Ex11.幼馴染②
いろいろなところをまわってから、最後はフランと一緒に工房へ戻ることにした。
私がしばらく暮らす場所だし、やっぱり紹介しないわけにはいかないよね。
「うっわー! すっごく良いところじゃん!
……ちょっと古いけど」
「あはは……。
でも築300年って割には、全然傷んでないでしょ?」
「え? そんな昔の建物なの!?」
「うん、そう言う話だよ。
この一帯も、どこかのタイミングで再開発されたそうだから……当時の建物はここだけみたいなんだけど」
「へぇ……。ずいぶんと曰く付きのところを借りたものだね……。
でも、この建物を管理していれば家賃は要らないんでしょう? めちゃくちゃ良い話だよね!」
「うん!
話を通してくれたリリーちゃんとミラちゃんには、もう感謝しかないよ♪」
「そのお友達も、ちょっと気になるなぁ~。
ねぇねぇ? 私とは話、合いそうかな?」
「んー、どうだろう?
基本的には錬金術の話が多いから……」
「あらら、そうなんだ。
それじゃ、私は機会があれば……くらいの感じかな」
「そうだね、二人とも勉強が忙しいみたいで……。
毎日遅くまで図書館で勉強しているし、あんまり時間が取れなさそう――」
……ふと、『時間』と言う言葉に釣られて時計を見てしまう。
お腹の音はまだ催促をして来ないけど、そろそろ夕飯の時間になるところだった。
「ところでフラン、夕飯はどうする?」
「あー……、微妙な時間だね。
今日は食べてから帰るつもりだったけど、今からお店探すのも面倒だよね……」
「その辺り、全然考えないでここまで来ちゃったもんね……。
簡単で良いなら私が作るけど、食べてく?」
「わ、助かるよ!
今月、お財布事情があまり良くなくてさぁ……」
「あはは……。私も同じくだよ……」
そんなところで意気投合をしながら、私は夕食作りに取り掛かることにした。
さて、大した材料も無いけど……何を作ろうかな?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ごちそうさまでした!」
「はい、お粗末様でした」
作るのは時間が掛かるものだが、食べてしまうのはあっという間だ。
我ながらなかなかの完成度の料理を作り出したが、それはもはやこの世界には存在しない。
……食べ物なんてのは、そう言うものなんだけどね。諸行無常なり。
「それにしても、ちょっと変わった卵焼きだったね?」
「あ、そうだった?
この前とっても美味しい卵焼きを食べたんだけどさ、それを目指していろいろとアレンジしてみてるの」
「ふぅん? 簡単に思えるものほど難しいものだから……。
それじゃいつか、究極の卵焼きを食べさせてもらおうかな!」
「それなら、極めるまで頑張っちゃおうかな~♪
でも小手先のテクニックじゃなくて、まさに王道……って感じだったんだよねぇ」
「へぇ、それは私も食べてみたいや……。
どこかのお店で食べたの?」
「ううん。学院のお友達が持ってきた、お母さん手作りのお弁当だよ」
「えぇ……?
それじゃ、そのお母さんに作り方を聞いてみれば?」
「そうしたいんだけど、とっても忙しい人なんだよね……。
会いたいとは伝えているんだけど、会えるかどうかは分からないんだよな~」
「はぁ、一体何者なんだか……。
……ところでこっちのお茶も、何だか不思議な味だね」
「それも私が作ったの。
『ティミスの茶葉』っていうやつから入れたお茶だよ」
「これも錬金術関係なの?
……お茶なのに」
「一応、気持ちを落ち着けてくれる効果があるから……。
ほら、良い香りでしょう?」
「香りは良いけど、何だか苦い……」
「あはは、ちょっと炒りすぎちゃってね……。
でも、これでもかなりマシな方なんだよ?」
先週、この工房で作ったときはずいぶんと不味くなってしまったものだけど――
……その後、リリーちゃんに聞いてみたところ、火を通し過ぎ……と言うことだった。
授業で習った通りにやっていたんだけど、その授業で作ったものも、しっかり苦くなってしまっていて……。
同じように作っていたんじゃ、そりゃ同じ失敗になっちゃうよね。
「……ま、こういう味だって思えばそれなりにイケるんじゃない?
