Ex06.だらだら
「疲れたぁ……」
……時間は夜。
無事に一日が終わり、あとは眠るだけ。
今日は、朝起きて~……。
フランとルーファスへの手紙を書いて~……。
裏のお屋敷の様子を見に行って~……。
クラウスさんと知り合って~……。
冒険者ギルドに行って~……。
手紙を出して~……。
その帰りにお菓子屋さんに寄って~……。
近所のお店にご挨拶をしてまわって~……。
……それで、外出はおしまい。
場所が場所だけに、安っぽいお菓子を持っていくわけにもいかなかったから――
……それなりのものを買ってみたんだけど……。
やっぱり貧乏学生には、結構厳しかったかなぁ……。
予想外の出費だったから、明日からは少し節約をしないと……。
……出来るのであれば、何か依頼でも受けて稼ぎたいところではあるかな。
錬金術学院には、それなりの量の依頼が舞い込んでくると聞いている。
私の実力なら、初級ポーションくらいは作れるし、その辺りが狙い目かなぁ……。
……こう見えても、村では初級ポーションくらいは作っていたからね。
「ひとつ上の中級ポーションは、全然安定しないから無理だし……」
作ることが出来たとしても、品質にムラがあるのでは依頼を受けるには難しい。
鑑定スキルを持っていれば、上手く作れたものだけを納品できるけど……、私はそんな素敵スキルは持っていないし……。
自分でアイテムを作ったとしても、品質をちゃんと調べるには、鑑定士さんにお願いしなければいけないんだよね……。
納品時の検品は無料でやってくれるけど、あれはあくまでも必要な品質に達しているかを調べているわけだから……。
あそこでムラが出まくれば、錬金術師としての腕前が問われてしまうわけで……。
……うーん。そうなるとやっぱり、私も鑑定スキルが欲しいなぁ……。
でも『スキル』として修得するには才能が必要だし、そうでなければ鑑定術を一から学んで行かなければいけないし……。
そんな時間があるなら、私は錬金術を学んでいきたいわけで……。
……『二兎追う者は一兎も得ず』。
全体的な見通しが立っていない以上、私は目先、錬金術に絞るべきだろう……。
「とすると、やっぱり初級ポーションかぁ……」
しかし錬金術師がたくさんいるのであれば、誰でも作ることの出来る初級ポーションは単価が低いはずだ。
それに可能であれば、現時点で余裕で作ることが出来るものよりも、作るたびに学んでいける高レベルの方が望ましいと言うか……。
……ただ当然のことながら、挑戦にはリスクが伴うわけで。
下手をすれば依頼が失敗。さらに下手をすれば、自身の名声に悪影響を及ぼしてしまう可能性も……。
でもさすがに、初級ポーションをずっと作り続けるのはなぁ……。
私はファーマシー錬金が専門だから、爆弾とかは作れないし……。
いや、これから勉強していくことになるだろうから、そのうち作れるようにはなるか……。
……でも私が錬金術師を目指すことにしたのは、ファーマシー錬金が目的だから……。
お金を稼ぐのであれば、やっぱりそっちが良いなぁ……。
……そうだ。
あとは毒治癒ポーションとか、そういうのでも良いのかな?
やったことはないけど、睡眠薬みたいなものも……何とか作れるかもしれない。
うぅーん。まぁ、考えたところでどうしようも無いか。
まずはどんな依頼が来ているか、それを確認するところから始めないと……。
……いくら考えても、求める依頼が来ていないんじゃ仕方が無いからね。
「――特に良い案は思い付かなかったけど……。
時間も時間だし、そろそろ寝ようかな……」
……明日は私の、初めての授業の日。
ここで寝坊なんてしようものなら、私のキャラは寝坊助に決定されてしまう。
それこそ卒業するまで、特にリリーちゃんからはずっといじられそう――
……下手をすれば、あだ名が『寝坊助さん』に変えられてしまいそうだ。
「リリーちゃん、かぁ……。
……それに、ミラちゃんも……」
この短い間でとてもお世話になった二人ではあるが、その正体は未だによく分かっていない。
街の実力者の娘……までは察することは出来るけど、あとはどうなっているんだろう?
