813.建国式典④
――建国式典。
簡単に言えば、私たちの国を内外にお披露目するためのイベントだ。
このイベントを経て、ようやく『国』が完成し、『国境』が生まれる。
今まで私たちは、ヴェルダクレス王国の一部を占拠した、王国の反勢力……と言う、少しヤクザな位置付けだった。
しかしこれからはその呪縛から離れ、新しいひとつの国として歩み始めることになるのだ。
そして『国』とは、他の国と共に歩んでいくもの。
そのため今回の建国式典は、国交を結ぶ調印式も同時に兼ねることになっていた。
そして私が参加するのは、その調印式から……と言うことになる。
「――アイナ・バートランド・クリスティア様、御入場ーっ!!!!」
立派で荘厳なお城の広間に、そんな大声が響き渡った。
私はそれを受けて、入口から広間を突っ切るように歩いて行く。
この広間は、舞踏会を余裕で開けるくらいには広い。
大きなテーブルが整然といくつも並べられ、様々な国の代表たちがそれぞれの席に着いている。
そして広間の一番奥では、ファーディナンドさんが威厳を放ちながら堂々と席に着いていた。
来賓のテーブルとは向かい合う形で、調印式の中心の場所になっている……と言う感じだ。
ちなみに他の国から呼んだ人の中には、つい1時間ほど前に、ガルルントークで盛り上がった人たちも大勢いる。
そのことを考えれば、今は緊張する時間でも無い。
むしろ何だか、楽しくすらなってしまう。
……注目を集めているものの、私は特に急ぐことはしない。
私は立場的に、王様のファーディナンドさんよりも上なのだ。
それは私たちの国のルールで、他の国も承知をしていること。
だから私は、今は悠然と歩いて行けば良いのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私の席は、ファーディナンドさんのテーブルの後ろにあった。
ファーディナンドさんを後ろから見守る……そんな感じの位置取りだろうか。
この辺り、私たちの国の体制を暗に示してしているのかもしれない。
私が席に着いたあと、調印式は粛々と進んでいった。
外国のお偉いさんたちが、ファーディナンドさんのテーブルまでやって来て、2枚の同じ書類にそれぞれサインをしていく。
そして両者がサインした書類を、両者がそれぞれ手元に残しておく……と言った寸法だ。
こう言う光景、テレビで見たことがあったかもしれない。
そんな中、私はその光景をただ見守るだけ。
今は『見守る』ことが、私に課せられた『役割』なのだ。
今回参加した9つの国と、それぞれ国交樹立の書類を交わしていく。
それが終わると、私の次の仕事が始まる。
どんな仕事かと言えば――今日の挨拶のその1、お偉いさん向けの挨拶を行うのだ。
私は悠然とした態度を改めて意識しながら、椅子から静かに立ち上がった。
一歩だけ前に出て、その場にいる人々に話し掛けていく。
「――……みなさま。
この度は我が国との国交樹立、誠にありがとうございます」
私は話し始めるが、特にどこから声が上がると言うことも無い。
拍手も無いし、特筆すべきことは何も起きて来ない。
……みんなが静かに、私の話を聞いている。
「私たちは長らく、ヴェルダクレス王国の領土に居を構え、不法な立場で過ごして参りました。
しかしこうして、みなさまの協力を得て、ようやく胸を張れる立場までやって来れたのだと思います。
互いの価値観と利益を尊重し合い、悠久の平和を築いていけるように――
……我が国は誠心誠意、みなさまと行動を共にして参りたいと考えております」
よーし、ここまでは順調、順調♪
そう思った瞬間、私の目線の先で、一人の男が突然立ち上がった。
国ごとに分かれているテーブルの中のひとつ。
ザイラード共和国と言う国から来た、2人の代表が座るテーブルだった。
「――『我々』はこの不法な建国に反対するッ!!
この大陸はヴェルダクレス王国のものッ!!
反逆者の神器の魔女は、今ここに命を落とすべしッ!!!!」
……穏やかでは無い言葉。
周囲の目は、当然ながらその男に全て注ぎ込まれる。
しかし私は慌てない。
何故ならこの男こそが、ジェラードが言っていた『煉獄契合戦線』――とやらの構成員だからだ。
まさかこんなに目立ったタイミングで私の命を狙ってくるとは……。
結構な距離が空いているけど、その男の両手は私に向けてかざされている。
恐らくは魔法でも使って、私に攻撃を――
……と思ったところで、私は驚いてしまった。
その男性が手に構えていたのは『拳銃』。
タナトスが以前作らせていた銃はそれなりに大きいものだったが、目の前のそれはかなりの小型――
……そこまで理解した瞬間、私の中で冷たい感情が走るのを感じた。
どこからもたらされたものかは分からない。
見た目は全然、タナトスが発案したものとは違う。
だから、タナトスからの経路は否定できるはずだ。
恐らくは、もっと別のところから。
転生者なんて今までにたくさんいたのだから、その中の誰かではあるんだろうけど――
パァアアアアンンッ!!!
