804.王女ちゃん①
建国式典まで、あと2週間。
そろそろ諸外国からも、使節団のようなものがどんどん到着して来ていた。
当然のことながら宿屋は忙しくなってくるし、ポエール商会もいろいろな手配で大忙しだ。
ここに来て、乗り越えるべき山が一気に立ち塞がってきた……って感じかな。
「――……と、まぁ。
一応私たちも、視察に来てみたわけですが」
大勢では動きにくいので、今回は精鋭だけでうろちょろすることにした。
具体的な顔触れとしては、私とルーク、エミリアさんとジェラードの4人組。
驚くべきことに、この世界に存在する神器が半径3メートル以内に全て収まってしまっていると言う……。
さすがに私たちを攻略できるような存在は、この世界にはそうそういないことだろう。
「アイナさーん! たこ焼きを買いませんか!?」
「……エミリアさん?
私たちは一体、何をしに来たのでしょうか……」
「えっと? 買い食い……とか?」
目的は分かっているはずなのに、エミリアさんは可愛くボケ始めた。
この視察は仕事ってわけでも無いから、自由にしてくれても構わないんだけど……この辺り、やっぱりエミリアさんだなぁ。
「ま、まぁ……お好きにどうぞ?」
「やったー♪」
そう喜んだあと、エミリアさんは無邪気に、たこ焼きの露店に飛び込んで行った。
「あはは♪
やっぱりエミリアちゃんは、こうでないとね♪」
一連の流れを見ていたジェラードも、楽しそうに笑っている。
「この調子だと、いつの間にか露店巡りになっちゃいそうですね……」
「見るべきところを見て、たまには休むと言うのも良いでしょう。
アイナ様もエミリアさんも、最近はお忙しかったのですから」
ルークがさり気なく、良い感じでフォローを入れてくれる。
エミリアさんも最近、魔法師団の仕事でずっと忙しかったんだよね。
「……あれ?
ルーク君、僕のことは労ってくれないの?」
「はい。ジェラードさんの仕事は、良く分かりませんから」
「ひ、酷いっ!!?」
ルークの言葉に、ジェラードは拗ねてしまった。
ここに来て、ジェラードも絶妙な構ってちゃんになっているような気がしてしまう。
「いえ、ジェラードさんの部隊は動きが見えませんので。
私たち騎士団とは指揮系統が別ですし、何をやっているのか把握していないんです」
「……ああ、そう言うこと?」
ルークの答えに納得がいったのか、ジェラードは一転して明るく笑った。
確かにジェラードの部隊って、何をやっているかいまいち分からないんだよね。
ビアンカさんもコジローさんもコタローさんも、話には出てくるけど全然姿を見せてくれない。
諜報部隊なのだから当然なのかもしれないけど、それなら逆にジェラードはどうなのかな……的な。
「みなさーんっ! お待たせしました♪」
しばらくすると、エミリアさんが両手いっぱいにたこ焼きを抱えて戻って来た。
「ちょ、ちょっと?
どれだけ買って来たんですか!」
「えーっと、8人分です!」
「4人しかいませんけど!?」
「男性なら、2人分くらい食べられますよね!」
「私、女ですけど……」
「そこは大丈夫です! 私が食べてあげますから!」
……つまり、エミリアさんが3人分を食べるわけか。
まぁ、エミリアさんなら余裕で平らげるだろうけど……。
「はぁ、それじゃお願いしますね。
私はちょっと、まだ1人分は多いかなぁ……」
「うーん? お屋敷を出る前に食べたばかりですもんね。
でもアイナさんって、結構動くようになったのに小食のままですよね」
「動いているけど、竜王の加護で横着してるような感じですから……。
身体に掛かる運動量としては、あんまり変わらないと思いますよ」
「ふむふむ……。
それはそれとして、熱いうちに食べちゃいましょう♪
はい、ルークさん。ジェラードさんも、どうぞ」
「ありがとうございます」
「ありがとー♪」
エミリアさんは自然な流れで、ルークとジェラードに2人分のたこ焼きを押し付けた。
この二人は肉体派だからね。
きっとこれくらいなら、ペロリといけてしまうだろう。
「……そうだ。折角ですし、場所を移動しませんか?
