811.建国式典②
部屋を出ると、目の前には広い廊下が続いていた。
ここは大きな部屋が並ぶ区画で、それぞれの部屋では色々な人が建国式典の準備をしているはずだ。
ただ、この辺りは私の国側の人たちで固められている。
外国のお偉いさんは、ここから少し離れた場所にいてもらっているのだ。
そんなわけで、ある程度は気楽に歩ける場所ではあるんだけど――
「アイナちゃーんっ!!」
……早速、気楽に話せる仲間が声を掛けてきた。
「あ、ジェラードさん。おはようございまーす」
「うん、おはよう♪
……良いね、そのドレス! とっても似合ってるよっ!!」
「そうですか?
えへへ、ありがとうございます♪」
「いろおとこーっ!
私とミラも見るのーっ!!」
「おはようございます、ジェラードさん。
その……いかがでしょう?」
「リリーちゃんとミラちゃんもおはよう!
二人とも可愛いよ! 抱き締めちゃいたいくらい!」
おっと、ジェラードがそう言うと犯罪っぽいぞ。
まぁ、さすがに守備範囲外だろうけど。
……守備範囲外だよね?
うちの娘に、手は出させないよ?
「それで、ジェラードさんはこんなところで何をしているんですか?
式典までは、警備をしてくれるって話だったような」
「うん、それそれ!
ちょっとアイナちゃんに伝えておきたいことがあってね」
「え? 何ですか?」
リリーとミラはすぐ横にいるが、ジェラードはお構い無しで話してくる。
この二人からは情報は漏れない……、そんな信頼感があるのだろう。
「実はね、来賓の中に『煉獄契合戦線』のメンバーがいるらしいんだけど――」
「……は?
何ですか、それ?」
「あ、そっか。
えっとね、『煉獄契合戦線』って言うのは……いわゆる、世界を混乱に陥れようとする結社なんだ」
「そ、そんなものがあったんですか?」
「うん、裏の世界では有名だよ。
中には強い人もいてさ。実力としては……七星くらいかな?」
「おっと、それは凄いじゃないですか。
そこら辺の冒険者だと、太刀打ちが出来なさそうですね」
「下手したら、S-ランクの実力くらいはありそうだからね。
で、今日は諸外国の王族や貴族が集まっているじゃない?
どうやら、建国式典を滅茶苦茶にするって計画みたいだよ」
「えぇ……。
それじゃ、完全に敵ですね」
「そうなるね♪
それでどうする? 僕の方で、片付けちゃう?」
「うーん……。
でも、ジェラードさんがそう言うからには……他の使い道もあるんですよね?」
「あはは、さすがアイナちゃん♪
いろいろと使い道はあると思うよ!」
「それなら一旦、放っておきますか。
でも、どこかの国のお偉いさんに迷惑を掛けるわけにもいきませんし……」
「じゃ、建国式典の最中は僕が張り付いておくよ」
「分かりました。
対応の方は私も考えておきますので、様子を見ていてください。
やっちゃうときは、私が指でも鳴らしますので」
「指を?」
「はい、こう……パチンと」
右手の親指と中指を使って、私は指を鳴らしてみる。
小さな音がパチンと、少しだけ周囲に響いていった。
「その音……。
広い部屋の中で、ちゃんと聞こえるかなぁ……」
「大丈夫ですよ。
ジェラードさんが聞き逃すはずはありません。
私からの、大事なメッセージなんですから」
「ああ、それもそうか。それじゃ、絶対に大丈夫!」
……よく分からない流れではあったが、ジェラードはあっさりと納得してくれた。
凄い自信と言うか、何と言うか。
でもまぁ出来るだけ、そのときが来たら大きく鳴らしてあげることにしよう。
それまではちょこちょこ、練習をしておこうかな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ジェラードと別れて、引き続き廊下を歩いて行く。
立派な調度品もそこかしこに置かれ、上品な空間が演出されていた。
廊下の脇道から中庭に出て、大きな樹をのんびりと見上げてみる。
するとそのタイミングで――
「アイナさんっ!」
……私を呼ぶ声が聞こえてきた。
その方向を見てみると、マリーがこちらに駆け寄ってくるところだった。
そう言えば、中庭の向こう側は来賓客の部屋がある場所だったっけ。
とすると、ちょっとこっちに来すぎちゃったかな。
「おはよう、マリー。今日はよろしくね」
「うん、アイナさんこそ頑張ってね!
……ところでさ、時間はあるかな?」
「ん? 少しだけなら大丈夫だよ?」
「それじゃごめん! ちょっと待ってて!」
そう言うと、マリーは来賓客の部屋の方に戻っていってしまった。
しかし数分後、彼女は一人の男性を連れて戻って来た。
質の良いローブに、かなり良い体格。
髪の毛は赤く逆立っており、身体全身からオーラのようなものが感じられる。
「おかりなさい。
……そちらの方は?」
「アイナ様。
こちらは我が国の太陽、キャルヴィン・チャド・ダルデダガス陛下でございます」
……おっと? マリーさんの口調が固くなっているぞ?
でもこれは、王様の前だから仕方が無い話か。
「初めまして、アイナ・バートランド・クリスティアです。
遠路はるばるご足労頂きまして、誠にありがとうございます」
「こちらこそ、初めまして。
先日はマルレーネが世話になったそうで、心より礼を述べさせて頂きたい」
「いえ、私こそ楽しいひと時を過ごさせて頂きました。
滞在中、何かありましたらお気軽に申し付けてください」
「ありがとう。
……では、ひとつ良いかね?」
「え? はい、何かありましたか?」
「うむ。マルレーネに見せてもらったのだが……。
ガルルン、と言ったかね。あれは実に素晴らしいものだ」
「……ふぉっ」
思い掛けないお褒めの言葉に、私の口からは変な声が出て来てしまった。
マリーとはまた違う、素直で直線的な褒め言葉。
「他の置物があれば、是非とも見せて頂きたい。
今日は建国式典で忙しいだろうから……また後日、どうだろうか」
「あはは……、ありがとうございます。
その辺りは、ファーディナンド国王と決めて頂けますか?」
政治的なところは基本的に、ファーディナンドさんに任せることにしていた。
いくらガルルン繋がりだとは言っても、私が勝手に動くわけにはいかない。
「承知した。それでは会談のときに、この件は相談させて頂くことにしよう。
それと……ガルルン教の聖堂にも、お邪魔をしたいと思っていてね」
「なるほど、是非ご覧になっていってください。
ヴェルダクレス王国のルーンセラフィス教の大聖堂とも、遜色はありませんから」
「おお、それは楽しみだ……!」
時間にして10分ほど、私たちの会話は全部ガルルンのことで占められてしまった。
……あれ?
外国の王様との話って、こんな感じで良かったんだっけ……?




