Ex12.緑髪の子①
週末はあっという間に終わってしまった。
しかしようやく、引っ越しの作業も全部終わった気がする。
これなら次の週末からは、勉強の予習も復習も余裕を持って出来るだろう。
もしかしたら、お金稼ぎも出来てしまうかも……?
……さて。今日からは私の学院生活の、2週間目が始まることになる。
先週は『温泉バカ』の子がいなかったから無事に過ごせたけど、今週からはどうなることやら――
そんなことを考えながら教室に行くと、『温泉バカ』の子は真ん中よりも廊下側の席に座っていた。
事前の話通り、やはり今日から出席するようだ。
ちらちらと眺めながら、少し不安も感じつつ、私はいつもの席に鞄を下ろした。
この席に近くには、最初に話し掛けてくれた『ポーションソムリエ』の子たちの3人組が座っている。
最前列には、実習の授業で一緒になっている2人組が着いている。
反対に、教室の一番後ろにはリリーちゃんとミラちゃんが着いていた。
「リリーちゃん、ミラちゃん、おはよーっ」
「あ! ミーちゃ、おはようなの!」
「ミーシャさん、おはようございます」
「……あのさ。『温泉バカ』の子、来てるよね……」
私は声を少し小さくして、二人に聞いてみた。
「今日は教室に、静かに入って来てたの。
いつもうるさかったから、今日くらいがちょうど良いの」
「静かなのは良いことですわ♪」
「あはは……。そうだね……」
そんな話をひそひそとしていると、私たちの目線はついつい『温泉バカ』の子に向いていく。
しかしそれを感じたのか、『温泉バカ』の子はこちらに振り向いてきた。
「あ、目が合った……。
……で、こっちに来た……」
割と勢いよく来るものだから、ぱぱっと解散~……と言うわけにもいかなかった。
いくら静かになってくれたとしても、出来ればあまり話したくはないところなんだけど――
「……ちょっと、あんたたち! よくも先生にチクってくれたわね!
絶対に許さないんだから!!」
あれ? 分かり易く、好戦的?
しかしリリーちゃんは、呆れながら返事をしていった。
「はぁ……。
『温泉バカ』、騒ぎはもう起こさない方が良いの……」
ミラちゃんもリリーちゃんと同様、呆れながら言葉を続ける。
「あなたのご両親から聞きませんでしたか?
次に問題を起こしたら……凄いことになりますわよ?」
「うっ、うるさい、うるさい!
私は実家のために勉強してるんだもん! お父さんもお母さんも、絶対に分かってくれるはずだわ!」
「実家、関係ないよね……?
同級生を虐めてただけじゃん……」
「何ですって!?」
私がつい漏らした言葉に、『温泉バカ』の子はしっかりと噛み付いてきた。
……いや、せめて勉強のところで問題を起こしていたなら、ご両親も許してくれたかもしれないけど……?
「悪いことは言わないの……。
大人しく勉強を頑張るの……」
「くーっ! 人のこと、可哀想な目で見るんじゃないわよーっ!!」
「まぁまぁ……。
温泉バカちゃんも、ここはリリーちゃんたちの言うことを聞いて……」
「なっ、何よ! アンタまでそんなあだ名で呼ばないでよ!
私にはちゃんと、ローナって言う名前があるんだからっ!」
……おっと、そう言えば『温泉バカ』の子の名前は初めて聞いたかな。
いや、聞いたことはあったっけ……? 他の人との会話の中で……あったかも。
「そ……それじゃ、ローナちゃんも勉強を頑張ってね……?」
「は、はぁ!?
何でアンタに『ちゃん』付けされなきゃいけないのよ!!」
「え? ああ、そう?
それじゃ、ローナって呼ぶね?」
「何で呼び捨てになるのよっ!!」
……え?
もしかして、『さん』とか『様』とかを期待していたのかな?
でもクラスメートだし、あとは敬称を付ける気分でも無いし――
「……ううん。
面倒だから、やっぱり『温泉バカ』でいいや!」
「ちょっと!?