向こうにベンチがあったと思うので、そこまで行きましょう」
「はーい♪ 了解でっす!」
ひとまず私たちは、落ち着ける場所まで歩いていくことにした。
歩きながら食べるわけにも――
……って、エミリアさん、もう食べ始めてるや。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ベンチに座って、のんびりとたこ焼きを口に運ぶ。
このたこ焼きも、今では海の向こうで人気が上昇中なのだとか。
「うーん、美味しいですね♪」
エミリアさんが海を眺めながら、満足そうに頷いた。
いやー、可愛いなぁ。
グレーゴルさんが惚れるのも無理は無いなぁ。
彼には今度とも、4回5回と告白を頑張ってもらって……いつか、幸せになってもらいたいものだ。
エミリアさんだって、『やることがあるから』が理由なだけで、告白が嫌だなんて言っているわけじゃないからね。
……そんなことを考えていると、風に乗って、誰かの声が聞こえてきた。
「――おや?
向こうの方が賑やかですね」
ルークの目線に釣られて、少し先の露店に目を移す。
その露店もたこ焼き屋のようだけど、誰かが大きな声で騒いでいるようだ。
「……トラブルかな?」
「最近は色々な方が訪れていますからね……。
アイナ様、私が見て来ますのでお待ちを」
「あ、それなら私もいくよ。
ちょっともう、お腹いっぱいだし」
「えっ!?
アイナさん、まだ半分残っていますよ!?」
「じゃぁもうひとつ食べることにして……もぐもぐ。
あとはエミリアさん、食べてもらえませんか?」
「えーっ!?
私、3人分食べていますけど!」
「いや、余裕でしょ……」
「えへへ、はい♪」
エミリアさんの素直な言葉に癒されてから、私はルークと一緒に露店の方に向かって行った。
露店に近付くに連れて、騒々しかった声はさらに騒々しくなっていく。
「だからーっ!
変な臭いがするの! こんなの食べて、お腹壊したらどう責任取るつもりなのよっ!?」
「なんだとこらさっきからきいていればちょうしにのりやがってだいだいおまえなにさまのつもりなんだてめぇどこからきやがったちょうしのってんじゃねぇぞ!!」
「さっきから聞き取りづらいんですけどっ!
もっとゆっくり話してくれない!?」
「ばっかやろうそれくらいちゃんとききやがれおれはずっとこんなちょうしなんだみんなちゃんとききとれているぞじんせいあまくみているんじゃねぇぞきんつば!!」
……クレームなのかな?
それにしては露店のおじちゃんも……いや、ちょっと聞き取りづらいな……。
何となく頭が痛くなってきたものの、私はそのまま顔を突っ込んでいくことにした。
「――大丈夫ですか?
何かトラブルでもありました?」
「ああんなんだてめぇはいまとりこんでいるところだぞ――って、アイナ様!?」
……ん?
あれ、最後の方はちゃんと聞き取れた。
「はい、こんにちは。
トラブルでしたら、私が介入させて頂きますけど」
「いえ、滅相もございません!
ささ、お嬢ちゃん。俺っちのたこ焼き、食ってくんねぇ!!」
「だから、変な臭いがするのーっ!!
お金を返してよ! もーっ!!」
「てめぇだからそのくちのききかたはなんとかしやがれってんだこちとらてめぇよりとしうえなんだめうえのものにたいするたいどってもんが」
「……あの? トラブルですか?」
「いえ、とんでもございません!!
それではアイナ様、俺っちのたこ焼きをどうぞ」
「え? はぁ……。
……それで、この子はもう良いですか?」
「はい、もちろんでございます!!」
「それじゃ、この件は私が預かりますね。
ルーク、代金払っておいて」
「はい、かしこまりました」
「ととととんでもねぇ!?
アイナ様からお代なんて!!」
「いえいえ、お気遣いは要りませんから。
それでは引き続き、お仕事頑張ってくださいね」
「は、はい……!
ありがとうございます!!」
争いが再燃しないように、私は女の子を連れて、急いで露店から離れることにした。
改めて見れば……この子、歳は私と同じくらいかな?
結構良い服を着ていたりするけど、一体どういう子なんだろう……?




