Ex07.不在の3人
――ついに私の、初めての授業!!
そう意気込んでは来たものの、少し微妙な始まり方になってしまった。
教室の様子としては、前方に教壇があって、それを囲む形で席が作られている。
前の方の席は低く、後ろの方の席は高くなっていて、どこからでも黒板が見やすくなっている形だ。
適度な距離を空けて座れば、きっと30人くらいが席に着けるだろう。
座るところは自由だとは言え、入学式からはすでに3か月も経っている。
そのせいか、各人が座る席は大体決まっているようだった。
私はまわりから『誰?』と言う目で見られながら、どうにか適当な場所に席を確保することが出来た。
……そう言えばリリーちゃんたちは、学院では私のことを何も聞かされていないって言っていたっけ。
変なタイミングで復帰するのだから、先生方も事前に話しておいてくれれば良いのになぁ……。
ちなみに残念なことに、リリーちゃんもミラちゃんも、教室にはいないようだった。
ついでに、『温泉バカ』の子もいないようだった。
……同じ学年とは言っても、3クラスあるから……?
もしかして、違うクラスになっちゃったのかも……?
授業が始まると、冒頭で先生が私に自己紹介を求めてきた。
ここでまわりからの不思議な視線が、ようやく納得の視線に変わってくれたような気がする。
私はそんな中、あらかじめ考えてきていた無難な自己紹介をすることにした。
リリーちゃんたちにいじられないように、しっかりとイメージトレーニングはしてきたんだけど……その二人がいないのはちょっと残念かな。
……ガララ
私の自己紹介の最中、教室の後ろの扉から、リリーちゃんとミラちゃんがこそこそと入って来た。
それを見て、私はついつい安心してしまう。
誰も知り合いがいない中、数日前に知り合ったばかりとは言え、知っている人が来てくれたのだ。
経験がある人なら分かるだろうけど、これは本当に心強いことだよね。
挨拶の途中で軽く会釈をすると、二人も同じように会釈をしてくれた。
休憩時間になったら、早速話し掛けてみようかな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――と思ったら。
二人は休憩時間になるや否や、教室から出ていってしまった。
「あれぇ……?」
走ればまだ間に合う――
……そう思いながら、追い掛けようとしたところで私は声を掛けられた。
「ミーシャさん、初めまして!
ねぇねぇ、初めての授業はどうだった?」
「え?」
改めて見てみれば、私に話し掛けてきたのは近くに座っていた3人組。
授業中に私語もしていたし、ちょっとしたグループになっているのかな。
「授業も結構進んでいるよね?
分からないことがあったら何でも聞いてよ!
私の名前は――」
……そんな感じで、ごく自然に会話が始まってしまった。
でもまぁ、学院にはリリーちゃんたち以外にも同級生がたくさんいるのだ。
私としては出来るだけ多くの人と仲良くしていきたいし、今はこの3人組と話をするのも良いだろう。
今から追い掛けたところで、リリーちゃんたちに追い付ける自信は無いからね……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
休憩が終わり、次の授業の先生が来たところで、リリーちゃんたちも教室に戻って来た。
私と目が合うと、二人は朝のように軽くお辞儀をしてくれる。
表情から察するに、特に避けられているわけでは無い……と言うのは安心できるところだった。
……さて、それはそれとして。
私が今やるべきことは、目の前の授業を真面目に受けることだ。
友達作りのために錬金術学院に来ているのではないのだから、ここはしっかり勉強をしていかないといけない。
授業の内容としては、私が予習してきた範囲に含まれている。
ただ、少し分からない部分が出てきたところだったから、今日の授業を受けることが出来て本当に良かった。
一番最初が、一番心配だったからね。
あとはもう、ここでの勉強に邁進していくだけ――
――……カラーン コローン
気が付くと、授業の終了を終える鐘が鳴っていた。
今日の座学はこれでおしまい。
午後の授業は実技らしいから、それまでの休憩の間はリリーちゃんたちと一緒に――
……と思いながら二人を探してみると、彼女たちはまさに教室から出ていってしまうところだった。
「ちょ、ちょっと――」
「え? あ、どうかした!?」
私の声に反応したのは、前回の休憩時間に声を掛けてくれた3人組の中の1人。
私の突然の言葉に、少し驚いてしまったようだ。
「……あ、ごめんなさい。
えっと、何かな?」
「うん。今日のお昼、一緒に食べない?
何か持ってきていても、ここの食堂は持ち込むことが出来るからさ」
「そうそう! 一緒に食べようよーっ」
「あー……、うん。
ありがとう、それじゃそうさせてもらおうかな」
「やったー! 早速、食堂に案内するねっ」
私は3人組と一緒になって、食堂に向かうことになった。
途中で他のクラスメートからも話し掛けられたが、交わした言葉は挨拶程度。
一気にみんなと仲良くなるのは難しいから、少しずつ少しずつ……って感じになるのかな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
食堂で昼食を受け取ったあと、私たちは四人席に着いた。
当然のことながら、話題は新参者の私のことになっていく。
「――ねぇねぇ。午前中の授業、付いてこれた?」
「うん、予習をしていた内容だったから……。
ちょっと分からないところがあったけど、そこも解決できたかな?
やっぱり授業で教わると、分かり易いよね」
「へー、ちゃんと勉強してたんだ!
私、一人だとなかなか出来ないからなー。尊敬しちゃう!」
「私も私も♪
ついつい遊んじゃうんだよね~♪」
「そうそう、分かるーっ」
……あれ?
何となく……みんなの話に、ちょっと違和感が。
錬金術を学ぶために、ここに来ているんだよね……?
……でもまぁ、そう思ってしまうのも仕方が無いのかな?
勉強、勉強……ばかりじゃ、どうしても息が詰まっちゃうからね。
「――ところでみんな、『温泉バカ』って子、知ってる?」
ふと話題を変えるために、話の切れ目でそんな話題を出してみる。
リリーちゃんとミラちゃんに聞けば良いものだけど、今日のところはまだ話せていないから……。
「あー……。
それって、例の二人が呼んでるアレでしょ?」
例の二人……?
このタイミングで出て来るのであれば、間違い無くリリーちゃんとミラちゃんのことだろう。
「今日はいないみたいだけど、その子はドローシア温泉の跡取り娘なんだよね。
この学院を卒業したら、本格的にそっちの道に進むんだってさ」
……ドローシア温泉。
聖都の南側にある、この辺りでも人気の宿泊スポットだ。
遠からず近からず、そんな距離感が丁度良いのだと言う。
「ふぅん……。
だから『温泉バカ』なんだぁ……」
『バカ』は言い過ぎのような気もするけど……。
……いや、私が見て来た行動的に、彼女を揶揄したくなる気持ちも分かってしまうかな……。
「うちのクラスにはリリーさん……、って子がいてね。
彼女がみんなのことを、あだ名で呼ぶのよ。
ミーシャさんも、変なあだ名を付けられないように注意してね」
「あはは……。
そう言うアンタは『ポーションソムリエ』だもんね……」
「『癒し草の人』よりはマシよ……」
「うえぇ~……。私なんて『卵つるつる』だよ~……」
――ぽんぽん飛び出てくるあだ名に少し呆れつつ、しばらくはそんな話が続いていった。
……リリーちゃんの付けるあだ名。
全体的に、割と酷いと思うよ……。




