Ex10.幼馴染①
錬金術学院の生活を何とかこなしていくと、いつの間にやら次の週末が訪れた。
クラスメートともそれなりに仲良くなったし、授業にも慣れてきたし、きっとこれからも何とかなっていくだろう。
しかし、来週からは『温泉バカ』の子が学院に復帰するのだ。
そこだけはちょっと不安かな?
何が不安かと言えば、また変な難癖を付けられないかな……と言うところなんだけど。
……ま、それは一旦置いておこう。
今日は待ちに待った週末なのだ。
時間を使ってやりたいことと言えば、工房の掃除や、足りなくなったものの買い出し、あとはもちろん勉強も――
……でもそれより、実は今日は大切な約束があるのだ。
先週に出していた、幼馴染のフランへの手紙。
それの返事が来ていて、今日は一日、一緒に遊ぶことになっているのだ。
待ち合わせの場所は、中央広場の時計塔……の、前にある噴水。
私は時計の長針を眺めながら、大切な幼馴染をのんびりと待っていた。
「――ミーシャ!!」
懐かしい声のする方を見てみれば、そこにはやはり懐かしい姿が。
……会うのは4カ月ぶりかな?
あのときは、彼女が村の方に遊びに来ていたんだけど――
「フラン! 久し振りっ!!」
私がベンチから立ち上がっている間に、フランは小走りで向かって来る。
再会を祝して、私たちは自然な流れで両手を重ねた。
手はそのまま絡ませ、お互いわちゃわちゃと握り合う。
「手紙、ありがと!
寮がダメになったとか、大変だったねっ!」
「あはは、本当に大変だったよーっ!
積もる話はたくさんあるからさ、今日はしっかり付き合ってよね!!」
「りょうかーい!
聖都の先輩として、私がいろいろと教えてあげよう!」
「聖都のいろいろ……。
先輩、もしかして観光ですか!?」
「聖都には見所がたくさんあるからね♪
ほら、身近なところで言えば、あの時計塔の時計だってそうなんだよ!」
「あ、洒落た感じで私は好きなデザインかな?
でも、かなり古そうだよね」
「あれは建国十年祭のときに作られたものなの。
オリハルコン製の部品が使われていて、ずっと動き続けるって話だよ!」
「お、オリハルコン……!? もしかして伝説の……!?」
「そうそう、それそれ!
その辺りはミーシャの方が詳しいよね? だって、錬金術師だもん」
「詳しいって言っても、私だって話にしか聞いたことが無いよ……。
『神の金属』って言われるくらいだし、そもそも作れるものなの?」
「私が知るわけないじゃない!」
「そこは先輩の知見で何とか!」
「後輩よ! 人に聞くばかりじゃなく、少しは自分で調べてみなさい!」
「ぐふぅ」
……そんな感じで楽しく喋りながら、私たちは中央広場を離れることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一般的に見れば、私は真面目な方だと思う。
だから割とお堅い場所にもすぐに慣れるし、知的好奇心を満たしてくれる場所も大好きだ。
「……そんなミーシャに打ってつけ!
ここは聖都の歴史館だよーっ!!」
「そんなものまであるんだね……!
でも、来年は建国してから300年だもんね。歴史があれば、こう言う施設もあるものか……」
「そうそう!
それにこの国、成り立ちがなかなか面白いし――」
入場料を払って歴史館に入ると、そこには綺麗で清潔な空間が広がっていた。
ガラスケースの中には古い何かが整然と並べられ、あちこちで展示がされている。
あとは年表とかが、壁に掲示されている感じかな?
……ちなみにクリスティア聖国は、かつて偉大なる錬金術師が作った国である。
それは一般常識のレベルで、この国に暮らす人なら全員が知っていることだ。
「――アイナ様」
「そうそう、アイナ様!
不老不死って話だから、今も生きてるはずなんだけどね。
でもしばらく、あまり表には出て来ていないみたいなんだよね~」
「そうなんだぁ……。
伝説の錬金術師……。会ってみたいなぁ……」
「ミーシャならそのうち、会う機会もあるんじゃない?
