Ex05.裏のお屋敷
――気が付けば朝。
昨日に続いて、今日も何だかそんな感じだ。
「まぁ実際、疲れちゃうからね……」
新しい環境に変わるだけで、人間と言うものは疲れてしまう。
私の場合はさらに、初日からいろいろなことがあったわけで……。
今日は聖都に来てから3日目の朝。
それでも何とか、ようやく平和な朝を迎えられた……という感じだろうか。
初日はこの街に着いて、錬金術学院に挨拶に行って……。
……私の寮の部屋をダメにされて。
2日目はリリーちゃんとミラちゃんに、この工房を紹介してもらって……。
……掃除や買い物にも付き合ってもらって。
そして今日が3日目。
ようやく出来た、自由に動ける時間だ。
しかし明日からは、新しい学院生活が始まってしまう。
今日は疲れない程度に、行動は控えておくべきだろうか。
「……うーん。
フランとルーファスに会うにしても、約束もしていないからなぁ……」
フラン……と言うのは、私と同い年の幼馴染。
1年と少し前に聖都に引っ越して来ていて、そう言った意味では、ここでの暮らしの先輩と言うことになる。
ルーファス……と言うのは、私の村に来ていたときに知り合った、騎士の家門の男の子。
フランと一緒にちょっとした出会いがあって、そのまま仲良くさせてもらっているんだよね。
本来であれば、私やフランとは身分が全然違うんだけど――何だか馬が合う……って言うのかな。
「……とりあえず、手紙でも出しておこっと。
教えていた寮には住めなくなっちゃったわけだし……」
私は貴重な時間の中、ひとまず手紙を書くことにした。
今さら気取る間柄でも無い、短時間でぱぱっと書いて、ささっと出してしまうことにしよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――さて、冒険者ギルドに行こう!」
手紙を書き終わって、私は一人で力強く言った。
一人であっても、口に出すのは大切だ。
やるべきことが明確になって、気持ち良く行動に移すことが出来る……のだと、私は思う。
戸締りを何度も確認してから、私は工房から外に出た。
時間はまだまだお昼前。今からなら、やろうと思えば結構なことが出来るだろう。
……でも、最優先にするのは冒険者ギルド。
手紙や配送の依頼は、基本的には冒険者ギルドが窓口になっている。
フランかルーファスのどちらかには早目に会っておきたいから、今日中には手紙を出してしまわないといけない。
そんなことを考えながら辺りの様子を伺うと、通りの向こうにそれなりの人影が見えてきた。
全員が全員、身なりの良い格好をしている……。
……この通りに来る人って、やっぱりかなりの階級になるのかなぁ。
クリスティア聖国は他の国よりも階級意識は低いらしいんだけど、それでも私には見慣れない種類の人たちばかりだし……。
……でもまぁ、私は職人側の人間なのだ。
煌びやかな人がたくさんいても、私は影のところでしっかりと根強く、そして力強く生きていくことにしよう。
「あ、そうだ。
冒険者ギルドに行く前に――」
……実は昨日、私は気になるものを見つけていた。
それはこの工房の裏庭にあった、古びた扉。
向こう側の建物に続くような扉だったんだけど、鎖と錠でがっしりと縛られて、開かなくなってしまっていたんだよね。
ミラちゃんに聞いてみたところ、その扉は既に使われなくなってしまったもの……と言うことだった。
昔は使っていたみたいなんだけど――
……となると、どこに繋がっているのか、気になるものじゃない?
そんな好奇心を満たすため、私は通りをぐるっとまわって、工房の裏側を目指してみることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うわぁ……」
私は思わず、弱々しい声を上げてしまった。
移動した先は、たくさんのお屋敷が軒を連ねる場所だった。
そして優雅な人々や馬車たちが、たまに私とすれ違っていく。
……ここも私とは、住む場所が違う世界。
ただの錬金術師の見習い風情が、足を運ぶだけでも場違いと言う場所だった。
そんな中、私がようやく辿り着いた先も……そんなお屋敷の1つだった。
「……???
