Ex03.寮での生活
リリーちゃんとミラちゃんと一緒にお昼を食べて、二人とはそこでお別れになった。
残念だけど、二人には午後の授業があるからね。
また来週に会う約束をしてから、私は次の目的地に向かうことにした。
次の目的地……と言うのは、私がこれからお世話になる、大きな大きな寮。
半年前、入学の手続きをしたときにも寄っているけど、ここもしっかりとした場所なのだ。
まずは完全個室で、水まわりの設備も完全に整っている。
それに加えて、共有スペースではあるものの、錬金術の設備がかなり充実しているのだ。
つまり学院にいないときでも、錬金術の勉強がいつでも出来る。
まさに錬金術師を目指す者にとって、そこは楽園とも言える場所……なんじゃないかな?
……ちなみに、リリーちゃんとミラちゃんは寮には入っていないそうだ。
毎日自分の家に帰って、錬金術の勉強もそちらでやっているとのこと。
でもそれって、二人の家には錬金術の設備があるってこと……だよね?
本当に、一体どういう立場の子なんだろう。
いつかその辺りも、しっかり教えてくれると嬉しいなぁ……。
「――……さて、やっと着いた!」
学院からは、歩いて20分ほどの場所。
多少は歩くイメージだけど、これくらいなら運動不足の解消には持って来いだろう。
そんなことを考えながら、私は意気揚々と寮の中に入って行った。
私のテンションは上がりっ放しだ。
何と言っても、私の新しい生活がここで始まるのだから――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……あら?
こんな廊下で、一体どうしたんですか?」
時間は夕方。
場所は錬金術学院。
力無く項垂れている私に、ミラちゃんが声を掛けてきてくれた。
リリーちゃんもその横で、不思議そうに私を見ている。
「うぅ……。
うえぇ……っ。ミラちゃーん……、リリーちゃーん……。
待ってたよぉぉおぉ~……」
私は涙ながらに、ミラちゃんに抱き付いてしまった。
我ながら、どうにも感情の制御が上手く出来ないようだ。
「ど、どうされましたの……?
ここでは何ですし、食堂にでも……」
「別のところが良いよぉ~……っ」
「そ、そうですか?
とりあえず、学院の外に行きますか……?」
「ふみゅ……。
何があったのかは知らないけど、大丈夫なの! 安心するの!」
子供っぽい言葉ではあるが、リリーちゃんも私を慰めてくれる。
……優しい二人に出会えていて、本当に良かった。
私はこの街に、知り合いなんてほとんどいないから――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……場所は変わって、老舗の名店『カフェ・ルーシー』の奥まった部屋。
ここは特別なお客さんしか使わせてもらえない個室だそうなんだけど、こんなところにまでコネを持つ二人って一体……。
「それで、どうされたのですか?
次にお会いするのは、てっきり来週かと思っていたのですが……」
「もしかして、私たちを待ってくれていたの?」
「うん……、ごめんね……。
学院に用事があったのもそうなんだけど、心細くなっちゃって……。
でも二人とも、こんな遅くまで頑張っていたんだね……」
「リリーの勉強を見ていましたの。
大体毎日、これくらいになってしまいますわね」
「次こそ、テストでミラに勝つの!」
「リリー? 私だって悪い方なのですから……。
もう少し、上を目指しましょう?」
「まずは小さな目標から、なの! ママもそう言っていたの!」
「それでは私も、もう少し上を目指すことにしましょう。
リリーに追いつかれないように、ね」
「ぐぬぬ……なの!」
「あはは……。
……二人も大変なのに、本当にごめんね……」
「いえ、全然問題ありませんわ。
お母様にも、友達は大切にするように言われておりますので」
「……友達?
嬉しいなぁ……、そう言ってくれるんだ……」
「みゅー……。昼間とは別人みたいに、しょんぼりしちゃってるの……。
……一体、どうしちゃったの?」
「お話をしたいことがあったんですわよね?
私たちで手伝えることならお手伝いしますので……。
何でも気楽に、相談してくださいな」
「うぅ……。二人と出会えていて、本当に良かったよ~……。
実はね――」
――私は寮に行ったあとのことを、二人に話すことにした。
まず、私が訪れた時点で、寮の中は慌ただしくなっていた。
『何か』が起きていたのはすぐに察したけど、寮の管理者さんのところに行ったら、そこでも要領を得ていなくて……。
……しばらくしてから判明したのは、私が入るはずだった部屋が、豪快に荒らされていた……と言うこと。
昼までは特に何もなかったのに、いつの間にか誰かに荒らされていて……。
しかもおかしな薬品もばら撒かれていたそうで、結構な異臭騒ぎになっていたそうだ。
他には空き部屋も無い。
犯人も分からないまま。
そんな状況を、私は学院に報告しなければいけなくなってしまった。
ようやく報告が終わったところで、心がポキンと折れてしまって――
「……酷いの! 可哀想なのっ!!」
「まったく、誰がそんなことを――」
……しかしそう言いながら、ミラちゃんは何かに気付いたようだ。
「ミラ? どうしたの?」
「そう言えば……。
『温泉バカ』が、午後の授業にいませんでしたわね……」
「……確かにいなかったの!