だって同じ錬金術師なわけだし、縁って言うのも分からないものだしさ」
「そう……かなぁ……。
……うん、頑張ってみるよ!」
「私も応援してるからね!
さて、ここを見るのは1時間くらいで良い?
他の場所も案内したいからさ!」
「ん、そうだね。
ざーっと見て、時間が足りなかったらまた来ることにするよ」
「ミーシャはこう言うの、好きそうだもんね~。
うん、それでこそ連れて来た甲斐があるってものだよ」
「フランは逆に、こう言うのはあまり好きそうじゃ無いもんね……。
ここは素直に、感謝しながら学ばせて頂きます!」
「よろしい! 苦しゅうないぞ!」
フランと話しながら、私はいろいろな資料を見てまわることにした。
知らなかったこともたくさんあって、好奇心がちくちくと刺激されてしまう。
「……ん? 『マーメイドサイド』?
え? 人魚って実在したんだ?」
「そうみたいだよー。今はもう、全然見られなくなったらしいんだけどね。
でも建国前は、この近くで人間と共生していたみたいだよ」
ふむ、なるほど……。
だから昔は、聖都の名前が『マーメイドサイド』だったのか……。
「今、聖都の名前は『ラミリエス』だよね?
何で変わったんだろう?」
昔の名前は『マーメイドサイド』。
今の名前は『ラミリエス』。
……国の中心地の名前を変えるなんて、気楽には出来ないはずだよね?
「えっとねぇ……。
百年祭のときに改名したらしいんだよね。
その頃にはもう人魚はいなかったし……、この国を守護する水竜王様の名前から頂いたみたい」
「水竜王様……。
あ、セミラミス様のこと?」
「正解っ! 一度、お会いしたことがあったよね?
あの方だって、建国前からずっと生きているんだよ」
以前、入学の手続きのために聖都を訪れたとき――
……教会に立ち寄ったときに出会った、素敵な人。
水竜王様だと言うことはそのときに聞いてはいたけど、街中で突然会ったものだから、全然イメージが湧かなくて……。
いや、それにしても建国前から生きているって、凄いご高齢だったんだなぁ……。
「――『セレスティア・ラミリエス』。
ファーストネームが信仰の名前になっていて、セカンドネームが聖都の名前になっているんだよね」
ちなみに私は、セレスティア教の信者だ。
この国の信仰の、二大勢力のひとつに当たる。
もうひとつの勢力の信仰は、ガルルン教って言う……少し可愛い感じの信仰。
……ご神体、兼、マスコットキャラの『ガルルン』がなかなか良い味を出しているんだよね。
「聖都でも、明日は礼拝の日になってるよ。
私はちょっと仕事で行けないんだけど、ミーシャは行ってみれば?」
「おー、そうだね。折角だし、行っておきたいかなぁ……。
出来れば毎週行きたいところなんだけどね」
礼拝の頻度は、各人に委ねられている。
私の場合、行くときと行かないときは結構ムラがあったかな?
お願いごとがあるときはたくさん行ったし、勉強で忙しいときはそれなりだったし――
……そう考えてみると、あまり信仰には熱心で無かったかもしれない。
「折角なら、ルーファスでも誘ってみれば?」
「え? それはダメだよ」
「えーっ? 何でーっ?」
私の即答に、フランは少し不満そうに返してきた。
「だって、ルーファスはガルルン教じゃん」
「……あ、そっか」
仲が良いからと言って、違う信仰の礼拝に連れて行くのはさすがにね……。
セレスティア教もガルルン教も、その辺りの懐は広い方だけど、信者としてはやはり自重したくなると言うか……。
「ま、ルーファスと何かするときは、フランも絶対に呼ぶからさ。
そのときは絶対に来てよね!」
「お、そう来なくっちゃ!
私たち、仲良し3人組だもんね♪」
「あはは、そうだね♪」
……でも、私は知っているんだ。
フランはルーファスのこと、好きなんだよね。
私としては、この二人が付き合えば良いなぁ……とは思っているんだけど……。
幼馴染から恋人に変わるのって、なかなかハードルが高いものだから……。