立派なお屋敷……だけど、何でここに繋がっていたのかな……?」
職人通りにある、錬金術の工房。
その裏庭から繋がっていたのは、立派なお屋敷……。
もしかして、あの工房を構えていた錬金術師のお屋敷……なのだろうか。
もしくはここで雇っていた錬金術師が、あの工房を構えていた……とか。
……うん、なかなかの名推理かもしれない。
となると、やっぱり挨拶くらいはしておいた方が良いのかなぁ……。
いや、扉は完全に塞がれていたから、する必要は無いのかなぁ……。
きっと立派な人が住んでいるんだよね? それなら無駄な時間を使わせるわけにはいかないし……。
……そんなことを考えていると、優雅な馬車がお屋敷の門をくぐり抜けて行った。
乗っている人の姿は見えなかったけど――
「……失礼。よろしいですか?」
「ひゃっ!?」
不意に、私は横から話し掛けられた。
慌てて振り返ると、執事姿の若い男性が立っている。
「当家をご覧になっているようですが、何か御用ですか?」
「あ……。こ、こちらの方ですか!?
すいません、あの、私、裏の職人通りに引っ越してきた者でして……」
「はい」
「……そっ、それでですね!
裏庭から、こちらのお屋敷に繋がっている扉があって……。
だからその、ちょっと様子を見に来たと言いますか……」
「なるほど。
あなたが裏の工房を、新しく管理される方なのですね」
「あ! それです、それ!
……って、あれ? そのことをご存知なんですか?」
「仰る通り、扉は塞がれていますが、こちらの裏庭と繋がっておりますので。
念のため……と言うことで、使いの方が昨日、こちらに見えられたんです」
お、おぉ……。
使いを出してくれたのは、きっとリリーちゃんたちのお母さんだろうけど……。
こんなお屋敷に使いを出せる人なんだ……! やっぱり凄い……!!
「お、お世話になります……。
あの、手土産も無くて……申し訳ないのですが、そんな感じで……」
「お気になさらないでください。
ご主人様にも、今度来られた方は可愛いらしい方だったと伝えておきますね」
「いやいや!? その伝え方はどうかと……!!
……ちなみにこちらのお屋敷って、どなたが住んでおられるんですか?」
「ふむ……。
あなたは錬金術師の方なので、もしかしたらご存知かもしれませんが――」
……おっと、錬金術繋がりなのかな?
それなら裏庭が繋がっていたのも、やっぱり納得しちゃうよね。
「有名な方、ですか?」
「はい。こちらはベールモンド家のお屋敷になります」
「ベールモンド……?
……うん、聞き覚えはありますね……」
どこで……だっけ?
確かに、錬金術繋がりのような気はするんだけど……。
「初代当主の名前は、レティシア・ヴェン・ベールモンド様です。
ご存知ありませんか?」
「……あっ! そうだ、その方です!
聖国が出来たあとに活躍した、天才錬金術師……ですよね!?」
確か妖精を7人使役して、『七色の錬金術師』なんて言うふたつ名が付けられた錬金術師。
『神域の芸術家』アドルフと言い、『七色の錬金術師』レティシアと言い――
……聖都は伝説級の人がごろごろ出て来るから、何だかめまいがしてしまいそうだ。
「その通りです。
現当主は、ビヴァリー・ラムズ・ベールモンド様になります」
「……むむ?
その方も、どこかで聞いたことがあるような……?」
「錬金術学院の、学院長をなさっておられます。
あなたがそこの生徒であれば、お会いする機会もあるかもしれませんね」
「えぇ……。
2日前にお会いしたばかりですよ……」
「ほう……。学院の生徒の方でしたか。
申し遅れました、私は執事のクラウスと申します。
もし何か困ったことがあれば、是非相談にいらしてください」
「え、良いんですか?」
「もちろんです、ご主人様の可愛い生徒の方ですから。
相談に乗ることくらいしか出来ませんが、それで良ければいつでもどうぞ」
「は、はい! ありがとうございます!
私はミーシャ。ミーシャ・ナタリア・オールディスって言います!」
「……ミーシャさん、ですね。
それでは御用があれば、勝手口より私をお呼びください。
使用人たちにはしっかり伝えておきますので」
……おお、やった!
何だか突然、コネっぽいのが出来たぞ!
生かすも殺すも自分次第だけど、こう言うものは、ある分には困らないからね!
……それにしても、工房の裏には学院長のお屋敷かぁ。
これはこれで、何だか監視されている気がしてしまったりして……。




