805.王女ちゃん②
露店で助けた女の子を連れて、私はエミリアさんとジェラードのところまで戻ることにした。
「……あれ?
アイナさん、その子はどうしたんです?」
「えぇっと、露店で口論になっていたので……。
ひとまず連れてきちゃいました」
「ふーん……?」
私の答えに、ジェラードは呟きながら女の子の上から下までを眺めていた。
念のためジェラードの名誉のために言っておくと、女性を物色しているように……では無いから安心して頂きたい。
「……あなたの仲間?」
少し間の空いたところで、女の子が聞いてきた。
たこ焼きの支払いを終えたルークも、それに前後する形で戻って来た。
「うん、みんな私の仲間だから安心してね。
えーっと……、それであなたは?」
「私は……ダルデダガス王国の第七王女、マルレーネ。
特別に、マリーって呼ばせてあげるわ」
「……王女様?」
確かに着ているものは良い服だけど――
……でもさすがに、見るからに王女様って感じでは無いかな。
「それで? その王女様が、何で一人でぶらぶらしていたんだい?」
「ねぇ?
こちらが名乗っているのに、そちらは誰も名乗らないつもり?」
マリーは少し強い口調で言ってきた。言われてみれば、それもその通りか。
王女様が云々……ではなく、名乗ってもらったのなら名乗り返さないとね。
「っと、ごめんね。
私はアイナ。それでこっちから、ルーク、ジェラード、エミリアさん」
私の言葉に、三人はそれぞれ会釈をする。
しかしその途中から、マリーの表情は見る見るうちに変わっていってしまった。
「……ま、まさか?
アイナ……さんって、もしかして……、『神器の魔女』……の!?」
「うん、そうだよ」
「そうすると、こちらが『竜王殺し』のルーク様……」
「ははは……。
最近は『竜王騎士』の方が通りが良いのですが……」
「し、失礼しましたっ!
『竜王騎士』の、ルーク様……」
「ふーん? ルークも有名になったものだねぇ♪」
「アイナ様、からかわないでください……」
「そしてこちらが、『隠密の双剣』のジェラード様……」
「……え? 何ですか、それ」
突然出てきた二つ名に、私はついついジェラードを見てしまう。
「ほら、僕ってダリルニア王国にしばらくいたでしょ?
そのときにちょっとやんちゃしちゃって、そう呼ばれたこともあったかなー……みたいな?」
「はぁ……。
ジェラードさんにも、そう言う呼ばれ方があったんですねぇ……」
「ふふふ♪ 格好良いでしょ?」
満更でもないように笑うジェラード。
そして私はその後ろで、エミリアさんが顔をキラキラさせているのを見つけてしまった。
……これはきっと、自身の二つ名を期待してのことだろう。
「まさか、私の国でも有名な御三方にお会い出来るなんて……っ!
私、とても光栄ですっ!!」
「あ、あれーっ!?」
マリーの言葉の直後に、聞こえてきたのはエミリアさんの声。
「エミリアさん? どうかしましたか?」
「わ、私は何か無いんですか!?
私、アイナさんの1位タイの仲間なのにっ!!」
1位タイ……と言う辺り、空気をちゃんと読めている感じがする。
今となっては、仲間内で順位を付けるなんて難しいことだからね。
「えーっと……。
エミリア様のことも、もちろんお話には伺っておりますっ!」
「わ、わーい……?
……でも……二つ名……、ぐすん」
結局最後まで二つ名は何も出て来ず、エミリアさんは少し拗ねてしまった。
しかしエミリアさんは、ダリルニア王国にほとんどいなかったのだ。
だから二つ名が広まらなかったと言うのも無理は無い。
逆にルークの場合は――
……あのときはグリゼルダも乱入して来たからね。
『竜王』繋がりで、そっちの方は印象が強く残ってしまったのかもしれない。
「私たちのことを知っているなら、自己紹介はもう要らないよね。
それで、マリーは一人で何をやっていたの?」
「はい、実は父上――……失礼。
我が国の王が、この街に来る準備をしていたのですが――」
「……あ、ごめん。タメ口で大丈夫だよ。
会ったときがああだったから、今さら丁寧語は慣れないかなぁ……って」
「そ、そうですか……? それでは失礼して……。
えぇっと、陛下がやってくる前の準備をいろいろやっていた……の。
それで、ストレスがちょっと溜まってきたから、逃げてきた……と言うか!」
「そ、そんな理由なの……?
マリーは、国の代表の一人……なんだよね?」
「そうなんだけど……。
でも私、今回の仕事が終わればお役御免だから……。
まぁ、適当に、適当に?」
「……おやくごめん?」
「私ね、国にはもう帰れないの。人質みたいなものなのよ。
だからいまいち、仕事に集中できなくてさ」
「あー……。
確かに、そう言う人が来るってことは聞いていたかなぁ……」
要人を、平和のために招いておく……って言うのかな。
そう言う人がいれば、国同士の結び付きのひとつになるからね。
「それで、お腹が空いたから露店を覗いていたんだけど……。
……あそこのおじさん、言っていることが良く分からなくて。困っていたのよ」
「あはは……、確かにちょっとね……。
それにしても、ダルデダガス王国かぁ……」
……実はその国、ヴィクトリアが嫁いでいった国である。
このことはジェラードも知っていたため、そのまま話が続いていった。
「ねぇ、マリー。
ヴィクトリアって子を知ってる? この国の出身なんだけどさ」
「ヴィクトリア……?
あいつ、アイナさんたちの仲間……だったの?」
「仲間って言うか、完全に敵だったけどね……」
「あ、そうなんだ。それじゃ、良い知らせかもしれないわ。
ヴィクトリアは先日、手打ちにされたわよ」
「は? 手打ち?」
「うん。あいつ、貴族の家に買われていったことは知ってる?
それで――……ああ、いえ……。
……やっぱりこれ、話さない方が良いかも……」
そう言ってから、マリーは気分を悪そうにしながら口を手で押さえた。
「えぇ……?
手打ちって、もしかして殺されちゃったってこと……?」
私の質問に、マリーは何も答えなかった。
ちょっと言い難い……みたいな空気が漂っているけど……。
「……ふむ、アイナちゃんには刺激が強そうな話なのかな?
それじゃ、僕にだけ教えてよ♪」
「お、面白い話じゃないわよ……?
そんなに聞きたいの……?」
「僕は情報担当だからね♪
アイナちゃんに絡む情報は、何でも知っておきたいのさ♪」
ジェラードの言葉を聞いて、マリーがちらっと私の方を見た。
まぁ、ここはひとまず頷いておくことにしよう。
「それじゃ……。
ジェラードさん、あちらで……」
「了解っ。
アイナちゃん、ちょっと待っててね~♪」
そう言うと、ジェラードとマリーは少し離れた場所に行ってしまった。
……オティーリエさんに続いて、ヴィクトリアも死んじゃったのか。
てっきり海の向こうで、ずっと幸せに暮らしていくものだと思っていたんだけどナー……。