きっと犯人はアイツなの!!」
「えぇ……?
私、そんなに恨みを買ってたの……?」
リリーちゃんと『温泉バカ』の子の口論を見ていて、それで絡まれてしまったけど――
……それだけで、何で私に矛先が向いてしまうのだろう。
「普通なら、そこまでやることは無いとは思いますけど……。
ただ、頭が少し残念な方なので……」
「『少し』じゃないの!」
「皮肉ですわ」
……おっと。ミラちゃんも結構、冷静に言い切るタイプなんだね……。
しかしこの二人のやり取りを見ていると、私の不幸なんて、案外どうでも良く思えてきてしまったかも……。
おかしな同級生……は、嫌だけど。
でもそのおかげで、私はこんなに素敵な同級生と知り合うことが出来たのだ。
錬金術では、何かを作るには何かを消費する必要がある。
だからきっと、私は『おかしな同級生』を消費して、『素敵な同級生』を得たのに違いない。
もしかすると、この二人と出会っていなければ、私の部屋は何ともなかったかもしれない。
でも仮に、時間が半日だけ戻ったとしても、私は今の時間をまた進めたくなってしまうだろう。
それならもう、心を折れたままにしておくのは止めておこう。
時間は有限なのだ。私には、無駄にするための時間なんて無いのだから……。
「……あはは。
二人のやり取りを見てたら……、何だか元気が出てきた!」
「立ち直りが速いの!」
「それは良いことですわ。
時間はいくらあったとしても、同じ時間はもう来ないのですから」
「そうだね……、本当にそれ。
ちなみに今のも、ミラちゃんのお母さんの言葉?」
「……はい。私たちも、それを胸に刻んで生きていますわ」
なるほど、やり手のお母さんだもんね……。
『時は金なり』って言葉もあるし、きっと無駄な時間を省きまくって、一生懸命に働いているんだろうなぁ。
「でもとりあえず、元気が戻って良かったの。
それで、『緑帽子』はこれからどうするの?」
「えぇっと――
……え? 『緑帽子』?」
「ああ、すいません。
リリーは人のことを、あだ名で呼ぶクセがありまして……」
「ふ、ふぅん……?
……って、私の特徴って帽子しか無いのかな!?」
「んーん? 素敵なお帽子だなぁ……って思ったの!」
「ありがとう……?
でもそれ、何も言い変えていないから!!」
「そうなの?」
「そうなの!!」
「まぁまぁ……。
リリーに名前で呼ばれるなんて、それこそ珍しいことですから……」
「えーっ!! でもやだーっ!!
せめて名前の一部とかで呼んでよーっ!!」
「むむむ……。
そこまでこだわる人は初めてなの……。
それじゃ、『こだわり屋さん』に変えてあげるの!!」
「名前からにしてーっ!?」
「むむむ……」
……結局、何とか『ミーちゃ』って呼ばれることになったよ……。
『ミーちゃん』になりかけていたけど、名前より長くなるから嫌だって……。
だから『ミーちゃ』。
『ミーシャ』じゃなくて『ミーちゃ』
これくらいならもう、普通に名前で呼んでよ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
二人に元気を分けてもらってから、私たちは学院の外に出ることにした。
……外はもう暗い。
二人にはたくさんの時間をもらってしまい、何とも申し訳の無い限りだ。
「ミーシャさんは、今日はどうされるんですか?」
「今日はね、適当に宿屋をとって泊まる予定。
明日は寮に一応寄ってみて……、でも多分ダメだろうから、どこか部屋を探さないといけないかな。
……寮でたくさん、錬金術の勉強が出来ると思っていたんだけどなぁ……。それが残念……」
新しい部屋は、見つけてしまえば問題は無い。
気になる賃料は、錬金術学院の方で補償してくれる話になっているのだ。
しかし、錬金術の設備がある部屋……と言うのには無理があった。
そもそも賃料が跳ね上がってしまうのが問題で、そこまでの補助は出来ないそうだ。
就学中の生活費には限りがある。
故郷の村では、そのための借金も少しはしてしまっている。
……今の私には、どんな選択肢があるんだろう?
宿屋で落ち着いてから、一晩ゆっくり考えてみることにしようかな……。
「――ねぇ、ミラ。
私たちに、何か出来ることは無いの?」
「うーん……、そうですわね。
それではお母様に、相談をしてみることにしましょう」
「いやいや! 知り合って間も無いし、そこまでしてもらわなくて大丈夫だよ!?
それに二人とは、お金の発生する関係にはなりたくないし……」
「……ミーシャさんは真面目な方ですのね。
でもそういう方、私たちのお母様は大好きなんですよ♪」
「なの♪」
「えぇ……」
お節介で優しいお母さん……。
私のお母さんもそうだったけど、二人のお母さんもそうなのかなぁ……。
……ひとまず私たちは、明日会う約束をしてから別れることになった。
明日と明後日は、週末でお休み。
そのあと、私の学院生活が始まることになるから――
……それまでには何とか、生活の基盤を整えておきたいところだなぁ……。