同級生の中に、知っている人はいるのかな。
『温泉バカ』の子とか、もっと詳しいことを知っているのかなぁ……。
……そんなことを考えながら、私の意識は眠りの中へと落ちていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――ふと、遠くの方から鳥の囀りが聞こえてきた。
重い瞼を開けてみると、早朝の陽射しが部屋に射し込んできている。
この工房で朝を迎えるのはこれで2回目だけど、昨日は寝坊をしてしまったからね。
しっかり起きることが出来たのは、今日が初めてと言うことになる。
……さて。
今の時間は5時過ぎだ。
少し早いような気もするけど、何か気が引き締まるような時間でもある。
今日は寝坊をするわけにもいかないし、このまま起きてしまおうかな。
建物の中には誰もいない。
それを良いことに、私はパジャマのままでそこら辺をうろうろと歩きまわった。
以前のここの主、『七色の錬金術師』レティシアが今の私を見たら、きっと怒ってしまうだろうなぁ……。
神聖な工房で、だらだらするな……みたいな。
でも、そもそもレティシアってどんな人だったんだろう。
歴史に名前を残すくらいの人だから――
……きっと真面目で、ストイックで、凄い実力があって……。
錬金術の実力や実績を認められて、妖精王(いるのかは知らないけど)に認められたりして……?
その上で、7人もの妖精を雇って――
「……はぁ」
ついつい、私は壮大な物語を想像してしまった。
私もそんな錬金術師になれれば嬉しいけど……でも今は、そんなところまでは求めていない。
伝説に残るよりも、大切なことがある。
私はそれを、まず目指すのみなのだ。
まずは一歩一歩、しっかり確実に歩いていかないと……。
パンを焼いて、ジャムを塗る。
一人で椅子に座って、天井を眺めながらもくもくとパンを口に運ぶ。
ここは立派な工房だけど、私はこれよりも立派なものを求めることは無いだろう。
そもそもこのレベルだって、私にとっては大概不相応なのだ。
私が何を求めるかと言えば……、仲の良い友達。
笑い声に囲まれて、毎日を一生懸命、生きて行ければそれでもう満足だ。
でも、それには錬金術の腕がいる――
「……イーディス……」
私はふと、村に残してきた幼馴染の名前を呟いた。
聖都に引っ越したフランとは、また別の幼馴染。
そちらに注意が行った瞬間、私の心の中は少しだけ陰ってしまった。
「――まずは、勉強をしないとね……。
うん、今日から頑張らないと……!」
残りのパンを急いで食べ切り、私はそのまま準備を進めた。
鞄の準備は昨日に終わせているから、あとは身のまわりのことくらいだ。
すべてを済ませて、戸締りを何度も確認して、最後には指差し確認。
指で差すこと。これはとっても大切なこと。
大した管理は出来ないけど、今は私がこの工房を預かっているんだもん。
責任と感謝の意味を込めて、私が外出するときは必ずこれを実行するのだ。
「……それでは!
ミーシャ、行って参ります!!」
お店の入口の前で、誰とも無しに元気に挨拶!
挨拶をする人がいないのだから、せめて建物に挨拶を――
「おー、頑張ってなー」
「ひょぇっ!?」
突然後ろの方から、男性の声が聞こえてきた。
慌ててその方向を見てみれば、お隣の鍛冶屋さんが、笑いながらこちらを見ている。
私は照れ笑いをしながら何度も会釈をして、逃げるようにその場所から離れることにした。
……恥ずかしい。
見られていないと思っていて、実は見られていた――
……これはとっても、恥ずかしいことだよね……。
――でもまぁ、改めまして。
これよりミーシャ、錬金術学院に行って参ります!!
頑張るぞー! おー!!




