。




