Ex01.出会い
「――……手続きは終了です。
これから頑張ってね、ミーシャさん」
「はいっ!」
大きくて広い、そして貫録のある立派なお部屋。
ここは世界的にも有名な、クリスティア聖国の錬金術学院、学院長室。
一般の生徒は、ここに入る機会なんてずっと無いはずなんだけど――
「……それにしても、入学式から3か月も遅くなってしまったわね。
基礎的な範囲は終わった頃かしら。……授業には付いていけそう?」
学院長の先生は優しく聞いてきてくれた。
偉ぶることの無い、上品なお婆様。
私も年を取るなら、こういう取り方をしていきたいものだ。
「はい、不安はあります。……でも、教科書は読み込んできました。
実技は……まったくの初心者でもないので、何とか頑張っていこうと思います!」
「ミーシャさんは真面目な子だから、ひとまずは大丈夫そうね。
来年に掛けて、色々と慌ただしくなってしまうから……その分、さらに頑張らないと」
「そ、そうですよね。来年は聖国の三百年祭がありますし……。
……あはは、心配になってきました……」
「気持ちは分かるわ。でも、学院も全力でバックアップしていきますから。
何か困ったことがあったら、先生方にすぐ質問をしてね」
「分かりました、ありがとうございます!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……バタン。
「はぁ~……。
やっぱり緊張したぁ~……」
学院長室から出て、重々しい扉が閉まったのを確認してから、そこでようやく一呼吸。
初日から一番偉い人と話すだなんて、若輩者の私としてはさすがに緊張してしまうわけで……。
――……改めまして。
私の名前はミーシャ。
ミーシャ・ナタリア・オールディス。
今年の春から錬金術学院に入学することになった、ぴっかぴっかの一年生!
……ただ、諸般の事情で入学が3か月ほど遅れてしまったんだけどね。
だから学院長室になんて呼び出されて、そこで手続きをすることになって……。
事務的な処理がまだまだあるらしく、私が授業に出られるのは来週からだそうだ。
……不安だけど、とっても楽しみ。
私だって錬金術が好きだし、作りたいものがあってこの道を選んだんだから……。
たくさんたくさん、勉強を頑張っていかないとね。
「それにしても、広いなぁ……」
私は広い廊下を歩いていった。
学院長室に行くときは職員さんに案内してもらったから、ゆっくり見まわすのはこれが初めてだ。
クリスティア聖国の錬金術学院と言えば、世界中で一番……との評判がある。
伝説の錬金術師の影響を大きく受けていて、さらに寄付金の額も半端ない。
圧倒的な資金力に、経験豊かな教師陣。さらに最先端の素晴らしい設備。
そして心の通った教えが隅々まで――……と、教育環境もずば抜けているのだ。
そんな凄い場所だからこそ、廊下のひとつを取っても、抜け目がない……って言うのかな。
重苦しい雰囲気の廊下を抜けて、何人かの警備員の横を通っていく。
そしてようやく、私の落ち着きそうな場所に出ることが出来た。
同世代の生徒が行き交う、広大なスペース。
天井もかなり高く、建築技術と美的センスの両方を感じることが出来る。
ちなみにこの建物、かなり古いものらしい。
しかし内装を手掛けたのは、確か当時の有名なデザイナーだったらしいんだけど……。
名前は……何だったっけ? 喉まで出掛けているんだけど……まぁ良いか。
……時計を見てみれば、今はお昼の少し前。
そろそろ授業が終わる頃だけど、既に人の姿はまばらに見える。
きっと授業が終わったクラスと、まだ終わっていないクラスがあるのだろう。
終わったクラスの生徒たちだけ、共有スペースに出てきている……って感じなのかな。
……さて、昼食はどうしよう。
今日からお世話になる部屋にも早く行きたいけど、お腹も減ってきちゃったし……。
ああ、そうだ。ここには食堂もあるんだっけ。
それならまずは、食堂に寄ってみようかな。
安いと良いなぁ……。
あと、出来るだけ美味しいと嬉しいんだけど……。
そんなことをのんびり考えていると、遠くの方から大きな声が聞こえてきた。
「――その子、迷惑してるの!
いい加減にするの!!」
咄嗟にその方向を見てみれば、広大なスペースの端の方――
……女の子が何人か集まっていて、そこから聞こえてくるようだった。
ケンカかな?
人がたくさん集まるところなら、ケンカなんて珍しくも無いからね。
しかし当然のことながら、行き交う生徒たちは距離を取るように歩いている。
誰しも、面倒事には首を突っ込みたくないものなのだ。
……でも、私には天性の野次馬根性があったりする。
何だか気になって無視できないと言うか……。
だから今回も、遠巻きに覗いてみようかな!!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
近付いて行くに連れて、ケンカのような声は大きくなっていった。
集まっている人数は……4人のようだ。
「もー! あんたには関係が無いでしょ!?
私はコイツに用事があるの!! いつもいつも、横から出しゃばらないでよ!!」
「見て分からないの!?
いっつもいっつも、この子は迷惑してるの!