本来の味を知っていれば、不良品になるんだろうけど♪」
そう言いながら、フランは楽しそうに笑ってくれた。
「うぅ……。ちゃんと作ることが出来れば、それなりの値段で売れるんだよ……。
だから二度と失敗しないように、その味をしっかり覚えておこうと思ってね……」
「なるほどね~。
それじゃ私も、幼馴染としてしっかり覚えさせてもらおうかな」
「そうしておいて!」
……お互いが将来立派になったとき、今回のことはきっと細やかな失敗談として話のネタになるだろう。
きっとこれから長い時間を掛けて、私たち二人はそう言うネタをたくさん集めていくことになるのだ。
「ところでさ、この茶葉ってミーシャが作ったんだよね?
素材のお金って、完全に自腹なの?」
「一応、学院で安く買うことが出来るよ。
あくまでも勉強用だから、買える量は制限されているけど……卸値で売ってくれるみたい」
「おー、それは良いね。
きっとたくさん必要になるだろうから、そういうサポートは助かるよね。
……でも、ずっとは厳しくない?」
「うん、だからアルバイトとかも考えているんだけど……。
時間は出来るだけ、勉強に充てたいんだよね。早く実力も付けなきゃいけないし……」
「……あ、そっか。そうだよね。
ところでさ……イーディスの容態、正直……どうなの?」
……イーディス。
私の幼馴染で、フランにとっても幼馴染。
幼い頃から正体不明の病気に罹っていて、季節によっては起き上がることすら難しくなるのだ。
「やっぱり、春はダメだね……。
でも何とか、持ち直してくれたよ」
「……そっか、それは良かった。
4か月前に会ったときは、辛そうだったから……。
ミーシャも看病、ご苦労様でした」
今日の昼間、フランには軽くは伝えていたけど――
……やっぱり外では話し難いことだからね。
結局、しっかり話すのはこんな時間になってしまった。
「うん。でも、イーディスには怒られちゃったよ。
『私のために入学を遅くしてどうするの!』……って」
「私は家族の引っ越しの都合があったから、半ば強引に聖都に連れて来られたけど……。
ミーシャは自分の意思で、聖都に来ることになっていたからね。
それにその動機が、そもそもイーディスの薬作りなんだから……本人が辛そうにしていたら、考えちゃうよね……」
「うん……。正直、次の春が怖いよ……。
……ああ、そうそう。ついでに、『立派になるまで戻ってくるな!』とか言われちゃって……」
「あはは、自分のために入学を遅らされたんじゃね♪
でもミーシャだって、たまには村に戻る予定もあるんでしょう?」
「両親が村にいるからね~。たまには戻るつもりだよ」
「そのついでに、イーディスに会いに行くのは良いんだよね?」
「……多分?」
別の理由で村に戻るのであれば、会いに行かないのは逆に水臭いと言うか何と言うか……。
きっと『ついで』であるなら、イーディスも会うのも許してくれるだろう。
「それなら安心!
私はしばらく戻る予定は無いけど、ミーシャはいつ戻る予定?」
「んっとね。親からは、年に一度くらいは戻って来いって言われてるかな……?」
……単純に1年後なら、来年の三百年祭はもう終わっている時期だ。
あと9か月くらいだからね。
出来ればフランとイーディスと一緒に三百年祭を迎えてみたかったけど――
……でもその季節は、イーディスの体調はきっと悪いはず。
良くなっているのであれば、何らかの形で病気が治っているとき……?
私が薬を作れた……でも良い。
誰かが薬を作ってくれた……でも良い。
立派なお医者さんに治してもらった……でも良い。
……でもイーディスの病気って、正体が良く分かっていない病気なんだよね……。
だから私が原因を突き止めて解決してみせる!!
そう思って錬金術師を志したものの、道のりは長く険しいわけで……。
「――ま、ミーシャならきっと出来るよ!」
「そ、そうかな? どう言う根拠か分からないけど……」
「ほら、ミーシャって今まで……。
辛いときとか、ここぞってときには……まぁ、特にドラマチックなことって無かったじゃない?」
「え゛。
……まぁ、無かったけど?」
「だからきっと、これから何か良いことがあるよ!」
「えぇーっ! 根拠が全然無いじゃん!!」
「大丈夫、大丈夫!
私が断言してるんだから♪」
「そ、それを断言するフランは何者なの!?」
「裁縫士を目指す、一般人!!」
「うわぁ!!」
……ただの一般人から、今後の成果を確信される私。
特に運命に導かれたわけでもなく、特別な能力を持っているわけでもなく……。
そんな私に、一体何が出来るんだろう?
……いやいや、その『何か』を成し遂げるために、私は頑張っていくのだ。
頑張る人はきっと、みんなそんな感じなんだろうしね。