それは止めなさいよ!!」
「それじゃ、ローナね。
はい、私はミーシャ。よろしくね」
「な、何なのよ!? アンタ!!」
私の適当な勢いに流されていくローナ。
思ったよりは難敵じゃなかったかもしれない……?
……まぁ、しっぺ返しを食らわないようにだけ、注意をしていこうかな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そのあとは平和なもので、ローナは彼女の取り巻きと一緒に静かに授業を受けていた。
取り巻きは2人で、実習で一緒に組んでいるメンバーでもあるらしい。
授業が終わると、ローナは取り巻きと一緒にさっさと帰ってしまった。
……しばらくは大人しくなるのかな? いずれは元に戻ってしまいそうだけど……。
リリーちゃんたちを図書館に送ったあと、私は学院の中にある依頼掲示板を眺めていた。
ここで多少なりとも、お金を稼ぐ依頼を受けることが出来れば――
……そうすれば勉強用の素材もたくさん買えるし、生活費にも潤いが出て来てくれる。
人気の依頼は早い者勝ちだから、マメに確認するのがコツなんだって。
「えぇっと、私が作れるのは――」
……あまり無い。
授業で習った『ティミスの茶葉』のお香版の依頼はあるものの、これってめちゃくちゃ時間が掛かるんだよね……。
時間効率が悪いから、それなりの依頼数が残ってしまっていると言うか……。
でも、今出ている中では、作れるのはそれくらいだし……。
時間効率よりも、とりあえず目先のお金を優先することにしようかなぁ……。
……そんなことを考えていると、私の真横、すぐ側から声を掛けられた。
「……あ、あの。
その依頼……、受けますか……?」
小さくか細い、女の子の声。
おっと、この依頼と受けたいのかな?
「いえ、考え中なので――」
……そう言いながら女の子の方を見てみると、そこには見覚えのある姿があった。
先日ローナに絡まれていた、緑髪の弱々しい女の子だ。
「あ……」
向こうもこのタイミングで気付いたのか、短い言葉を発した。
お互いが驚き、少しだけ気まずい空気が流れる。
「……えっと、うん。受けるなら私のことは気にしないで!
この依頼は量もたくさんあるし、さすがに全部はやらないでしょ?」
「は、はい……。さすがに……」
そう言いながら、緑髪の子は掲示板から依頼書を1枚だけ取り外した。
なるほど、これを受付に持っていくシステムなんだね。
「ねぇねぇ、あなたも一年生なんだよね?
私はミーシャ。折角だから、仲良くしてくれると嬉しいな!」
「え……?
でも、私といると……。その、ローナ様が……」
同級生に、『様』付けで呼ばせてるんかーいっ!!
……いや、お金持ちなら、そうさせる子もいるのかな……。
「ローナなら大丈夫だよ。
クラスが違うから知らないと思うけど、今日は凄く大人しかったもん。
それにまた問題を起こせば、今度は凄い罰が待っているって話だし……」
「す、凄い罰……ですか……?」
「具体的には分からないけど、本当に凄いものだと思うよ!
だからあなたも、もうビクビクしないで良いんじゃないかな?」
「は、はぁ……」
……でもさすがに、ローナのことは急に呼び捨てには出来ないか。
今まで虐められていたんじゃ、特にね。
「えっと……それで、良かったらお名前を教えてくれないかな?」
「あ、はい……。
私、エリナって言います……。
……あの。先日は助けて頂いて、ありがとうございました……」
「いやいや……。私はローナに絡まれただけだったから……」
「でも、ローナ様に文句を言ってくれるのはリリーさんとミラさんくらいだったので……。
ミーシャさんも、凄いと思いました……!」
……あれ?
私、本当に絡まれているだけ……だったよね?
何だかちょっと、美化されていない……?
「ま、まぁ、それならそれで良いんだけど……。
それじゃエリナちゃん、これからよろしくね」
「はい……っ!」
弱々しくはあるけど、大切にしたくなってしまいそうな女の子。
私が何か出来ると言うことも無いだろうけど――
……でも、仲良くしていけると嬉しいな。