私たちの影で、こそこそちょっかいは出さないで欲しいの!!」
主に言い争っているのは、赤髪の少女と黒髪の少女。
……それにしても、あそこまでの黒髪って……初めて見たかも。
実際、真っ黒って言うのはかなり珍しいんだよね。
赤髪の少女と黒髪の少女の間には、緑髪の少女が弱々しい表情を浮かべながら立っている。
そしてもう一人、水色の髪の少女が、黒髪の少女の後ろに立っていた。
……ここの生徒であるなら、私とは同世代のはず。
先輩だったら嫌だなぁ……。いや、同い年でもそれはそれでちょっと嫌か……。
「あ、あの……。
私は、大丈夫だから……」
「ほーら!! この子も大丈夫だって言っているでしょ!?
部外者はさっさとあっちに行ってよね!!」
「大丈夫じゃない子は、みんな『大丈夫だ』って言うの!!」
「はーっ!? 何よ、その理屈!!
あんた、頭は大丈夫? この学院にはちゃんと、受験をして入ってきたんでしょうね!?
もしかして、親のコネでも使ったわけ!?」
「そんなことしないもん!
私、ちゃんと受かってきたもん!!」
「どうだかね~? あんたのうちってお金持ちなんでしょ?
裏口入学とか、出来ちゃうんじゃないかしらーっ!?」
赤髪の少女の矛先は、徐々に黒髪の少女に向かっていった。
弱い者いじめの構図から、1対1の口論に――
……と言うところで、後ろにいた水色の髪の少女が話に入っていく。
「人の悪口は良くありませんわ。
この子だって、ちゃんと努力をしてきたんです。その努力を馬鹿にする権利は、あなたにはありませんわ」
「あはは、何をしたり顔で言ってるのよ! あんただって同じじゃん!!
二人して裏口入学なわけ!? 勉強は出来ないし、ずっと仲良しこよしだもんねーっ!!」
「……はぁ。ダメですわ、この子。
多少の勉強が出来たとしても、頭の中がお花畑みたい。
何でこんな子がこの学院にいるのかしら。……もしかして、裏口入学?」
「はっ、はぁああああーっ!?
そんなわけ無いじゃん!! ふざけたこと言ってると――
……ん?」
不意に、赤髪の少女が私の方を見てきた。
「……え?」
あまりにも突然の出来事だったため、私はついつい辺りを見まわしてしまう。
しかし他の人はここから距離を取っており、どう見ても私しか該当しなかった。
「何よ、見世物じゃないんだから!!
あんた、見ない顔だよね? ここの生徒なの!?」
気が付けば、赤髪の少女は私の前にずかずかと歩いて至近距離までやって来た。
私の方が身長が高いから、少しだけ見上げられている状態になっているけど……。
……うわぁ。学院に来て早々、変なのに絡まれちゃったなぁ……。
「えぇっと、私は――」
「隙あり!! なのーっ!!!!」
「ぐぼぁっ!?」
ズシャアアアアアァッ!!!!
突然、赤髪の少女は真横に吹っ飛んでいった。
反面、黒髪の少女は私の側で、着地を華麗に決めているところだった。
……何これ。
飛び蹴りでも食らわせたのかな……。
元いた場所を見てみれば、そこにはもう誰もいなかった。
緑髪の少女は、どこか遠くに逃げてしまっている。
その様子を伺いながら、水色の髪の少女はこちらにゆっくりと歩いてきた。
「はぁ……。
先週、先生方にお叱りを受けたばかりですわよね……?」
「むにゅー……。
だって、『温泉バカ』が全然懲りてなかったからなの……」
『温泉バカ』……と言うのは、ニュアンス的に赤髪の少女のあだ名……なのだろう。
さっきみたいな言い争いは、どうにもしょっちゅう起きているようだ。
この学院は知的な学び舎なのに、こういう人たちもやっぱりいるものなんだね……。
……って、それよりも!
「え、えっと……。
あの子、気絶してるけど……。誰か呼ばなくて、大丈夫……?」
私の質問に、黒髪の少女はきっぱりと答えた。
「大丈夫なの!
放っておけば、そのうち生き返るの!!」
「えぇ……」
「……とは言え、たくさんの方に見られてしまいましたわ。
ほら、先生に謝りにいきますわよ」
「えぇー……。
でも、これからお昼ご飯の時間なの……」
「自業自得ですわ。
ほら、あなたも行きますわよ」
「えっ!? 私も!?」
突然の呼び掛けに、私は驚いてしまった。
私は見ているだけで、それこそ何の関係も無かったはずなのに――
「……客観的に、あなたが見ていたことを伝えて頂ければ構いませんわ。
申し訳ございませんが、よろしくお願いいたします」
水色の髪の少女は、礼儀正しく言ってきた。
……改めてそう言われると、断るわけにもいかないか。
「わ、分かりました……。
えっと、私はミーシャって言います。お二人は?」
「私はリリーなの!」
「ミラと申します。よろしくお願いいたしますわ」
黒髪の少女、リリーちゃん。
水色の髪の少女、ミラちゃん。
どこか不思議な雰囲気を放つ彼女たちと、私は出会ってしまった。
そしてこれから私が目撃するのは――
……多分、お説教の光景。
学院に来て早々、これって一体どうなんだろう……。




