807.彼方からの呼び声①
――私、アイナ・バートランド・クリスティアは悩んでいた。
悩ましい。
実に悩ましい。
本当に悩ましい。
建国式典まで、あと1週間。
当日の準備はほぼ終わり、あとは心の準備をしていくだけだ。
本当ならそれだけに集中して、それだけに向かっていけば良かったんだけど――
「……はぁ」
「アイナさん、どうしたんですか? 溜息なんてついちゃって」
朝食後、悩みながらお茶を飲んでいるとエミリアさんが話し掛けてきた。
「いやぁ……。
ちょっと、気になることがありまして……」
「気になること……ですか?
よろしい、それではご相談に乗りましょう」
私の言葉にまっすぐ向き合ってくれるエミリアさん。
何て心強いことなのだろう。
「実はですね……。
何か最近、呼ばれているような気がするんですよ」
「……呼ばれている?
え? 誰にですか?」
「いや、それが良く分からないんですけど……。
でも、行くべき場所は何となく分かるんです」
「ふむ……?
ちなみにそれって、どこなんですか?」
「クレントス……の方、みたいなんですが」
「あれ? 具体的な場所までは分からないんですか?
ちょっと、アバウトって言うか……」
「そうなんですよ……。
でも、凄く呼ばれている気がするんです。だから私も、ちょっと行ってみたいって言うか……」
「もしかして、今すぐ……なんですか?
建国式典の前に……?」
「ぐむむ。
そうなんですけど、行かなきゃいけない気がするんですよーっ」
それは理屈では無く、感覚的なものとしか言いようが無い。
私が今まで築き上げてきた勘なのか、それとも別のものかは分からないんだけど……。
「仮にクレントスだとして……、ここからだと往復に時間が掛かっちゃいますよ?
それこそ、下手をすれば建国式典にギリギリに……」
「逆に言えば、まだ間に合いはするんですよね。
だから悩んでいるんです。行かなきゃ絶対に後悔しそうで……」
理屈と感情。そのせめぎ合い。
ぶっちゃけ、建国式典が始まるまでは私がいなくても何とかなるのだ。
最悪のところ、当日だってファーディナンドさんさえいれば大丈夫なはずだし……
「……え?
アイナさん、もしかして……行くつもりなんですか!?」
私の表情で察したのか、エミリアさんは慌てて聞いてくる。
「ま、まぁ……。
ほら。みんなもいるし、大丈夫かなぁ……って」
「ええぇっ!?
私、魔法師団の方があるからご一緒できませんよ!?」
……っと、心配しているのはそっちなんですか。
「そうですね、エミリアさんはしっかり頑張ってください」
「むむむ……。
私と同じように、ルークさんもジェラードさんも無理ですよ?
当日の警護の準備とか、仕事は山のようにあるわけですから」
「確かに……。
うーん、そう考えると護衛をお願いできる人がいないなぁ……」
正直、護衛がいなかったところで何とでもなるだろう。
しかし安全面を考えると、さすがに一人で……と言うのは不味いのだ。
何と言っても、ダリルニア王国に連れ去られたときは、そう言うタイミングを狙われてしまったのだからね……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
信頼が置けて、すぐに協力してもらうことが出来て、そして十分な強さを持っている――
……そんな人は大体、それなりの立場に付いてしまっている。
しかし何事にも、盲点と言うものは存在するのだ。
「グギャッ!」
「ピィッ」
「お久し振り! 今回はよろしくね~♪」
――お分かりだろうか。
『人』がダメなら『獣』である。
「俺も行ければ良かったんだが……。
しかしポチもルーチェも、かなり強いからな。
アイナ殿も、安心してくれて構わないぞ!」
グレーゴルさんの一番の仲間のポチ。
それに加えて、光る青色の羽を持ったレアな鳥のルーチェ。
そう言えば『ルーチェ』って名前、私が付けたんだよね。
あのときは小鳥のサイズだったけど、今では鷲ほどの大きさにまで育っている。
いつの間にか、かなり強い魔力を持つようになっていたようだ。
「はい、お忙しいところありがとうございます!
ポチとルーチェなら、みんな納得ですよね♪」
ルークは何か言いたげではあったが、2匹の実力と従順さを考えれば、問題なんて起ころうはずも無い。
それにどちらも、かなりの機動力を持っている。
だから下手な護衛を付けるより、すぐに行って帰ってくることが可能になるのだ。
「アイナ様……。
面倒なことには関与しないよう、くれぐれもお気を付けください」
「うん、ワガママを言ってごめんね。
でも、クレントスならアイーシャさんもいるし……。
何か必要があれば、手伝ってもらうことにするよ」
「そうなさってください。
今からでは伝令も飛ばせませんので……」
「急のことですからね!
伝令を飛ばしたところで、アイナさんたちの方が早く着いてしまいますから♪」
エミリアさんはそう言いながら、目の前にいるポチを撫でていた。
グレーゴルさんはそんなエミリアさんを、優しい眼差しで見守っている。
……ああもう、何だかもどかしいなぁ。
「さてと、それじゃ行ってきますね。
ぱぱっと行ってきますので、建国式典の準備は引き続きお願いしまーす!」
「かしこまりました」
「はーいっ♪」
「気を付けてな!」
三人の言葉を受けて、私はポチの背中に乗った。
もふもふで気持ち良い。
これならしばらく乗っていても、疲れることは無いだろう。
……私もこう言う仲間、欲しいなぁ。
いつか余裕が出来たら、ちょっと狙ってみようかな。
「それじゃポチ、ルーチェ。
二人とも、よろしくね♪」
「グギャギャッ!」
「ピィイィッ!」
ポチの羽ばたきと共に、私たちは宙に舞った。
……さて、しばらくは空の散歩を楽しむことにしようかな。