銃声が響いた。
周囲のお偉いさんたちは、聞き慣れない突然の音に、慌てて耳を塞いだ。
拳銃から放たれた弾丸は、私に目掛けて飛んでいき――
……しかし、そこでおしまい。
その弾丸は残念ながら、突然現れた透明な壁によって止められてしまった。
会場の端に列席していたエミリアさんが、私を防御の魔法で守ってくれたのだ。
その直後、私は大きく右手を掲げた。
口元には冷たい笑みが混じっていたような気がする。
そして私が今、何よりも思うことはただひとつ――
……『それ』は、この世界には要らない!!
バチバチバチィッ!!!!
「ぐあっ!? うわああああーっ!!!!」
激しい電撃が、拳銃を持った男に突然襲い掛かった。
しかしこれは、私が使った魔法では無い。
あらかじめ魔法師団が仕込んでいた設置型のトラップを発動させたのだ。
もちろん、他の人の足元にはこんな危険なトラップは仕込んでいない。
前情報のあったこの男の足元にだけ……と言う形だ。
男が崩れ落ちた瞬間、ジェラードがどこからともなく姿を現した。
そしてそのまま、男の腕を取って縛り上げる。
それに続く形で、会場を守っていた騎士たちがジェラードのフォローに入っていく。
突然の出来事が収束を迎え、周囲のお偉いさんたちも安堵の声を漏らしていた。
「――みなさま、お騒がせしました。
この場にあのような侵入者が訪れたこと、大変悲しく思います。
……ところで? その方は、ザイラード共和国の方ですよね?」
「お、お待ちください……!
何かの間違いです! い、いえっ! どうかお赦しを……っ!!」
ザイラード共和国のお偉いさんの一人が、慌てて私に謝り始めた。
先ほどまで、自身の横にいた人間がとんでもないことをしでかしたのだ。
単純に考えても殺人、今の状況を踏まえれば国際問題……。
……ザイラード共和国は、今回参加している中でも最も小さな国だ。
もしここで私たちの国との関係が拗れてしまれば、致命的な問題になってしまうだろう。
「慌てないで、落ち着いてください。
……それで、その方は? ザイラード共和国の方で、よろしかったですか?」
「え……?
は、はい……。私たちの代表団のひとりで――」
「ザイラード共和国の方……、なんですね?」
「……あッ!?
い、いえっ、失礼しました!
このような者、私たちは存じ上げておりませんっ!!」
私の繰り返しの質問に、そのお偉いさんはようやく察してくれた。
「そうですか。それならこの実行犯は、私たちが拘束させて頂きます。
ザイラード共和国のみなさまにおかれましては、何の心配もなさらないようにお願いいたします。
……ちなみにその男、『煉獄契合戦線』と言う結社に所属する者だそうです。
ご存知でしょうか。私たちが平和を築いている世界に、自分勝手な混乱をもたらそうとする組織――」
私の問いかけに、全員が知っているような反応を示した。
多分、この中では私が一番詳しくないはずだけど……。でもここは、挨拶のひとつのピースになってもらっちゃおう。
「――私たちは、より平和な世界を築いていかなくてはなりません。
ご存知の方もいるかと思いますが、私はここに至るまで、様々な難局に直面して参りました。
……だからこそ、争いの無い平和な世界を作っていきたい。
どうか私たちに力を貸してください。
そして手を取り合い、共に繁栄していけることを……私は強く、願っております」
……私の挨拶は、これでおしまい。
満足したかは分からないけど、その場にいるお偉いさんたちは大きな拍手で返してくれた。
反省点はいくつかあるものの、終わってしまったものは仕方が無い。
しかし拳銃を持った侵入者がいて、それを対処できたと言うのは、良い意味でインパクトが大きかったに違いない。
正体を先に把握していたこと。
設置型の魔法陣で策を講じていたこと。
あっさり倒したこと。
その辺りの前提があるのであれば、侵入者を見逃していた……と言うことにはならないはずだ。
さすがに拳銃って言うのは、意表を突かれてしまったけどね。
しかしあれくらい、今となってはどうにでも出来る範囲なのだ。
……まずはこれでひとつ、建国式典の山はクリア……ってことになるのかな?




